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「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2009」

知名度高まり77ヵ国から出品
長篇コンペ部門に723本の応募

 「D(デジタル)−シネマ・フェスティヴァル・2009」が7月10日から20日まで、川口市SKIPシティで開催された。今年で6回目を迎え、埼玉県知事、地元、川口市市長を先頭に、映像発信基地川口SKIPシティの売込みに熱が入った。年々、国際的知名度が上がり、本年の参加国は77ヵ国、723本の応募があった。このフェスティヴァルは、劇場公開用長篇映画の製作数が3本以下の監督に応募資格があり、内容的にはデジタル撮影、編集された作品が該当する。デジタル映画の新人登竜門であり、多くの新人監督が高額賞金を目指し応募してくる。

ドキュメンタリーに秀作

「エル・システマ〜音楽の喜び」
(c)Luis Cobel
  今年の本選ノミネート作品は15本、そのうち日本からは3本、残りの多くが国際合作であり、一概に、国籍を限定することは難しい。しかし、舞台として選ばれた土地や国特有の特徴、雰囲気を感じさせる作品が多かった。
 ノミネート作品の中で唯一のドキュメンタリーが「エル・システマ〜音楽の喜び〜」である。製作国はドイツだが物語の舞台はヴェネズエラの首都カラカスであり、南米の土の香りが全篇に充満している。

 今から30年前にホセ・アントニオ・アブレオにより音楽学校が設立され、それが青少年救済の社会運動へと発展、現在に至っている。当時のカラカスは武装ギャング団が闊歩し、貧困地帯の子供達の非行化が大きな社会問題であった。貧困から起る社会的不平等に対し、アブレオは、クラシック音楽の演奏を通し、子供たちの非行化防止を考えついた。そこで、彼らに楽器を配り音楽指導を始め、同時に、指導者養成にも努め、徐々に音楽活動が国中に浸透し、現在は26万人、最終的には50万人の奏者育成を目指している。作中、このプロジェクトの指導者アブレオが何度も登場し、子供たちに音楽の楽しみを体感させる重要さについて熱意を込め語る姿が写し出される。実際、楽器を手にした子供たちの生き生きした様子に、見る側へ音楽の楽しさが充分伝わる。子供たちの若い指導者たちも、子供たちをどんどん成長させることにやり甲斐を感じている。このクラシックの演奏会で、奏者と観客が一体となり、歌い、踊るサマは、陽気で開放的な南米の土地柄を感じさせる。

 本当にノリの良い国民で、彼らの明るさが爆発するところに「エル・システマ〜音楽の喜び〜」の醍醐味がある。快作である。
 このフェスティヴァルで昨年も秀作ドキュメンタリーが上映された。「エゴイスト」(スイス、ドイツ製作)である。アフリカでエイズの子供のためにホスピスを運営するスイス人女性ロッティ・ラトロウスへ密着取材したドキュメンタリーである。人間に対する限りない優しさと死の受け入れ方についての直接的問い掛けがなされている。この作品を見た時の胸をつかれる驚きに似たものが「エル・システマ〜音楽の喜び〜」にもある。又、これらの2作、デジタルとドキュメンタリーの相性の良さを示す好例である。



伝わる各国・地域特有の"香り" 米国ならではの雰囲気

「神の耳」
 舞台となる土地の香りや雰囲気を伝える作品に佳作が何本か見られたのも、今年の特徴といえる。
 アメリカ作品「神の耳」にはアメリカの地の匂いがする。自閉症で、人とのコンタクトが苦手な純朴な青年と、バーのポールダンサーとの愛の物語。バーのポールに掴まり、挑発的に姿態を見せるストリップダンサーの女性が、カフェでやたら卵の知識が豊富な青年と出会うのが発端。青年は自身の心の病を自覚し、カウンセリングも受け、何とか現在の精神状態からの脱出を試みる。

 女性は、セックスサーヴィスの現在の自分からのチェンジを絶えず考えている。2人とも自己との闘いを通し、何とか自分を変えようともがき苦しむ。舞台のオークランドの街、やはり、アメリカでしかありえない。これが作品の匂いであろう。恋愛を絡めた自己解放の成功タン譚であり、シンプルな構成ながら、共感できるものがある。同様にニューヨークとベオグラードを舞台とする「それぞれの場所」で描かれるニューヨークにも人々の暮らしの中にアメリカの匂いが漂う。



台湾、アジアの濃密な匂い

「あなたなしでは生きていけない」

 台湾からは「あなたなしでは生きていけない」がノミネートされた。最近では珍しいモノクロ作品。舞台が高雄港、海のキラキラ感と台湾の暑さが、カラーのような厚味をもって描かれ、味いがある。
 主人公の中年男は1人の幼い少女と暮らし、オートバイに商売道具の海底潜水作業用のポンプと少女を乗せ、港内を走る。この2人、親子ではない。男が一時同棲した女性の連れ子で、彼女は子供を置いて失踪、父親の所在も不明。ひどく、好い加減なハナシだが、父親代りの男は、少女を可愛がり、何とか就学させようとお役所に陳情するが、タライ廻しの挙句、ヤケを起し飛び降り自殺を試みる。親権のない人間の養子縁組の悪戦苦闘振りが同情を誘う。

 お役所のタライ廻し、貧しい者にキツイ社会、多くの人たちに思い当たるフシがあり、身につまされる。全く風采の上らぬ父親代りの男の持つリアリティ、これが実に良くはまっている。アジア映画の身上である、等身大の人間の描き出し方に魅力がある。これも、濃密な台湾の匂いを発散させている。今年の最優秀作品賞を受賞。見応えあり。



南米的な側面

「少女マサンヘレス」

 「少女マサンヘレス」は1960年代の南米ウルグアイが舞台。製作は、ベルギー、チリ、キューバ、スイス、ウルグアイと国際合作。
 舞台は南米、ウルグアイ、時代は1966年から1973年までの同国の政治激動期。
 ウルグアイは南米でも安定した民主主義国家として知られていた。「少女マサンヘレス」の扱う時代は、都市ゲリラ、ツパマロスとの内戦状態の時期にあたり、ゲリラ鎮圧の1973年に軍事政権が誕生。1985年の民政移管までこれが続く。60年代後半から世界的に学生運動が盛り上がり、南米ウルグアイも例外ではなく、チリではアジェンデ左翼政権が誕生した。しかし、その後、チリ、ウルグアイでは軍事政権の支配が長く続いた。この両国の民主陣営の後退には、アメリカCIAの関与が後に明らかになる。

 ウルグアイのCIAの暗躍についてはコスタ・ガブラス監督の「戒厳令」(73)に詳しい。
 「少女マサンヘレス」では、現役政治家の愛人の幼い娘で、母親の自殺により本家に引き取られ成長する様が骨子となっている。南米独特の大家族制度、若い世代の左傾化、軍部による暴力支配など、余りに南米的側面が重層的に迫り来る。
 その環境の中での、少女の自立の意思が作品に強い輝きを与えている。これは力作。



北欧の色

「愛を求めて」

 今回は、先述のように、それぞれの国の色を感じさせる作品が多く見られた。その中で、デンマーク作品「愛を求めて」は北欧の透き通ったブルーが前面に押し出され、北欧の色の強さ、透き通る冷たさが見られた。末期ガンで入院する3人の若い女性たちの物語で、受け入れざるを得ない状況を甘受する苦悩が冷徹に見据えられている。


日本からは3作品

「カケラ」
(c)indust film murakami yusuke

 日本からは「カケラ」、「求愛」、「Lost Paradise in Tokyo」がノミネートされた。
 この3本は、それぞれ、若者の現在を扱い、監督たち自身の等身大像が採り上げられている。
この中で興味深いのが「カケラ」だ。現代の若者のもつ心情が上手くすくい上げられている。親に捨てられたフリーター青年の主人公は、コンビニの店員をしながら細々と毎日を送る。その彼は目にしたホームレス少年と交友を結び、彼を自分の部屋に住まわす。更に、アル中の外国人男性を介抱したことをきっかけに、3人は共同生活を始める。コミュニケーションに欠ける彼らを結ぶものは優しさであると作品は述べている。自分の生活すら危ないのに他人の面倒を見てしまう主人公、優しい仲間に囲まれたコンビニでの仕事、人の絆は優しさを媒体としているところに、現代の若者の一面が浮び上がる。この視点が面白い。



受賞作品

 山本又一郎委員長(プロデューサー)を始めとする審査委員会の選んだ受賞結果は次の通り。

最優秀作品賞 「あなたなしでは生きていけない」(台湾、レオン・ダイ監督)
副賞600万円
監督賞 ジャン=ステファン・ソヴェール(仏)(作品「少年兵/ジョニー・マッド・ドッグ」)
副賞200万円
脚本賞 マリアナ・チェニッリョ(メキシコ)(作品「ノラの遺言」)
副賞100万円
審査員特別賞 「それぞれの場所で」(セルビア、ダルコ・ルングロブ監督)
副賞100万円
SKIPシティアワード(スキップシティ映像製作施設使用権)
白石和彌(「Lost Paradise in Tokyo」)

 




(文中敬称略)
  《終》
2009年8月3日号 映像新聞掲載

中川洋吉・映画評論家