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「フランス映画界の近況」
2010年は観客数増加で好調
1967年以来の2億人突破


 フランス映画界の統計が正式に公表されるのは、毎年5月のカンヌ国際映画祭期間中である。その際、関係者に厚さ1センチメートルはある前年の統計資料「映画白書」が無料配布される。前年の統計発表が5月発表とは遅すぎるが、主要な数字は1月始めに公表され、フランス映画の現状が把握できる。今年は1月5日に発表があった。それによると昨年は好況であり、映画助成の公的組織CNC(国立映画・映像センター)も十分にその役割を果した。

 CNCは、「映画センター」の略称だが、最近新たに「映像」の一語が加えられ「映画・映像センター」となった。これは、映画以外の映像作品の普及を考えてのことである。しかし、基本的には映画中心であることに変わりはない。

好調の要因

 フランス映画(映画産業)の好調さを支えるのは、観客数の増加だ。 2010年の観客数は、ここ10年で一番の2億650万人で、1967年以来の2億人台突破である。フランス映画産業界の大きな努力目標の一つは2億人の突破であり、しかしここ10年間の平均観客数は1億8080万人だったことから、宿願達成といえる。
  月別観客動員は7月が最多で、2、11、12月が続いている。7月はバカンス・シーズン前、他は屋外が寒い時期だ。一番低いのはカンヌ映画祭後の6月。有力作品が少なく、客足が遠のくものと思われる。9月も6月並の低空飛行で、バカンス疲れというところか。
  この様な分析が出来るのは、CNCが専門部局を持つからだ。CNC統計により、興行サイドはより正確なマーケティングが可能となる。日本の大手映画会社の団体である日本映画製作者連盟(映連)では、統計担当者が1人で頑張っており、大掴(づか)みな数字で手一杯だ。

  このように、CNCの存在は大きく、映画製作、配給、興行、アーカイブ、新人監督・シナリオライター助成、海外プロモーション、国立映画学校の創設など、総ての面で日本版CNCの設立が望まれる。 映連統計では、国内の観客数は1億7436万人となり、やっと1億6千万人台から抜け出した。人口約半分のフランスより少ないということを、日本映画界は考えねばならない。


地デジ・3D


3D作品は24本が公開
 日本同様、フランスでも3D作品が24本と増加し、スペクタクル要素の強い米国作品(『アバター』、『アリス・イン・ワンダーランド』、『トイ・ストーリー3』など)が、ボックス・オフィス(チケット販売による興行成績)の上位を独占した。
  3Dの観客動員は全体の16%、3300万人を記録した。3D攻勢は、今は新しいスペクタクルとして珍しがられている。しかしフランスでは、この勢いが長く続くことは疑問視されている。
  デジタル対応映写機は、全スクリーンの3分の1(約1800スクリーン)を占め、着々とデジタルへ移行している。


市場占有率


 市場占有率とは、全体の上映作品の中で、国産映画の占める割合を表すもの。国産対外国映画(実体はほとんど米国映画)の割合は、日本は53.6%対46.4%と国産映画が優位に立っている。フランスでは35.5%対47.7%と米国映画が圧倒している。
  この占有率に含まれない、その他の外国映画(スペイン、中国、イラン、日本作品)が16.8%と高い割合を示している。これは、多様性を好むフランス人の嗜好を反映するもので、毎年10−15%がその他の範ちゅうを占める。具体的には3469万人と侮れない。

 

興行収入


 昨年の日本の興行収入は2千億円の大台を超えた。これは米国に次ぐ成績である。フランスの場合種々の割引制度があり現在情報収集中で、興行収入の最終結果は5月を待たねばならない。ただし、FNCF(フランス映画興行連盟)の統計担当者によると、平均入場料金を算出し、その後に最終的な興行収入を出すという。平均入場料は、仮集計として6.20ユーロ(約682円)を見込み、一昨年の6.14ユーロ(約675円)より微増している。

  この見込み数字からフランスの興収を試算すると1280億円となる。日本がどの位稼いでいるか一目瞭然だ。日本の平均入場料は1266円と一昨年より(3D映画の影響もあり)49円も値上がりしている。本紙でも再三再四述べているが、日本の平均入場料はきわめて高い。これにより大手映画会社は、興行収入の高止まりの帳尻合わせを行っている。最近、東宝が入場料の値下げ案を発表したが、まだまだ値下げ巾が不充分だ。

今冬のフランス映画


 国際テレビ映像フェスティバル(FIPA)閉幕後、筆者はパリに滞在。CNC映画部門やCNCアーカイブ部門、FNCF、映画学校ルイ・ルミエール、AFCAE(アート・シアター連盟)、そしてユニフランスなどを取材した。その合間に、フランス映画中心に、新作を10本強見た。 2月はフランス映画の端境期で、有力作品はベルリン映画祭、その他はカンヌ映画祭待ちで、少し寂しい状況だった。

ドキュメンタリーの隆盛


 目立つ現象として、ドキュメンタリーの一般館上映数の増加がある。この現象は、ここ数年来顕著で、観客の嗜好の変化が読み取れる。フランスでは、公共放送フランス・テレビジョン(F2、F3)や独仏教養専門局アルテが積極的にドキュメンタリーを制作し、放映数が非常に多い。これは、ドキュメンタリーの面白さが多くの視聴者に浸透した結果と思われる。
  例えば昨年、フィパテル(FIPATEL)で上映された『ベジャール亡き後』は、アート系の2館で公開された。もはやこの種のドキュメンタリー作品は一部の観客向けという枠を越え、一般の映画作品として扱われている。

異例のヒット作


 ほかに、良質な作品の思わぬヒットがある。昨年のカンヌ映画祭グランプリ受賞作品『神々と男たち』が300万人以上を動員し、現在も上映中だ。
  これは、イスラム教徒と政府の対立が続くアルジェリアでキリスト教修道院の神父たちが、イスラム過激組織により殺害された実話を映画化したもの。この犯人を巡り、政府側の関与とする説があり、フランス中を騒がせたが、真相は謎のまま今日に至っている。宗教の多様性をテーマとし、硬派作品でありながら、多くの観客に支持されたことはうれしい誤算である。

宗教と人


「誰が愛されることを望むのか」

 有力作品が払底する季節ながら、何本かの佳作はある。そのうちの1本がアン・ジアフェリ監督の『誰が愛されることを望むのか』。主人公は、美しい妻や子供たちに囲まれる弁護士。いわゆる勝ち組に属するエリートの彼は、今まで深く考えることもなかった宗教について、徐々に自らが変ることを自覚する。
  人に愛され、人の役に立つ人間に進んでなることにためらいを覚えながらも、次第に宗教の意義を感じ始める過程が描かれる。人は誰もが宗教的に生きられる可能性が作品のテーマである。 キリスト教に限らず、仏教、イスラム教にも当てはまる普遍的なテーマが採り上げられ、地味だが見るべき作品だ。

その他の作品


 目に付いた作品を挙げておく。
  ジャック・ドワイヨン監督の娘であるロラの作品『あなたに抗(あらが)って』は、医療ミスと思い込んだ男が女医(クリスティン・スコット・トーマス)を拉致監禁する。しかし、男は女医に危害を加える訳ではなく、自らの悲しみを相手にぶつけるだけで、次第に2人の間にコミュニケーションが生まれる。銀行強盗が行員を監禁しているうちに、両者に親しみの感情が生れたストックホルム症候群を思わす設定が面白い。
  『アンジェルとトニ』(アリックス・ドゥポルト監督)も女流監督作品。刑務所を出所した女性が、息子を引取った男をブルターニュの漁港に訪ねるところから始まる。ここでは、女性の服役者の生き難さを描いている。服役するのは男性だけでない。これまで見られなかった視点である。

パリの山中貞雄


 パリのエッフェル塔近くの日本文化会館では、定期的に日本映画を上映している。その一環で、2月2日から3月31日まで「東宝特集」が組まれ、その皮切りに、山中貞雄の遺作『人情紙風船』(1937年)が上映された。他に黒沢明の『酔いどれ天使』(48年)、 『赤ひげ』(65年)、成瀬巳喜男の『浮雲』(55年)など、日本映画を彩った傑作が登場する。
  日本映画の一般公開では、スタジオジブリ製作の『借りぐらしのアリエッティ』(米林宏昌監督)、寺島しのぶ主演『キャタピラーCATERPILLAR』(若松孝二監督)、アニメーション作品『サマーウォーズ』(細田守監督)が上映中であった。特に『借りぐらしのアリエッティ』は大手チェーン網での公開で、3週で50万人に達し、日本アニメの観客動員力の強さを見せている。



(文中敬称略)
《了》
映像新聞 2011年3月14日号掲載

中川洋吉・映画評論家