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内田伸輝監督「おだやかな日常」
注目すべき若手の最新作が公開

 本誌12月10日号「フィルメックス 2012 その2」で触れた日本映画「おだやかな日常」(内田伸輝監督)は、同映画祭のコンペ部門に出品されたが、受賞には至らなかった。しかし、注目すべき日本の若手監督作品である。


原発事故後の問題を描く

「おだやかな日常」
杉野希妃(左)、篠原友希子(右)

 タイトルの「おだやかな日常」とは言い得て妙なネーミングで、「おだやか」なるものへの希求が込められている。
物語の舞台は東京、時期は東北大震災3・11(以下3・11)直後に設定。主人公の2家族は隣人同士だが、日常的な付き合いの無い、極く普通のマンション住人だ。
発端は3・11の大震災である。一組の夫婦の家では、主婦(杉野希妃)と幼い娘が強い揺れに動転する。夫は徒歩で職場からホウホウの体で帰宅する。地震の恐怖が収まらない妻に対し、地震の時、真先に思い出したのは妻子ではなく他の女性と、突然口にする。そして家を出て行く。何とも身勝手な理屈である。女性と子供が震災後の試練に立ち向うための、脚本構成上のいささか強引な設定と想像する。
そして、この母娘を中心に物語は進行する。もう一方、日頃の付き合いのない、子供のいない夫婦の当日の様子が同時並行で語られる。妻(篠原友紀子)は、地震後、ネットで過去の大災害、特にチェルノブイリの事故を夜通し調べ、福島の原発事故の規模や危険度の把握を試みる。一方は途方に暮れる母娘、他方は科学的に事故に対処しようとする隣人の妻と対照的な家族である。



東京在住の母娘を中心に進行


「おだやかな日常」

 母娘の方は、毎朝、母が子供を幼稚園へ送るが、用心のためマスクをかけさせる。しかし、事故の実体が全くつかめない他の母親たちは、被害意識が過剰と冷たい視線を注ぐ。幼稚園の職員たちも、「政府は問題ないと言っているから」と適当にあしらう。絵に画いたような、事なかれ主義だ。しかも、その態度は極めていんぎんである。放射線被害から我が子を守ろうとする、杉野演じる母親は、独自で線量計を買い求め、幼稚園の庭を計測すると、高い数値が出たために、園児たちは外に出ず、室内で過ごす。危険を予知した母親は、給食を断り、娘に弁当を持たせ、被害を最小限にとどめる努力をする。中には、この彼女に面と向かって嫌味を言うママまで出てくる。真っ当な発言をする人間が、次第に周囲から浮く有様は、我々の日常生活でも散見し、心情的に分かり易い。この嫌な攻撃的ママに渡辺真起子が扮するが、イヤラシサ、憎々しさは極っている。しかも、彼女の夫は電力会社の関連企業勤務というオチまでついている。
終盤、大阪へ転勤を希望する夫は、「何でお前だけ逃げるのだ」と上司から詰問され、返事に窮する。もう一組の母娘は八方ふさがりの挙句ガスで無理心中をはかるが、隣人の妻が助け命拾いする。それをきっかけに女性2人は心を通わす。子供のいない夫婦は、放射線被害を避け、職を投げ打ち、大阪へ移ることと、子供を作ることを決意する。この決意は夫から妻への電話であるが、人を感動されるものがある。また、内田監督の演出の上手さが見て取れる。


作品の着眼点



 内田監督の狙いは、誰の身にも振りかかる危険に対し、どのように対処するかを描くことにある。しかも、ドキュメンタリーではなく、劇映画構成として仕上げている。震災後、現地へ駆けつけ、ボランティア活動に従事する人々がいる反面、その何十倍の人々が東京で、放射線の恐怖の中で生きている現実がある。その無名の人間として2人の女性を「おだやかな日常」では、中心に据え、舞台を福島ではなく東京に設定している。



登場人物の設定


 2組の夫婦が登場するが、実質的には女性2人がメインであり、テーマを女性の口から語らせ、動かしているところが作品の勘処(かんどころ)だ。子持ちの母親は戦い、もう1組の夫婦は渦(か)中から逃げる選択をする。
両者とも正解であり、どちらかが正しいと作り手は断じていない。この視点、そして、女性を中心とする物語進行は、脚本構成上良く出来ている。



内面の叫び


 内田監督は1971年生まれで今年41歳と、新世代に属する。彼の前作「ふゆの獣」(11)は、第11回フィルメックスで最優秀作品賞を得たが、映画人としての知名度はこれからだ。
今作で長篇は3作目だが、「おだやかな日常」は今後の飛躍を予感させる。彼の世代の若手監督は、描く対象が個人的で、社会的拡がりに乏しい傾向がある。いわゆる「お仲間内発信」である。前作「ふゆの獣」にはその傾向が見られ、今フィルメックスでも、上映前までは余り期待はしていなかった。
彼自身「3・11を東京で体験し、このままで大丈夫かという不安感に駆られたことが契機で、この未曾有の福島の人災を描かずには次回作はないと思った」と、フィルメックス上映後のQ&Aで述べている。この発言、社会との結びつきがあってこそ、自身の拠って立つ位置をより強固に支えるものと受取れる。
作品から政治性を超える普通の人々の内面の叫びが伝わる。



即興演出


 上映後のQ&Aで、内田監督の即興演出について質問が集中した。語感としては、ゴダールを思い浮かべるが、内田方式は異なる。
今作、脚本段階で10稿を重ね、練りが際立っている。その脚本を現場で1度壊し、俳優が感じたままに状況に即した台詞廻しが彼の説く即興演出だ。そして、リハーサルなしの一発勝負に賭けている。この方式、俳優がそのシーンでの状況を考え、自らの言葉で表現する長所がある。だが、これは監督が自信をもって俳優に任せるため、現場のチームワークが必要不可欠となる。



杉野希妃の存在


 主人公の母娘の母親役が杉野希妃である。韓国のオムニバス作品「まぶしい一日・宝島篇」でデビューし、その後、韓国映画出演が多かった。そして、ここ数年、プロデューサーとしても活躍。今作は主演とプロデューサーを兼ねる。未だマイナーだが、新しい感覚を持つ、インディーズのプロデューサー登場だ。また、広島生まれ、慶大卒で在日3世の彼女、韓国人特有の強い本気度が期待される。



おわりに


 「おだやかな日常」は、もし、我々だったら、如何に振舞うかを問いかける作品である。遠くの福島で起きた原発の人災事故に対し、しっかりした社会とのつながりの必要性が強調されている。今作では、放射線被害、風評、良心的人間の排除など、深刻な問題と向かい合い、現状を真摯に描いている。
内田監督の個から普遍性へと筋道をつける手腕が冴え、今後の活躍が楽しみだ。

2012年12月22日(土)より渋谷ユーロスペースにて公開中)





(文中敬称略)


《了》


映像新聞 2012年12月24日号掲載


中川洋吉・映画評論家