
「第66回カンヌ映画祭」報告(1)
「そして父になる」に審査員賞
シンプルな構図で明確な描写 優れた脚本が成功の一因
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カンヌ国際映画祭は5月15日から26日まで12日間、南仏の保養地カンヌで開催された。66回目を迎えた本映画祭、日本からコンペ部門に、是枝裕和監督の「そして父になる」と三池崇史監督の「藁(わら)の楯(たて)」が出品された。勢いのある実力派監督2人が登場し、日本のマスコミを賑わした。
風光明媚なことで知られるカンヌであるが、今年はいささか様子が違った。雨続きで、オープニングのレッドカーペットでは傘を差したティエリー・フレモー総代表が華やかなゲストを迎たえたが、ロングドレスで着飾った女優たちには気の毒であった。
晴天時も、風が冷たく、カンヌらしい湿気が少なく燦々たる陽光を楽しむ日は数日に留まった。この不順な気候は1986年以来である。その時は、突風が続き、ビーチの砂が飛び散り、岩の地肌が顔を覗かせた。
ここ数年、人の出が微減している印象を受ける。公式数字では例年通りとされているが、明らかに減っている。会期中の最初のウィークエンドが一番の賑わいを見せるが、今年も以前ほどではなかった。この辺りの事情、メディアはあまり触れないが、高物価の影響が考えられる。特に、この映画祭期間中のホテル料金の高騰は目に余り、明らかにやり過ぎだ。
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スティーブン・スピルバーグ監督
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レオナルド・ディカプリオ
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ニコル・キッドマン
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例年、映画祭を盛り上げるハリウッド・スターのレッドカーペットは健在だ。オープニングの話題を独占した「華麗なるギャッビー」主演のレオナルド・ディカプリオ、元祖ギャッビーのロバート・レッドフォード、伝説ピアニスト、リベラーチェの伝記「燭台の陰で」のマイケル・ダグラス、ガン撲滅チャリティ・パーティの主賓を務めるシャロン・ストーン、審査員のニコル・キッドマン、そして、今年の最大の目玉とされるのは、審査委員長の映画監督スティーブン・スピルバーグ、フランスからはデジタル修復完全版「太陽がいっぱい」の完成に合わせ、久し振りにアラン・ドロンがカンヌに登場。
これらのスター作戦、テレビ対策であり、これにより同映画祭は飛躍的発展を遂げた。スピルバーグ審査委員長について言えば、「ある視点」部門のオープニング作品、ソフィア・コッポラ監督の「ブリング・リング」上映の際、1人で列に並び、この彼に誰も気づかない光景を目の当たりにした。もう一度、監督週間でも列に並んでいた彼を見た。審査委員記者会見でのソフトなあたりにも彼の飾らぬ人柄が感じ取れた。
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「そして父になる」
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「そして父になる」は、良く出来た作品だ。しっかり構成されたシナリオ、絶妙な子供の使い方と相まり、是枝監督の思考が一段と深まっている。出発直前の試写で、必ずや賞に絡む作品であることを確信させるものがあった。ストーリーの骨子は、病院での赤児取り違いから起る、家族の絆についてである。
子供の取り違いによる悲喜劇を扱った作品として「人生の長く静かな河」(88)(エチエンヌ・シャティリエ監督=仏)がある。これは当時、フランスで大ヒットした、皮肉たっぷりなコメディである。最近では「他人の息子」(11)(ロレンヌ・レヴィ監督=仏、本邦未公開)があり、こちらは、壁に阻まれ生きる、取り違えられた子供たちが主人公で、パレスチナ問題が背景となっている。
このように、取り違い自体は決して珍しい素材ではないが、是枝作品は、家族の在り方に一層踏み込んでいる。登場する家族、一方は、絵に画いたようなエリート一家(福山雅治と尾野真千子)、もう一方は、夫婦(リリー・フランキーと真木洋子)と3人の子供の一家で、関東の地方都市で電気商を営む庶民家庭。この2家族の対比を、シンプルな構図で明確に描き出している。作品の成功の一因はこの脚本にあることは間違いない。
建築会社のエリート技師である福山雅治の一家は都心の高層マンションに住み、専業主婦の美しい妻と、6歳になる可愛い息子との何不自由ない、勝ち組の暮らし向き。一方、地方都市在住のリリー・フランキー一家は、小商いのごく普通の庶民の家庭。この経済的落差が、幸福とはつながらないところが、脚本の隠し味となっている。自信に満ち、エリート然とした福山に対し、開けっぴろげで、幸せそうに子供たちと戯れる父、弁当屋でパートとして働く母と、総て対照的な家族像が設定されている。病院から、取り違いの説明を受け、血のつながりを否定されたエリートと、この際、補償金をなるべく高くせしめようとする庶民、特に、フランキーの愛情にも溢れるが欲も深い人物像は、作品に膨らみをもたせている。福山の知的さと対照的なフランキーの人物像、彫りが深い。事実が判明し、子供をそれぞれの家へ泊まらせるが、大人の思惑の上を行く子供の知恵が、総てを決めるラストは、話が良く練られている。
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上映後拍手に応える是枝監督
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5月18日、夜の10時からの大ホール(2400人収容)での公式上映で、本作は観客を魅了した。終映後、スタンディング・オベイションが10分あまり続き、監督はじめ出演俳優たちは観客の称賛に応えた。
10分のスタンディング・オベイションは、カンヌ映画祭公式上映では決して珍しいことではない。要は、拍手の強さ、内身の強さであり、これほどの熱い拍手は、筆者の経験では、日本映画として初めてのことである。儀礼化している公式上映の拍手であるが、今回の「そして父になる」は、本物の称賛であった。
拍手の嵐で、是枝監督は「行ける」との心証を得たであろう。その後のメディアの報道でも、例えば「フィガロ」紙ではパルムドール、地方紙の「ニース・マタン」や「ジュルナル・デュ・ディマンシュ」紙は、事前の予想としてグランプリと記した。「リベラシオン」紙は『是枝演出は繊細で、絶妙なバランスを保ち、人間関係を理想的な形で描き出している』、「ル・モンド」紙は『普通の家族映画ではなく普遍性を持つポートレートを描くことに成功した』と高い評価を与えた。これらの報道のせいもあり、日本ではテレビのワイドショーでは、是枝作品のパルムドール受賞を前提とした番組作りが始まった。これには作品製作の中心的存在であるテレビ局が大きく噛み、他の局も後追いした。
結果は、期待されたパルムドール(最高賞)ではなく、グランプリ(審査員特別賞)に次ぐ、審査員賞に落ち着いた。カンヌのコンペ部門出品歴3回目の是枝監督は終始、余裕の態度で、受賞後の記者会見に臨んだ。
「先ず、報道して下さり有難うございました」と日本の報道陣に謝意を述べた。その後「家族がテーマであり、身近な普通の生活の悩みを掘り下げたが、このことは外国向けではなく、ナショナルな素材でも充分勝負できることを確信。そして、作品が観客に『届いた』と実感した。賞の順列は特に考えないし、これからも頑張れる余地はあると思う」と述べた。
パルムドール
(最高賞) |
「アデルの人生」(アブデラティフ・ケシシュ監督)(仏) |
グランプリ
(審査員特別賞) |
「インサイド・ルイン・デービス」(イーサン&ジョエル・コーエン監督)(米) |
審査員賞 |
「そして父になる」(是枝裕和監督)(日) |
監督賞 |
アマット・エスカランテ監督(「ヘリ」)(メキシコ) |
女優賞 |
ベレニス・ベジョ(「過去」)(イラン) |
男優賞 |
ブルース・ダーン(「ネブラスカ」)(米) |
脚本賞 |
「ア・タッチ・オブ・シン」(ジャ・ジャンクー監督)(中) |
審査委員長 |
スティーブン・スピルバーグ(監督)(米) |
審査員 |
ニコル・キッドマン (女優)(米)
河瀬直美 (監督)(日)
ヴィディア・バラン (監督)(印)
リン・ラムゼイ (監督)(英)
ダニエル・オトゥイユ (男優)(仏)
アン・リー (監督)(台湾)
クリストフ・ウォルツ (男優)(オーストリア)
クリスティアン・ムンジウ (監督)(ルーマニア)
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(文中敬称略)
10月5日(土)より新宿ピカデリー他全国ロードショー
《続く》
映像新聞2013年6月10日掲載号より
中川洋吉・映画評論家
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