このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



10回目を迎えたSKIPシティDシネマ映画祭
長篇部門 日本作品のレベルが向上

 川口市の映像施設・彩の国ビジュアルプラザに於ける「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2013」(以下Dシネマ)は、今年で10回目を迎えた。本映画祭、7月12日より21日までの10日間SKIPシティで開催された。


80カ国から過去最多の661本応募

 本映画祭は、デジタルにより製作された作品に限定され、製作本数3本以下の若手監督を対象としている。年々、応募数が増え、2013年度は世界80か国から661本と過去最高本数を記録した。因みに、第一回時は36か国から599本であり、応募数は微増し、国際的知名度も上がっている。自治体、埼玉県、川口市の助成で成り立つ同映画祭が10年も長持ちしたこと自体驚きであり、「よく行政が10年の間お金を出し続けたな」と感心する。地方自治体の財政難で文化予算を削る中、Dシネマ映画祭を維持、発展させていることは特筆に値する。



今年の一般的傾向


 長篇部門で12作品が選考された。内訳は、9本の外国作品と3本の日本作品と、例年通りでる。今年の大きな特徴は、3本の日本作品のレベルの向上である。今までは、外国作品の添え物的存在であったが、今年は明らかに違う。予想外のサプライズだ。プレ・セレクションを通して、応募作品の全体的傾向として、経済の停滞や不況による貧困をテーマとする作品が多かったそうだ。
その結果として、最終ノミネート選考に残った作品はコメディ系が多く、暗い世相を避ける傾向が見られる。カンヌ映画祭でも、コメディこそなかったが、社会的テーマを扱う作品が少なかった。映画は時代を反映する器であり、作品テーマには現在が塗り込められている。


困難な状況下を生きる人間



「チャイカ」
(C) Kinoskopik
 今年の入賞作品を見ると、筆者の予想とほとんどの作品が重なっていた。これは珍しいことである。裏を返せば、優れた作品を欠いた結果と言える。
最優秀作品賞は、スペイン、グルジア、ロシア、フランス国際共同製作になる「チャイカ」である。監督はスペイン人のミゲル・アンヘル・ヒメネスで、長篇2作目である。
物語のスケールが、兎に角、壮大である。
冒頭シーンは、大きな貨物船船内。主人公の女性アイシャは、娼婦として船に乗り込んでいる。多くの男の欲望の眼差しを受ける毎日。彼女は既に妊娠し、船内で出産する。女1人を大海に放り出すような設定であり、船内の娼婦というのも刺激的で、逃げ場のない女性を追い詰める目に見えない足かせが全体のトーンとなっている。このインパクトの強さに全篇を引張る力がある。
下船する母子、船内で彼らに好意的な目を向ける1人の男性が声を掛け、何処へ行く当てのない彼女は、ロシアの大平原の中の一軒家の男の実家へ赴く。広大な平原、厳しい気候と自然環境、そして、大平原の日没風景がインサートとして度々挿入される。人間が住めない僻地と美しい自然との対比が全体の枠として存在する。男は、彼女を欲望の対象としては見ず、暖かく接する。しかし、家族、母や兄の彼女に向ける視線は冷たく、徹底した悪意で女中扱いをする。この生活に2人は耐え切れず、実家から逃げる思いが少しずつ芽生えるが、中々、実行に移せず時が経つ。ある時、意地の悪い母がオオカミに襲われ死に、兄弟の仲は一層険悪となり、兄は嫁を犯す暴挙に出る。それを止められない弟であるが、最後は、兄に銃を突きつけ、男と母子は、彼女の実家へと身を寄せる。2人は正式に結婚し、穏やかな人生を送る。壮絶な物語展開だ。厳しい生活環境の中、弱者として貶(おとし)められる女性を通して、困難な状況を生きる人間の強さを描く、骨太な一作で、今回の映画祭、最大の収穫だ。物語は、成人した息子が母の一生を語る形で進行し、この流れが良い。




イスラエル映画の底力


「フロントライン・ミッション」
(C)2012 Topia Communications, United King Films, 13 Production - ARTE France Cin?ma

 監督賞受賞のイスラエル作品「フロントライン・ミッション」は、パレスチナ、ガザ地区に派兵されたイスラエル軍兵士たちと、地元民との軋轢を描くもの。人道的立場に立てば、武力をもってパレスチナ人を圧迫するイスラエルの行動は決して認められるものではない。この占領軍たる兵士たちの人間性の歪みについて、多くのイスラエル映画作家は自国政府支持か、国家に対する内部告発かの選択で大いに悩むところである。肝要なのは敵対する人々の人間性を掘り下げることであり、本作「フロントライン・ミッション」は、両陣営への目配りに苦心の跡が見られる。素手の市民に対する重装備のイスラエル軍の対決の構図は、挑発と過剰報復の連鎖から成り立っている。この状況を見詰める意味が本作にはある。しかし、イスラエルが他国にズカズカと入り込む後味の悪さは否定し難い。



アジア作品


 アジアからは中国の「アメリカから来た孫」と台湾の「狼が羊に恋するとき」の2作が選ばれた。アジアの中の重要な映画国である韓国からの選考はなかった。「アメリカから来た孫」、タイトル通りの内容で、中国とアメリカの文化的落差を描き、それなりの面白さを感じさせた。台湾の「狼が羊に恋をするとき」はビデオクリップのような作品で、現代の若者のセンスが見ドコロであり、台湾映画らしい、ほんわかとした味わいがある。



日本作品


「神奈川芸術大学映像学科研究室」
(C)東京芸術大学大学院映像研究科

 日本からは、見る価値のある作品3本が選ばれ、それぞれ良い持ち味を出している。従来の日本作品なら「頑張ってるな、ご苦労さん」的評価で終わっていたが、今年はいささか様子が違う。
審査員特別賞の「神奈川芸術大学映像学科研究室」(坂下雄一郎監督)は、大変長いタイトルだが、架空の大学である。今年27歳の坂下監督は芸大映像研究科で学んだが、作品自体、芸大の内幕もののようなノリである。主人公は研究室の助手であり、雑務一切を押しつけられ、教授、事務からは口うるさく言われ、毎日、鬱々と過している。学生の身勝手な行動、大学当局、教員などの事なかれ主義、さもありなんと思わす事例が次から次へと出現する可笑しさ、馬鹿らしさ続きが、現状に対する痛烈な皮肉になっている。ラストのキレた助手の行動は胸のすく思いだ。

「ロマンス・ロード」

SKIPシティアワードの「ロマンス・ロード」(まつむら しんご監督)は、今どきの若い世代のギャグ精神満載のコメディである。主人公の2人の若い女性は1人の男に手玉に取られ、それを契機に親密になり、その後、恋愛小説家に2人で入れあげる、失恋にメゲない若者の姿を描いている。メゲない女2人は現代の若者像と見えなくもない。意図的な間(ま)のずらしで笑いを取るあたり、中々のものだ。



「震動」
(C)nimmersatt

「震動」(平野明美監督)も見せる作品だ。シリアスな青春ものといえる本作、主人公の高校生とろうあ者の少女、2人とも兄、妹のような関係で、彼らは養護施設暮らしであり、施設から学校へ通う。少年は同級生からバンドに勧誘され、一員となるが、ろうあ者の少女には音が届かない。この両者の設定はうまい。最終的にラヴストーリーとなるが、その過程における会話の積み重ねに説得力がある。
 この3作品、出来が良く、横一列であり、「震動」の無冠は気の毒。



踏み込んだ選考を


 今年の海外作品の選考、選び手の顔が見えない。660本の応募がありながら、このレベルでは困る。「チャイカ」以外は作品的に弱く、もっと踏み込みの効いた選考が望まれる。



受賞一覧


最優秀作品賞 「チャイカ」
監督賞 ヤリヴ・ホロヴィッツ監督「フロントライン・ミッション」
脚本賞 「セブン・ボックス」(パラグアイ)
審査員特別賞 「神奈川芸術大学映像学科研究室」
SKIPシティアワード 「ロマンス・ロード」






(文中敬称略)



《了》


映像新聞2013年8月5日号掲載より



中川洋吉・映画評論家