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「注目すべき独立プロ映画(1)」
若手を中心とした意欲作

 今年の邦画で印象に残る作品は、前半では「舟を編む」(石井裕也監督)、後半は「夏の終り」(熊切和嘉監督)だ。共同製作委員会方式の大型予算作品では、宮崎駿監督の「風立ちぬ」がある。その中にあり、若手を中心とした意欲的な独立プロ系作品が気を吐いている。いわゆる、大規模上映ではなく、アート系単館上映館興行であるが、観るに値する作品がラインアップされている。

映画青年の一念

「月の下まで」
(C) シネフォリア

 「月の下まで」は、高知出身の監督が一念蜂起し撮り上げた作品である。物語性に富む脚本構成に力があり、作り手の思いがグイグイと伝わる。
 物語は、高知県黒潮町を舞台とする一漁師の困難な人生の一コマに焦点を当て、監督の奥村盛人は高知にこだわり、そこに生きる人々の厳しい日常を描いている。
  主人公は中年にさしかかった漁師(那波隆史)、演じるのは本職の役者だが、不器用な漁師をアマチュア的(芸能的でないの意)に演じ、骨太な存在感を見せている。プレスシートを読むまでは、本物の漁師と思わせたくらいだ。
  登場人物は、妻に出て行かれた主人公の漁師、彼の老母と知的障害をもつ息子。彼は、仕事と家族の間でキリモミ状態に陥っている。純真な長男は、老母に育てられるが、漁師の彼にとり、息子は自身の行動を束縛する疎ましい存在だが、老母の手助けで何とか家庭的均衡が保たれる有様だ。
  腕の良い漁師にも、漁業不振の波が襲い、周囲の同業者は次々と海を捨てる。唯一の救いは、弟の嫁と女高生の娘で、彼女たちは何くれとなく、漁師一家の面倒を見る。老母に認知症の兆候が出始め、知的障害の息子の存在、新造船の借金と、八方ふさがりの状況が立ちはだかる。ドラマ的には、ここで老母が崖から墜落死を遂げ一難去りだが、少しありきたりな処理法と思え、展開が開けるわけでない。しかし、作り手の言わんとするところは、どんなに苦しくとも生きねばならぬとする強い思いで、そこが、見る者へきちんと伝わるところに、この「月の下まで」の価値がある 。



脱サラ監督 物語性に富む脚本構成

 
「月の下まで」の一番の主人公は、監督の奥村盛人である。彼は、今年35歳と若く、岡山出身、高知大学で学び、高知新聞の記者を8年間務めた。根っからの映画好きの彼は、映画作りの思いを絶ち難く、新聞社を辞め、東京、渋谷の映画美学校で映画作りのイロハを学んだ。そして、2010年から友人たちと本作の製作に取り掛かった。資金集めに奔走し、企画、製作、監督、脚本、編集を1人で担当し、脱サラ監督として長篇第一作を撮り上げた。映画青年が独力で製作費を集め、自ら監督として名乗り出るケースは数多くある。しかし、彼らの抱える困難さは、第2作、第3作目の製作である。第1回作品は、親類、縁者頼みの金策で何とかなるが、その後が大変なのだ。新人に対する製作助成、脚本助成は、公的制度として我が国では根付いていない。映画に対する公的助成制度により、多くの若い映画人を国が育てる政策の早期の実現が望まれる。この制度が無いことは、日本映画界の泣きどころなのだ。



「ハーフ」について考える 知られざる問題を提示


「HAFU」

  ドキュメンタリー「HAFU」(西倉めぐみ、高木・ララ共同監督)は、いわゆる、ハーフについての考察である。今や、我が国では新生児の49人に1人がハーフであり、今後の国際化により更に増えることが予想される。
  本作では、5組のハーフの生き方が描かれる。「HAFU」は、我々に、日本におけるハーフの存在について、どれ程知っているかを問いかけている。実際、我々と同じ日本人であるハーフなるマイノリティについて何も知らないことを思い知らされる。 5人の若者は、オーストラリア人、ガーナ人、メキシコ人、ベネズエラ人、韓国人と日本人の間に生まれている。


ハーフたちの実情

 
  オーストラリアで育った27歳の女性は、日本人としてのルーツを知るために来日するが、1年で帰国。
ガーナ人の母との間の青年は、顔つきは黒人だが、100%の日本人で、ガーナで学校を立てるプロジェクトに入れ込んでいる。
メキシコ人女性は、日本人男性と結婚し日本に定住し、子供たちを日本で育てる。
ベネズエラ人の親をもつ青年は、神戸で多人種のためのコミュニティの立ち上げに奔走する。
韓国人の父をもつ神戸在の女性は、在日への差別、ハーフに対する特別視の中、アフリカ人男性と暮らす。
ここで5人5様の生活と意見が描かれ、これらが大変興味深い。



ハーフの感じる日本


 本作「HAFU」の面白いところは、ハーフの人々が感じる生き難さが良く描かれている点だ。そこから、どう生きるかの問題が提起される。そこで、解決すべき問題は、単にハーフだけでなく、我々、日本人にも降りかかることを考えねばならない。
片親が日本人で、ハーフとして日本で生きることを選んだ若者たちは、日本人でも外国人でもない意識に常に悩まされる。解決策として、オーストラリア人とのハーフの女性は日本定住を断念し、白人の男性と帰国する。ガーナ人との間に生まれた青年は、肌の色の違いがあるにもかかわらず、日本人として生きる決意をする。彼の底抜けの明るさは、人を巻き込む力がある。彼らは疎外感と積極的に生きようとする意志の狭間で揺れる。どのケースも若者の生きることの真剣さに心打つものがある。改めて「HAFU」は、我々が日本を識(し)る意味で貴重な試みだ。映画的に意識の行動化に力点が置かれ、見易い。



日本美術の擁護者


「天心」
(C) 2013映画「天心」製作委員会

 岡倉天心(1863−1913)は明治時代の日本美術の擁護者であり、今様に言えば、アート・マネージメント プロデューサーである。明治初期は、急速な欧米化が進み、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、寺が焼かれ、仏像が破壊され、多くの美術品が海外に流出した。その中で、若き天心は、日本美術の保護のため心血を注いだ。後に東京美術学校(現東京芸大)校長に就任、若き才能を発掘したが、時流に乗る西洋画派との対立により辞任に追い込まれる。その後、弟子の横山大観ら4人を引き連れ、日本美術院を立ち上げるが経営難に陥る。そして、茨城県五浦(いづら)海岸に活動の拠点として六角堂を立て、4人の弟子と共に創作活動に打ち込む。



壮絶な創作活動 天心の描き方


 「天心」のハイライトは、若き4人の弟子たちの求道僧にも似た六角堂での創作活動である。家族共々、五浦に居を移した4人の弟子、後の日本画画壇の大物となる、横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山の中では、売れる画家と売れない画家が出て、天才と謳われた菱田春草の乳呑児を抱え、明日の糧も困る窮乏振りを描くエピソードには胸を衝かれる。
弟子の困窮も意に介せず、東京美術学校校長就任前に勤めた文部省時代の上司、九鬼隆一男爵の美貌の妻、波津子との不倫など、個人的なエピソード、人間「天心」(竹中直人)を知る上で大変面白い。情に富み、常識豊かな家庭人「天心」ではドクが足りない。


苦節20年、松村監督


 監督の松村克弥は、92年に、青春の閉塞状況を、荒々しいタッチで描いた「オールナイトロング」で監督デビュー、その後は一向に消息を聞く機会がなかった。その間、一度だけテレビで彼の名を目にしたくらいだった。永い間、節を曲げず、再び映画を手懸けた意欲には感服する。このような事例を見て、先述のように、若手支援の公的助成制度の充実が望まれる。




(文中敬称略)


《了》

上映日程

「月の下まで」9月14日(土)よりユーロスペース公開中 奥村盛人監督 (090-1820-8111)
「HAFU」10月5日(土)より渋谷アップリンク(03-6825-5503)にて公開
「天心」10月5日(土)MOVIXつくばほか茨城先行公開
11月中旬よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー
マジックアワー (03-5784-3120)

映像新聞2013年9月16日掲載号より転載





中川洋吉・映画評論家