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第26回東京国際映画祭(2)」 

「アデル、ブルーは熱い色」

 コンペ以外にも目ぼしい作品が見られた。特に、特別招待ではギリシャのテオ・アンゲロプロス監督の遺作「エレニの帰郷」は大変に注目され、多くの映画関係者を惹きつけた。もう1本、本年度のカンヌ映画祭のパルム・ドール「アデル、ブルーは熱い色」も期待の一作で、監督のアブデラティフ・ケシシュの舞台挨拶もあり、盛り上がりを見せた。

もっと本数が欲しいアジア部門

 今年は予算の縮小もあり、アジア部門は「アジアの未来」と看板を新たにし、再出発した。対象は、1,2作目の新人監督作品であり、アジアの若い才能を発掘する意味合いを持つ部門である。アジアの秀作がコンペ部門へ流れ、本年は僅か8作品。アジア部門はTIFFの看板部門であり、それぞれの国を応援する根強い固定ファンがおり、この本数では寂しい。



光る「祖谷(いや)物語−おくのひと−」


「祖谷物語」

 「アジアの未来」部門の中で、日本作品「祖谷物語」は見応えがあった。祖谷とは徳島の日本最後の秘境であり、近年、開発が進み、自然破壊問題が浮上している。祖谷の四季が丁寧に写し取られ、作り手の映画に対する意気が伝わる。
撮影もデジタルを避け、手間と金の掛かるフィルムにこだわり、自然の質感を引き出している。特に、山奥の土地の潤いのある緑は、フィルムならではの色調だ。ストーリー自体は、シンプルにまとめられている。山奥の猟師(田中泯)は、捨てられた赤ん坊を拾い、大事に育て、成長した彼女は老いた育ての父を助け、共に山中に暮らす。この電気も水道もない山奥の自然に憧れ、都会の青年が住みつく。過酷な生活、都会っ子の彼は自然の厳しさをひしひしと感じる。一方、村ではトンネルが開通し、秘境へも観光客がバスで乗り付ける。メインテーマは人と自然であろう。その自然の脅威に対し、人は、如何に処するかが作品の見ドコロであり、長期ロケが威力を存分に発揮している。若い世代の蔦啓一朗監督の渾身の1作だ。

現代インドを描く



 インド映画と言えば、歌って踊ってのボリウッドものとサタジット・ライから始まる文芸ものが日本人一般の映画観でなかろうか。しかし、日本で見られるインド映画は、様変わりしている。例えば、福岡アジアフォーカス映画祭2013に出品された。都市再開発の闇に異を唱える野党政治指導者の暗殺事件を扱う「シャンハイ」、鉱山利権で地域に君臨する暴力団一族の物語「血の抗争」に見られるような、現代を扱ったインド映画を見る機会が増えた。TIFFでも「祈りの雨」(「アジアの未来」部門)はその系列に連なる。1984年、インド中部のボパール市中心で操業するアメリカ企業、ユニオン・カーバイト社の殺虫剤製造工場の爆発事故による、死者1万人という実話の映画化である。外資系企業に依存せざるを得ない、地元、そして、あくなき利益追求に狂奔するアメリカ企業の構図。最大の被害者は、僅かな給料でも失業よりましとする工場労働者である。原発事故と全く同じ構造が見られる。加害者の企業は僅かな見舞金の支払いだけを認め、未だ謝罪を拒否している。これは、ヴェトナム戦争で枯葉剤を製造したアメリカの大手化学企業モンサント社と同様だ。枯葉剤散布については、岩波ホールで上映された、坂田雅子監督の傑作「沈黙の春に生きて」(11)に詳しく触れられている。


鬱積した青春



「起爆」
 韓国作品「起爆」(「アジアの未来」部門)は、時代と向き合う作り手の強固な意志が感じられる。
優秀な学生である主人公は、高校時代にイジメ教師の自動車に爆弾を仕掛け未遂に終わる事件を起した前歴がある。大学卒業後に研究室に残り、何事にも目立たなく過すが、権力者たる教授から疎まれる日々。彼はひたすら従順を装う。そこに、年少の学生が、彼の爆薬作りに興味を覚え、世の中をアッと言わせる事件を盛んにそそのかす。疎外された人間が窮鼠猫を噛む的な行動をとる恐ろしさと、行動へ至る状況が描かれる。作劇的には、疎外される本人の意思を離れ、そそのかす人間により事件が起こされるところに脚本のひねりがある。韓国の強固な学歴社会の懐の中に飛び込んだはずの人間が弾き出されるリアル感は、他人事とは思えぬ迫真力がある。今年31歳の監督キム・ジョンフンは、今作が長篇デヴュー作であり、彼には見るべき力(りき)がある。


ヨーロッパ作品 仏映画に見る"良質の伝統"



 コンペ部門のヨーロッパ作品、フランスからの「ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム」(ラリュー兄弟監督)とイタリアからの「ハッピー・イヤーズ」(ダニエレ・ルケッティ監督)は賞に絡まなかったが、大変良く出来ている。「ラヴ・イズ…」はフランスの人気俳優マチュー・アマルリックが得意の役柄、ガールハント一筋男のミステリー。彼が扮する大学教授は教え子と情事を重ねるが、ある時、教え子の女子学生の失踪が事件の発端。一見、単なるラブ・コメディの出だしであるが、ラストのドンデン返しが面白い。大人の愛がらみのコメディはフランス映画の得意とするジャンルであり、今作もいわゆる"良質の伝統"に乗っ取った作品で、映画を見る楽しさを味わせてくれる。


色濃い家族の絆



「ハッピー イヤーズ」
 イタリア作品「ハッピー・イヤーズ」(ダニエレ・ルケッティ監督)は、イタリア映画ならではの家族の絆が色濃く出ている。ストーリー自体が魅力的だ。ある芸術家一家が主人公、夫は浮気性、家族の一体化を強く求める美人妻は、夫の居る所、どこでも子供を連れて現れる。妻をうるさがる夫は、極度のマザコン男と人物設定が面白い。イタリア映画は、身に覚えのある生活感が底流にあり、そこが親近感をもたらせるが、今作はその一例。また、ファニー・アルダン張りの派手な美人妻役のミカエラ・ラマッツォッティはその存在が作品で目立つが、我が国では知られていない。その彼女、本国では聞えた女優だそうだ。このことは、日本でイタリア映画の上映機会がいかに少ないかを物語っている。もっとイタリア映画を見たいものだ。


日本映画



 映画祭というものは、上映作品が多く、筆者はコンペ部門をまずは見るようにしている。従って他部門は時間的制約があり、見切れないのが現状。日本映画を全部見ることは難しく、見た範囲で述べる。
全体的に言えるのは、日本映画のひ弱さである。自分の生きる社会と向き合う意識の稀薄さと言い換えてもよい。このことは、テーマの選び方が身辺雑事であり、そこから見出される人間造型が浅いことだ。韓国、中国、そして、近年注目されるフィリピンと比べ、「俺はこう言いたい」という強い自己主張がない。この点は考えねばいけない。若手中心の「日本映画スプラッシュ」部門は、お仲間内発信であり、作り手の視点の拡がりを欠いていると言わざるを得ない。


まとめ



 第26回目を迎えたTIFFの評価であるが、30本の作品を見終えて、その結果は満足の行くものであり、コンペ部門に関してはここ数年で一番の出来であった。TIFFの泣きどころは、後発の映画祭であること、世界的な映画ビジネスの域外にあることである。ヴェネチア映画祭などが存在し、作品集めの難しさは、設立以来変わっていない。映画関係者の来日も少ない。しかし、その中で、アジア作品選考は地の利もあり、頑張っている。欧米作品も、これはと思う作品を呼んでいる。今年はつまらなかったとする業界の意見もあるが、実際に作品を目にした立場から、この意見に筆者は与しない。




(文中敬称略)


《了》


映像新聞2013年11月11日掲載号より転載





中川洋吉・映画評論家