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フランスの3人の芸術家の晩年」 

 奇しくも、今秋はフランスの偉大な芸術家の晩年を描く作品が揃った。異なるジャンル、絵画、彫刻の巨匠たちが登場し、芸術を通して、それぞれの晩年の生き方と創作が描かれている。

それぞれの晩年を描いた映画

 3人の芸術家とは、絵画のヴァン・ゴッホ、オーギュスト・ルノワール、そして、彫刻のアリステッド・マイヨールであり、彼らは美術史に名を残す存在である。古くは、画家モジリアニを扱った「モンパルナスの灯」(58)(ジャック・ベッケル監督)があり、フランスは芸術家モノを得意としている。
− ゴッホの晩年
ゴッホ(1853−1890)は、彼の数々の絵画により、多くの人に愛される、恐らく世界で一番名が知られている画家ではなかろうか。「ひまわり」、「馬鈴薯を食べる人々」、「星空のカフェ」など、数多くの名画が人々の記憶に留まっている。さらに、人々がゴッホに魅入られるのは、彼の強烈な個性と若くして燃焼した生き方にある。


忘れられた名作


「ヴァン・ゴッホ」(c)1991 GAUMONT

 22年振りの本邦初公開される映画「ヴァン・ゴッホ」(モーリス・ピアラ監督、1925−2003)は、1991年にフランスの大手映画会社ゴーモン社により製作された160分に及ぶ大作である。フランス公開当時、東京国際映画祭での上映の話があったが、結局、日本公開は見送られ、実に22年振りの公開となった。東京国際映画祭では、内部試写が催された。その際、ゴッホの描き方が従来のイメージと違うことに違和感がありとする意見や、ほぼ決まっていた配給会社が、映画祭上映に難色を示したなどの理由が取りざたされたが、永い月日が経ち、現在では、本当の経緯は辿りようがない。1987年にカンヌ映画祭でパルムドールを得た今作、既に、フランス映画の巨匠に位置付けられたモーリス・ピアラ監督作品であり、良く知られた画家ゴッホの物語である今作の永い間のオクラは残念としか言いようがない。


未知のフランス映画巨匠作品の公開



 モーリス・ピアラ監督の「ヴァン・ゴッホ」が「没後10年後期代表作4本特集上映」と銘打ち、今秋公開の運びとなった。他に、後期の彼の代表作「愛の記念に」(83)(本邦未公開)、「悪魔の陽の下に」(87)(カンヌ映画祭パルムドール)、「ポリス」(85)(本邦未公開)が順次公開される。日本におけるフランス映画興行ポリシーは、東急文化村に代表されるスター女優路線と、ヌーヴェル・ヴァーグ路線が大きな流れであり、ピアラ作品はそのどちらにも属さず、観客からは忘れられた存在であった。さらに、彼の作品の特徴は、一くくりにレッテルを張ることの難しさも一因と考えられる。彼の作品は人間の本質を衝くところがあり、口当たりは決して良くない。また、彼は非常に気骨はあるが気難しい人とされ、一例として、87年のカンヌ映画祭におけるパルムドール受賞の際、彼の「悪魔の陽の下に」が大変高踏的で難解であったことに対する受賞反対のブーイングに対し、挙を突き上げ「あなた方が私を嫌うなら、私もあなた方を嫌う」と反撃した有名な逸話のように、取りつきにくい印象がある。


クールなゴッホ



 ゴッホには、誰もが予想だにしなかった、歌手兼俳優のジャック・デュトロンが起用された。デュトロン自身、好男子でサングラスに葉巻スタイルのプレイボーイをトレードマークとし、従来の生真面目なゴッホ像とはかけ離れている。このミスマッチと思えるデュトロンの起用が、結果的に作品の成功に貢献している。
最晩年の2か月前に、パリ近郊のオーヴェルニュに流れ着いたとしか言いようのないゴッホが、理解者であるガッシェ医師の許を訪れ、そこでの短い生活が描かれている。家族同様に迎えられた彼は、ガッシェの娘から思いを寄せられたこともあるが、本業の絵は生涯一枚も売れず、弟テオの援助にすがる自分に嫌気がさしたりと、苦悩する姿が写し出される。元々が不器用な彼は、周囲の心配してくれる人々との間にも徐々に目に見えない溝ができる。ピアラ監督はデュトロンの柄を生かすクールなゴッホ像が作り上げた。特に、ラスト近くのモンマルトルのキャバレーでの乱痴気騒ぎシーンで、彼の深い内面の闇を一気に吐き出させ、燃え尽きるように死を迎える運びは良く考え抜かれ、確かにピアラ演出の技が見て取れる。見るべき一作だ。


老いと創作



「ルノワール 陽だまりの裸婦」
 「ルノワール」は映像美も見どころ
ゴッホと異なり、天寿を全うした大画家の1人がオーギュスト・ルノワール(1841−1919)である。この印象派を代表する画家の老境を扱った作品が「ルノワール 陽だまりの裸婦」(ジル・ブルドス監督)である。物語は有名な「浴女たち」(1918−19年製作、オルセー美術館蔵)に想を得ている。
晩年のルノワールは、持病のリューマチ性関節炎を患い、温暖の地、南仏ニース、カンヌの中間に位置する海辺の町カーニュに広大な土地を求め、そこを創作の場とする。彼には、3人の子共がおり、2男が有名な映画監督ジャンである。物語はこの2人を軸に進行するが、2人の関連性を強める存在として父の晩年の傑作「浴女たち」のモデルであったアンドレが介在する。彼女は父のモデルであり、後に息子ジャンと結婚し、女優志望の彼女が彼を映画界へ送り出す役割を果すのであった。
その息子も、第一次世界大戦で負傷したが無事に帰還し、アンドレを挟む親子の交流、老境、創作が描かれる。ウォン・カーウァイ監督の「花様花年」(00)で知られる中国人撮影監督リー・ピンビンの写す南仏の風景は、陽光に満ち、明るく美しく、ルノワールの絵画のような効果を見せ、目に眩しい。彼の描く映像美は今作の見どころの一つだ。


モノクロの世界



「ふたりのアトリエ〜ある彫刻家とモデル」
 スペイン作品「ふたりのアトリエ〜ある彫刻家とモデル」(フェルナンド・トルエバ監督)も老境と創作をテーマとしている。1人の彫刻家アリステッド・マイヨール(1861−1944)は、戦時中、創作意欲を失うが、彼の許へ偶然迷い込んだような若い女性モデルが彫刻家の創作意欲を今一度掻き立て、傑作「地中海」を生み出すのが物語の骨子である。
藝術家が若い女性モデルにより、命の灯をもう一度灯す様は、「ルノワール…」と共通する。違う点を挙げれば、「二人のアトリエ」は戦時中のナチス占領下の片田舎が舞台で、モノクロで撮られ、時代色をうまく見せている。一方、「ルノワール…」は印象派の明るさが強調され、大きな違いを見せている。また、主演のルノワールに扮するミッシェル・ブーケは家父長的で気難しく、マイヨールを演じるジャン・ロシュフォールも気難しさはあるが、飄々とし、2人の名優の資質の違いが興味深い。この2人を見ていると、フランスには上手い俳優がいるものと感心させられる。脚本はルイス・ブニュエル監督作品や大島渚監督の「マックス・モナムール」(87)を手懸けたジャン=クロード・キャリエールである。「ふたりのアトリエ…」では、往年のイタリアの大女優クラウディア・カルディナーレが老彫刻家夫人役に扮しているが、フェリーニやヴィスコンティなどの巨匠作品出演で知られる彼女を目の当たりにし、何とも懐かしい気持ちにさせられる。



(文中敬称略)

《了》

公開 ----------------------------

1)「ヴァン・ゴッホ」 
   11月2日から上映中 シアター・イメージフォーラム他 全国順次ロードショー
2)「ルノワール 陽だまりの裸婦」
   10月初旬から上映中
   TOHOシネマズ シャンテ他、全国順次ロードショー
3)「ふたりのアトリエ〜ある彫刻家とモデル」
   11月16日から上映
   BUNKAMURA ル・シネマ他、全国順次ロードショー
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映像新聞2013年11月18日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家