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韓国の異色監督ホン・サンス
新作2本が同時公開中
若い映画人を引き付ける作風く

 韓国の異色の映画監督ホン・サンス作品2本が上映中である。作風は今までの韓国映画と異なり、手法に新鮮味がある。そこが彼の魅力の源泉なのだ。上映される2作品は「ヘウォンの恋愛日記」(2013年ベルリン国際映画祭コンペ部門出品)と「ソニはご機嫌ななめ」(2013年ロカルノ国際映画祭監督賞)である。
 ホン・サンス監督は、韓国人としては、恐らく、一番早くカンヌに迎えられた監督である。カンヌ映画祭では「カンウォンドの恋」(98)(2作目、ある視点部門)、「秘花」(00)(ある視点部門)、「女は男の未来だ」(04)(コンペ)、「映画館の恋」(05)(コンペ)が出品され、ヨーロッパでは、異能の韓国人監督として、根強い人気を築き上げた。その後は、新作が完成するたびにカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの3台映画祭への出品を果たし、今や韓国を代表する国際的監督として評価されている。
彼自身、85年にカリフォルニア芸術工科大学、その後、89年にはシカゴ芸術学院で美術修士を取得。アメリカ留学で美術を学んだことが他の監督たちと異なる感性を育んだと考えられる。
また、12年にはフランス人女優イザベル・ユペールが「3人のアンヌ」(12)(カンヌ映画祭コンペ)でホン監督作品の主役を務めた。特に、フランスでは彼の作品が上映される機会が多く、多くの外国人俳優が彼の作品出演を希望している事実がある。



韓国映画の本質

  元来、韓国映画の本質はリアリズムを基調としている。このリアリズムを体現してきたのがイム・ゴンテク監督(「酔画仙」〈02〉、カンヌ映画祭監督賞受賞)で、彼は韓国映画界の国宝的存在である。また、俳優では、国民的俳優とうたわれるアン・ソンギの存在がある。
その従来のリアリズム伝統を覆したのがホン監督なのだ。


ホン作品の印象

 カンヌ映画祭に出品された彼の作品、筆者は総て見る機会を得た。最初に感じたことはフィクション性が弱く、何を言いたいのかがはっきりせず、彼の作風には正直イライラさせられた。男と女が集い、酒を酌み交し、ダラダラと議論をするような展開が多く、「だから、どうなんだ」と疑問を挟みたくなる作品群であった。気分とか雰囲気で押す平坦な作りであり、韓国流のガシッとしたリアリズムの歯応えを最初から求める側として物足りないものがあった。
何も起こらず、説明の省略を多用した作風は、現代の若者の映画つくりと一致するところが大きく、韓国の映画学徒の最難関校、映画アカデミーの学生の卒業製作作品が、ほとんどホン・サンス志向であることを校長が苦笑いして語っていたことを思い出す。ホン監督の現代性が若い映画人を引き付けているのであろう。
日本でも、新しい映画潮流としてホン・サンス作品の人気は高い。韓流でもなく、リアリズムでもないところに新しさを見出している。この傾向、我が国のヌーヴェル・ヴァーグ・オタクの嗜好と合致する。


ヌーヴェル・ヴァーグ調

 説明の省略を多用した展開
前述のように、当初、作品の持つ意味が珍分漢粉で、どのように評価していいのか大いに戸惑いを覚えた記憶がある。彼の作風は平坦で、起伏が乏しく、作者の訴えが丸で見えない。この辺り、初期のヌーヴェル・ヴァーグ作品と酷似している。我が国には俗に2千人のこのエコールのオタクが存在し、このコアなファンが、ヌーヴェル・ヴァーグ調作品を担ぎ廻っているとされている。このため、小難しい作品が優先的に輸入、配給され、日本ではフランス映画がアート系映画館用の作品としか考えられていない。フランス映画の多面的な面白さを求めるフランス映画愛好家にとり、残念なことだ。

青春の描き方

「ヘウォンの恋愛日記」

 自己流の斬新な手法に魅力
今回の第1作目の「ヘウォンの恋愛日記」は、筆者のホン・サンス観を変える作品であり、極めて興味深い。女子大生、ヘウォンの恋愛物語であり、主演はチョン・ウンチェで、モデル出身の長身の格好良い美女である。韓国では美人系が現在も映画界を目指す傾向があるが、彼女はその代表格であろう。我が国の場合は、映画産業界の力が落ち、期待の新星が、ポップスやテレビ・タレント方面に流れている。これは、日韓の映画の持つパワーの違いであろう。
主人公の彼女、教授と恋愛関係にあったが、一度別れている。その後やけぼっくいに火が付き、物語が進む。

「ヘウォンの恋愛日記」(主演チョン・ウンチェ)

展開は実に平坦で、何処にでも転がっていそうなハナシだ。そこをホン監督はどのように見せるかが、彼の才気の見せどころなのだ。一度別れたはずの2人は、デート中に大学時代の仲間と居酒屋で遭遇し、隠していた仲がばれてしまう。このシーンが作品のハイライトで、男性はドギマキ、言い訳を繰り返し、最初は沈黙を守っていた女子大生ヘウォンは、みんなの前で全部ぶちまける行動に出る。ここで、シチュエーションを台詞だけで展開し、その台詞自身に毒がこもっている。ホン監督作品の面白さはここにある。従来の映画文法であれば、映像で見せるのが大原則であるが、彼は自分流に、いともあっさりと大原則をひっくり返して見せる。他に、普通ではあまり見られない映像処理に、見る側は爽快感を覚える。具体的には、画面をつなぐモンタージュでも、とてもプロとは思えないフィルムに白身を残したまま場面転換を図る。学生映画のようなのだ。韓国の映画学徒が随喜の涙にくれそうな手法はホン・サンス・マジックであろう。

若い女性の過剰な自信

「ソニはご機嫌ななめ」

 「ソニはご機嫌ななめ」もホン監督らしいエスプリが効いている。
こちらの主人公も女子大生、彼女の恋人も大学教授、その他に、同窓の男子、アメリカから一時帰国の韓国人教授と、この4人が織り成す多層な恋愛コメディ。ソニはアメリカ留学のために教授に推薦状を依頼するが、褒め方が足りず、彼女のお気に召さない。そこで、今一度、推薦状の書き直しを求める。もっとヨイショ的な書き方を望んだのだ。ここには、若い女性の若さから発するいわれのなき自信が見える。ヘウォンの場合も同じ図式であり、押しの強い韓国の若い女性に対する、ホン監督の辛辣な女性観が垣間見えて面白い。若い女性の自信満々の立居振舞を一歩引いて眺めている感がある。

「ソニはご機嫌ななめ」(主演チョン・ユミ)

「3人のアンヌ」で、主演にフランス人女優イザベル・ユペールを起用したホン監督は、「ヘウォンの恋愛日記」では、通りすがりに道を尋ねる白人女性に、韓国で別の作品に出演中のフランス人女優ジェーン・バーキンに一寸、顔を出させている。彼の遊び心が面白い。
見る者の既成概念をひっくり返すホン手法に、今までとは違う新しさがある。





(文中敬称略)

《了》


8月16日(土)よりシネマート新宿、
8月30日(土)から大阪・シネマート心斎橋で2作品同時公開中

映像新聞2014年9月15日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家