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「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2014」
レベル高く分かりやすい作品群
大成功だったコンペの選考く

 今年で24回目を迎える「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」は、福岡市の中心部、川沿いのカナル・シティをメイン会場として開催された。期間は9月12日(金)から21日(日)と、10日間のアジア映画パラダイスであり、福岡市民の反応も上々であった。

順調な推移

  アジアの窓口と自他ともに認める福岡市は、中心部にはハングルの表示が多く見られ、日韓の物理的距離の近さを改めて感じさせる。本映画祭、福岡市民の間に定着し、多くのファンを獲得している。以前は、アジア各国の其々にコアなファン層が存在したが、今やアジア映画全体を楽しむ愛好家たちを確実に捉えている。また、この24年間、変わらぬ福岡市の財政的助成があってこその映画祭であり、行政の文化に対する努力は賞讃に値する。


傑作の山

 本年度のコンペ作品の選考は大成功であり、傑作の山といえる。従来、我々、日本人にとり、聞いたことのない監督たちの名前が多かった。しかし、本年は、意図的かは判然しないが、フィリピンのブリランテ・マ・メンドーサ監督、インドネシアのリリ・リザ監督、そして、19年振りにメガホンをとった、80年代の韓国ニューウェーブの旗手イ・ジャンホ監督など、以前から、知られている顔触れが揃った。これらが、実に良く出来ており、満足度は極めて高かった。


愛情の熱さ

 イランのマズィヤール・ミーリー監督の「絵の中の池」は、じっくりと家族を描く作品である。それも、子供を絡めての話の運びが中々上手い。物語の主人公の一家、若い両親は軽度の知的障害者で、彼らには、小学校高学年と覚しき息子がおり、彼は健常者で、両親の手助けをする感心な子である。両親は工場で薬のパッキングの仕事に就き、貧しいながら、取り立てて不自由のない生活をしている。障害のある両親は、何事にも不器用で、母親はハンバーグしか作れない。しかし、それとて格別不満を覚えることではない。両親は、毎日を懸命に、そして、明るく振る舞うが、その明るさが、見る側にとり、"痛い"感情をもたらす。正直に言えば、出来ることなら見たくない気分である。ある時、かねがね息子が行きたがっていた遊園地へ3人で遊びに行く。これが事件の発端である。息子は憧れの高速回転ブランコに両親と乗るが、少しのことでも恐がる母は取り乱し、父親と息子をわめきながら降ろしてしまう。これにキレた息子は、両親に当たり散らし、言ってはいけない、両親の障害について口にしてしまい、父親から生まれて初めて叩かれる。これに腹を立てた息子は、クラスの親友で、母親が教頭である彼らのアパルトマンへと家出する。そして、その家の母親に、息子にしてくれと懇願する。人間が良く出来た母親はいずれ機会を見て帰す腹積もりで、彼を預かる。驚いたのは実の両親で、母親は気が動転し、父親は何をして良いかわからず、ただただ狼狽える。数日後、女性教頭と彼女の夫が、そろそろ両親のことが心配になり始めた息子を自宅まで送り届ける。明るく、明るく振舞おうとする人々の心の行き違いが、胸を締め付ける。しかし、両親の愛情の深さ、教頭一家の度量の広さ、見終わって、総ての人々が一生懸命に生きる姿が、見る者の胸を打つ。そこには、愛情の熱さがある。本年のアジアフォーカスの傑作の1本だ。

人生の選択

「シッダルダ」

 「シッダルタ」は、今日のデリーで起きた事件から想を得た作品だ。貧しい一家の主人は流しのジッパー修理を生業としている。今時、このような商売があること自体驚きであるが、実在しているらしい。おまけに、ほとんど金にならない仕事である。
その貧しさの中、幼い少年シッダルタが、わずかな金を求めて、近隣の工場へ働きに出る。帰る筈の時期に戻らず、両親はその消息を探り始める。どうやら人身売買事件に巻き込まれたらしい。父親は、何としても息子を探し出そうと、手掛かりのありそうな所へ、貧しい収入をはたき遠出する。しかし、結果は思うようにならない。その間、旅費の工面で、周囲の決して裕福でない友人たちが現金をカンパし、彼に救いの手を差し伸べる。貧しい仲間の連帯感がよく描かれている。1年間捜し歩いたが、息子を見つけることが出来ず、日頃、縁遠い父親に電話で助けを求める。父は、「とにかく、家へ戻り、息子の帰りを待ち、残された妻と幼い娘との生活を優先せよ」と説得し、彼も生活のため、助言を受け入れる。貧しさゆえの人生の苦渋の決断であり、間違った判断ではない。監督はカナダ在住のインド移民2世リチー・メーヘターであり、彼は現在のインドの問題を正確に衝き、インドの貧困をシャープな視点で描き上げている。

インドネシア映画が観客賞

「ジャングル・スクール」

 人の役に立つことの意味
インドネシアのリリ・リザ監督作品「ジャングル・スクール」はNGO活動を通して、識字教育に従事する若い女性の物語である。無数の島からなるインドネシアのボルネオ島の山の中を舞台とし、主人公は文明から取り残された山の民に字や算数を教える。文字を持たない山の民は、逆に、識字により若者が村を離れることを心配し、彼女たちの活動には警戒的だ。しかし、作品で、学ぶことにより、開発に名を借りた資本から、自身の生活や利益を守ることが大切であることを学ぶ。
本作は、小さなNGOの一女性の日記が書籍化され、ついで映画化されたものであり、コンペ唯一の賞である観客賞を獲得した。他人の役に立ち奉仕することの意味を教えてくれる作品であり、主人公の若い女性を通して、人の生き方が指し示されている。

信教と棄教

「神の目の下に」

 80年代、韓国民主化以前の時代に活躍したイ・ジャンホ監督(「風吹く良き日」〈80〉、「馬鹿宣言」〈83〉など)の「神の眼の下(もと)に」は、衝撃的作品だ。本作、韓国のキリスト教布教団9人がイスラム教徒支配地域に足を踏み入れ、人質となり、さらに、イスラム過激派の脅迫で、改宗を強いられるのが物語の骨子であり、遠藤周作の「沈黙」から想を得ている。宣教団一人一人に踏み絵が突きつけられ、他のメンバーを救うために牧師が棄教するが、一番胡散臭い人間と思われていたガイドは、死を選ぶ。ここで棄教の是非が問われるが、決して非道徳的なものではないとの作り手の考えが読み取れる。作品では信教以外は総て否定すべきとしていないところに思考の深さがある。また、人間描写の濃く、エゲツなさは80年代韓国映画ニューウェーブの面目躍如たるところだ。これは、間違いなく問題作だ。

その他の作品

 他に見るべき作品として何本かを挙げる。
グルジア作品「兄弟」は1991年ソ連崩壊後に内戦状態に陥った同国を、2人の兄弟を通して、故国グルジアに対する思いを綴った作品である。本作、グルジア育ち、パリ在住の女性監督作品である。彼女はグルジアの大学で、卒業製作で撮った作品のシナリオがフランス・ドイツの教養番組局「アルテ」の目に留まり資金助成を受け、国際合作の機会を得た。フランスでの公開は決定しているが、本国グルジアでは未定とのこと。
韓国の「慶州」はホン・サンスタッチの作品で、一泊2日に亘る男女の出会いを描き、説明を省略した手法が冴えている。
抜群に面白いコメディに、オープニング上映の台湾作品「ロマンス狂想曲」がある。中国と台湾の文化の違いを笑いの元としている。
日本からは「福々荘の福ちゃん」が観客賞の次席を獲得。コテコテの関西流が見もの。
全体に、本年はレベルが高く、また、わかり易い作品が多かった。アートよりは一般人の視線に立つ作品が多く、アジアの人々のなま生の生活振りや考え方が素直に伝わっている。その代表が観客賞受賞の「ジャングル・スクール」だ。




(文中敬称略)

《了》


映像新聞2014年9月29日号より転載

 




中川洋吉・映画評論家