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「東京国際映画祭2014」(1)
コンペ部門に1373本の応募
秀作だったノルウェー作品

 「東京国際映画祭2014」(以下TIFF)は10月23日から31日まで六本木ヒルズを中心に開催された。今年で27回目を迎え、入場者も増えたようだった。更に、例年に増して共催企画が多く、観客の分散が心配された。

盛況の映画祭

  今年は、盛り沢山の映画と共催企画があり、プログラムの厚さがそれを物語っている。TIFF発足(85)当時は、10億円の年間予算で始まったが、その後、バブルの崩壊、リーマンショックなどの経済の不況の波にさらされ、予算は7億円前後(推定)と運営が苦しくなった。しかし、今年は新聞報道によれば11億円と、2桁台に復活し、活動費は潤沢となった。そのためであろうか、アニメ界の大物、庵野英明の約50作品が「庵野英明の世界」のタイトルで特集上映された。「エヴァンゲリヲン」シリーズを始め、自主製作作品、短編・CMと多岐に渉り、アニメファンへの最高の贈物となった。また、現在、経産省は日本文化の輸出に力を入れ、その目玉がアニメであり、官民一体のプロモーションの様相を帯びた。


出品作品と審査員

今年の出品作品を主要5部門別に列挙する。
* コンペティション部門 15本(92か国及び地域から1373本の応募)
* アジアの未来部門 10本
* ワールドフォーカス部門 21本
* 日本映画スプラッシュ部門 8本 
* 特別招待作品部門 26本
審査員は6名と複数の編成。例年、審査委員長は大物の招聘を試みるが、後発で一流とは言い難いTIFFとしては、これが非常に難しく、泣き所となっている。委員長はジェームズ・ガン(米)(「ガーディアン・オヴ・ギャラクシー」〈14〉)で、審査委員会は幾分地味目だ。


今年の秀作

「1001グラム」

 コンベ15本の中で、一番の秀作としてノルウェー作品「1001グラム」(ベント・ハーメル監督)を挙げる。内容的にも、映像的にも非常にバランスが良い作品だ。物語を廻すのは、重量の標準基本単位キログラムの原器である。主人公はオスロ在住のマリエ(アーネ・ダール・トルプ)で、測量研究所勤務の技師である。彼女はノルウェーの人気女優で「1001グラム」でも若すぎず、研究者の役柄を上手く演じている。キログラム原器を中心に据える物語の発想が、本作のキモといえる。マリエは、この原器を携えパリの国際会議に臨む。そこでフランス人技師と知り合う。会議後、原器を大事に運びオスロへ戻るが、車の横転事故を起し、原器を傷つけ、大弱り。研究所の人たちには知られたくなく、止む無く、パリの国際測量研究機関(実在する)へ引き返す。そこで知り合ったばかりのフランス人技師に、地獄に仏とばかり、窮状を訴える。彼は研究所の先輩を呼び出し、早速修理に取り掛かり、元通りに直す。そして、オスロ在の女性とパリの技師は恋に落ちる。
定石通りの展開だが、巧まざるユーモアと粋なセンスが光る。会議後、男性が、彼女と同じ2人乗り電気自動車を運転していることがきっかけで、親しく会話を交わすようになる。この車、小道具として、気が効いている。仲を深めた2人はバスタブに浸かりながら、科学者同志らしい会話で、長さの単位のインチに話が及んだ。彼は自らの男性自身の長さをインチで答え、女性は大笑いする。この艶笑コメディのオチは笑える。とぼけた、そして、巧まざるユーモアが全篇に流れており、見ている方の気分がほぐれる。
映像的には、オスロのブルーとパリの赤と、寒暖のカラーの違いを鮮やかに見せ、絵柄は見ものだ。人間は絶えず指標を求め、グラムは人生の重さを表している。ここに本作の着眼の良さがある。原器は1000グラムであり、1グラムが人生の重みなのだ。原器を媒介とし、通り一遍の筋書きを、本作のように楽しく、洒落て見せる才能が溢れ、しかも、映画を見る喜びを「1001グラム」はもたらす。本作のようなコメディないしユーモアあふれる作品は、映画祭の受賞は難しいとされているが、やはり、結果は無冠に終わった。



「紙の月」 宮沢りえが存在感

「紙の月」

 日本からの「紙の月」は、一見弱々しそうでありながら、芯の強い、ソリッドな人間像を描いている。吉田大八監督の力(りき)がぐんぐん迫るようだ。2007年のカンヌ映画祭批評家週間に「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」で、自分の生き方を強引に通す女性を描いた彼が、本作でも形の違う女性像を打ち出している。銀行OL(宮沢りえ)が男に貢ぐために横領を働くが、当のOL、初めはオズオズと自信なげだが、段々と大胆に犯罪に手を染める過程が物語の骨子となる。宮沢りえといえば、デビュー当時は人気モデルで、貴花田(現・貴乃花親方)との婚約破棄など、芸能ジャーナリズムを賑わし、その後、女優として頭角を現した。しかし、美しく、従順な役柄が多く、受け身の印象が強い。しかし、本作により、一皮も二皮もむけ、女性の本性を見せることのできる演技者へと変身した。その彼女の存在感は圧倒的である。宮沢りえが演じる弱い女からの脱皮が良く描かれ、吉田監督の持味である強い映画が出来上がっている。当然、賞の対象となる作品だ。

東京グランプリ

「神様なんかくそくらえ」

 コンペ部門の第一席、東京グランプリは、アメリカのインディー作品「神様なんかくそくらえ」(ジョシュア・サフディ、ベニー・サフディ兄弟監督)に決定。物語は実際の女性ホームレスの体験談をベースとし、その彼女が主役を務めている。
ニューヨークの麻薬中毒の若者の一群の行動をドキュメンタリータッチで描いている。彼らは麻薬欲しさに、窃盗で稼ぎクスリを購入し、その日暮らしを続ける。行く先は野垂れ死にしかない。この作品、見た後、筆者は「話にならない作品」との思いを強く抱いただけに、授賞結果を知り、ひどく驚いた。作り手の製作意図や顔が見えないこと、ドキュメンタリータッチで狙う実物感の嘘っぽさに全く乗れなかった。そして、審査員の資質の問題もあるような気がした。若い世代には、この種の既成概念を壊し、映画文法を無視する手法を面白がる風潮はあるが、好き嫌いがはっきり分かれる作品であり、いわゆる悪作の類であろう。

ポリシエの伝統

 フランスでは、ポリシエ(推理・警察もの)とコメディが伝統的に根強い人気を誇っている。
そのポリシエの1本が、今回出品のフランス映画「マルセイユ・コネクション」(セドリック・ジメネス監督)である。1981年のマルセイユにおける麻薬組織撲滅担当、ピエール・ミッシェル判事殺害事件の実話に基づいている。マルセイユは港町で、巨大麻薬組織が大きな力を持ち、政財界上層部とつるみ、巨大な富を手にしていた。この組織撲滅に立ちあがったのが、ミッシェル判事で、最終的にはオートバイに乗った2人組にピストルで撃ち殺された。彼の行動について、買収された警察の上司、市長などは陰に陽に圧力をかけるが、彼はそれに屈しない。81年にミッテラン社会党政権が誕生し、彼に圧力をかけた社会党のガストン・ドゥフェール、マルセイユ市長は警察のトップである内務大臣に就き事件当時の汚職警察幹部も安泰のままであった。ミッシェル判事は徒手空挙で巨悪に挑み、粉砕されたのであった。しかも、保守と異なり、清新さを期待された社会党政権の下でだ。この皮肉で理不尽な物語には鋭い政治批判が込められている。作劇も緻密で、判事、巨悪の人間性にも触れ、フランスの犯罪ものらしい潤いがある。アート的作品が主流の映画祭の賞取りは難しいが、見て損はしない。

バラケた選考

 コンペ15作品の傾向を一言でいえば、バラケである。例えば、カンヌ映画祭では、今や定番となっている家族のテーマがメインで、その後に、移民、貧困などのテーマが続く傾向がある。一方、TIFFの場合は、選考サイドの、選ぶ要素として、「追い詰められた人々」に視線を注いでいるが、この着眼は正しい。TIFFのバラケの意味は、まとまりのなさではなく、むしろ、多面的な視点であり、否定的意味ではない。
しかし、正直言って、2014年のコンペ部門には突出した作品がなく、小粒であったことは否めない。


受賞一覧

東京サクラグランプリ 「神様なんかくそくらえ」
審査員特別賞 「ザ・レッスン/授業の代償」
最優秀監督賞 ジョシュア・サフディ、ベニー・サフディ
最優秀女優賞 宮沢りえ(「紙の月」)
最優秀男優賞 ソ・ヨンジュ(「未熟な犯罪者」)
芸術貢献賞 ロベルト・ヴィエンツキェヴィチ(「マイティ・エンジェル」)



審査員一覧

委員長 ジェームズ・ガン(米)映画監督
委員 イ・ジェハン(韓)映画監督
ロバート・ルケティック(豪)映画監督
エリック・クー(シンガポール)映画監督
デビー・マクウィリアムズ(英)キャスティング・ディレクター
品川ヒロシ(日)映画監督・お笑い芸人




(文中敬称略)

《了》


映像新聞2014年11月10日掲載号より転載

 


中川洋吉・映画評論家