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「東京国際映画祭2014」(2)
迫る勢いがあるアジア映画

 「東京国際映画祭」(以下TIFF)で一番人気はアジア映画部門であろう。今年は、それらの作品が各部門に点在し、大きな部門としてのアジア映画のくくりがなかった。プログラム編成上の問題であろうが、一か所にまとまっている方が見る側にとりありがたい。筆者の推すアジア映画のベスト3は「黄金時代」(香港、アン・ホイ監督、ワールドフォーカス部門)、「メイド・イン・チャイナ」(韓国、キム・ドンフ監督、アジアの未来部門)、そして、「遺されたフィルム」(カンボジア、ソト・クォーリーカー監督、アジアの未来部門)である。

レベルが高いアン・ホイ監督作品

「黄金時代」

  時代の流れと人間
アン・ホイ監督作品「黄金時代」は、内容的にも、映像的にもレベルの高さが抜きんでている。香港の監督の双璧は、同監督とポリシエを得意とするジョニー・トウ監督であり、彼らの作品を見ておけば先ず間違いはない。
アン監督自身、父は中国人、母は日本人で、今年67歳と、大ベテランであり、79年に長篇第1作「ザ・シークレット」(英語タイトル、実験的な映像表現を用いたホラー映画)で、映画監督デビューし、香港ニューウェーブの旗手として注目された。扱うテーマは社会的テーマとしてヴェトナム難民、高齢者問題を採り上げ、他にラブストーリー、ホームドラマと幅広い分野に渉っている。特に、抒情味溢れるラブストーリーの、大衆性と芸術性を併せ持つ作品の格調の高さは、同監督ならではの世界である。個人的に、来日した同監督と接っしたことがあったが、本当に、庶民的なおばさんといった感じの人であった。
「黄金時代」の舞台は戦前の中国、主人公は夭逝した女流作家シャホ・ホン(1911−1942)。主人公シャオ・ホンに扮するのは人気女優ダン・ウェイで、彼女は日本軍の中国侵略の激動の時代を生きる文才豊かな女流作家像を演じている。ホイ監督の大きな特徴は、時代の流れと人を描く巧みさであるが、本作でも彼女の本領がいかんなく発揮されている。物語は、年上の作家との出会いと別れ、文壇で認められ、魯迅をはじめとする作家たちとの交流が骨子となっている。その上、隠れたテーマとして、日中戦争とその被害者の中国人たちの苦しみが描き込まれている。戦火の被害者たちの苦しみを思うと、安易に、現在の嫌中論に乗るわけにはいかない。


才能を感じさせる新人も登場

「メイド・イン・チャイナ」

 非条理の世界
アジアの未来部門に選考された韓国作品「メイド・イン・チャイナ」(キム・ドンフ監督、キム・ギドク脚本)は、アクの強い非条理の世界に入り込み、今年のTIFFで1,2を争う面白い作品だ。脚本のキム・ギドク監督、昨年も「レッド・ファミリー」で監督でなく、脚本参加であった。
冒頭、うなぎがさばかれる。このドギツさから物語は始まる。この、ギドクの世界が、作品の毒となり、見る者を惹きつける。ギドク作品には、この毒がみっちり仕込まれている。その1例が「魚と寝る女」(00)であろう。針のついた釣り糸を呑みこむマゾ的なシーンで、観客を自分の方へ引き寄せる強引な手口がタマラない。
「メイド・イン・チャイナ」の主人公は、中国人のうなぎ養殖業の青年と、水産試験所の技師の韓国人女性の2人。中国人青年は、水質汚染で養殖うなぎが死ぬことに疑問を抱き、隣国、韓国へ原因を調べてもらうため船で密航する。勿論、検査のため生きたうなぎを大事に抱えて。無事、密入国したものの、中国語しか話せぬ彼は、西も東もわからず、苦心の末、探し当てた試験所でも相手にされず、数日、門の前で当てもなく待ち続ける。その彼を見兼ねた女性技師は、とりあえず検査をすると、うなぎは汚染されていることが正式に判明。一縷(る)の希望も打ち砕かれる。彼に同情した技師は知り合いの焼肉店の社長に、彼の仕事を頼む。
汚染うなぎは、悪徳業者に弱味を握られている女性技師を通して横流しされていた。これに関わる社長たちは闇社会のマフィアである。このハナシを展開するために、言語の違いでコミュニケーションが取れない2人の成り行きを見せるのが、脚本、演出の知恵の絞りどころだ。悪と対決する中国人、その間に挟まり苦しむ韓国人女性と、アクション映画のノリでハナシは進行する、見せる作品だ。タイトルの「メイド・イン・チャイナ」は粗悪品の代名詞で、ここに、中国人に対する韓国人のささやかな優越感が垣間見える。新人監督作品だが、手際が良い。


クラシック仕立ての青春もの

「マンガ肉と僕」

 日本、韓国で活躍する女優、杉野貴妃の第1回監督作品、朝香式原作の「マンガ肉と僕」の映画化であり、アジアの未来部門に唯一日本から選ばれた。監督の杉野貴妃は今年30歳の在日韓国人、慶大生の時に韓国留学し、同国作品に出演し、女優の第1歩を踏む。その後、女優兼プロデューサーで活躍。そして、今回は監督としてTIFFに登場。非常に前向きの女性で、彼女の本気度には目を見張るものがある。
物語の舞台は京都、この古都の美しさが上手く取り入れられている。主人公は三浦貴大扮する、内気で気の弱い大学生。この青年の前に現れるのが杉野監督自身が演じるデブ女。どうすれば、このように太くなれるのであろうか。CGらしく思えるが不思議だ。この彼女、学内で誰からも相手にされず、たまたま親切にした青年の気弱さに付け込み、彼の下宿に居つく。そして、がんがん肉を食べ、青年はいつも肉を買いに行かされる。法学部で弁護士志望の青年、受験に失敗し司法書士となる。ある晩、偶然に訪れた小料理の細くスマートな若い女将が、あの、かつてのデブ女だった。マンガ的に軽いタッチで描かれる青春であるが、その哀歓や虚しさがインパクトをもって伝わる。杉野監督の才能を感じさせる1作だ。



アジアの勢い

「破裂するドリアンの河の記憶」

 コンペ部門のマレーシア作品「破裂するドリアンの河の記憶」は、アジア映画の勢いを感じさせる。汚染の元凶である工場の建設反対運動に取り組む若い女性教師と高校生たちの物語であり、リーダーの女教師がだんだんと過激になり、運動が分裂する過程が描かれている。運動に付きものの、組織の分裂に着眼しているところが買える。そして、何よりも、東南アジアのギラギラする太陽の熱が見る者に迫る、勢いがある。この傾向は、同じ地域のフィリピンやインドネシア作品でも見られる。この辺り、アジア映画の独特の魅力といえる。

ポル・ポトの大虐殺

 カンボジアからは、今年41歳の新人女性監督ソト・クォーリーカーの「遺されたフィルム」がアジアの未来部門に登場。このテーマ、リティ・パニュ監督の精力的な映画活動により広く国際的に知られているが、新たに、新人が、本テーマに関わり始めた。カンボジア映画の新世代登場だ。
今年はタイ映画の魅力に迫るクロスカット・アジア部門が創設された。タイ映画はホラー映画、青春ものなどで聞え、その魅力の一端が今年のTIFFで見ることができた。離れ島に赴任した教師の恋を描く「先生の日記」、学園ものの「タイムライン」など、アジアの人々の明るく、ゆったりした生活が目の前に広がる。このような作品に触れられるのもTIFFアジア部門の魅力だ。




(文中敬称略)

《了》


映像新聞 2014年11月4日掲載号より転載

 


中川洋吉・映画評論家