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「FIPAレポート2015−
(フィパ)国際テレビ映像フェスティヴァル」(2)
日本からNHKが初のドラマ部門出品
定年後の夫婦の在り方を問う
好評の「KANZABURO」

 前号(3月2日号)に引き続き日本からの出品作を先ず紹介し、他に注目すべき作品も併せて触れたい。会期は6日間であるが、オープニング、クロージングのセレモニーがあり、実質的には4日半で、全体の選考作品は130本と、物理的に全部を紹介することは不可能であり、興味を惹きつける作品や入賞作品を中心に伝える。

日本からの出品

「Finding Life after 55」(C)NHK

 今年度の日本からの出品作は、前号で触れた「イラク チグリスに浮かぶ平和」(綿井健陽監督)作品以外に2作品がある。1本はNHK出品の「Finding Life after 55」(以下「Finding」(ドラマ部門)と、フジテレビ出品の「KANZABURO」(ノン・コンペ部門)で、良作とも日本出品作品としての高い水準を見せた。
NHKからの「Finding」は加藤拓ディレクター、訓覇(くるべ)圭プロデューサーの手によるフィパ史上初の日本からのドラマ部門出品である。映像フェスティヴァルは世界各国にあるが、ドキュメンタリー中心で、ドラマ部門を設けているフェスティヴァルは数少ない。フィパも、応募は圧倒的にドキュメンタリー部門(含ルポルタージュ部門)が多いことは事実であるが。
「Finding」はタイトルからわかるように、老後の生活の在り方を描くもので、主人公(リリー・フランキー)は55歳で会社を早期退職し、余生をキャンピングカーを駆って日本中をのんびりと旅行する希望を持っている。妻(戸田恵子)は当然賛成すると勝手に思い込んだ彼だが、意外にも彼女は夫のプロジェクトに難色を示す。定年後の夫婦の在り方を問う村上龍の原作のテレビ化で、非常に現代的な問題提起となっている。本作で語られるのは、単なる老後の夫婦の在り方ではなく、夫婦は個人として、自身の時間を持ち、それを自分の意志で決定する権利を持つとする論理の投げかけである。テーマ自体、日本では、例えば、結婚を例に取れば、結婚が究極の目的となり、自身の生き方を問わないケースが多く、老後もしかりである。「Finding」の衝く処は、個人の生き方であり、これが作品のメインテーマとなっており、この問題提起の意味は重要だ。本作のテーマは普遍的なものであり、強い反響を期待したが、大波とは到らなかった。
上映前に作品紹介があり、上映後は加藤拓ディレクター、訓覇圭プロデューサーを観客がとり囲み質問攻めにあったりと、制作者サイドとしては所期の成果を挙げた。

「KANZABURO」

「KANZABURO」(C)フジテレビ

 フジテレビからは、歌舞伎役者、故中村勘三郎に密着取材した「KANZABURO」が出品された。勘九郎から勘三郎への襲名から、彼の若すぎる死までを追う作品で、歌舞伎以外に勘三郎の人間性が良く描け、見ていて楽しい一作だ。歌舞伎という言葉は聞いても、その実態が知られていないのが、ヨーロッパにおける現状である。終映後は、初めて見る歌舞伎に感銘を受けた観客が、「本物の歌舞伎を日本へ行って見たい」と称賛したが、外国人にとり、新鮮な体験であったようだ。この上映は大成功といえる。技術的に、襲名式の横長の列からカメラが2階席に移り、今一度、別の角度から襲名式全体を見せたが、これは、歌舞伎を良く知る、ツボを心得たものであった。カメラマンは民間テレビに於いて随一といわれる、歌舞伎に精通する技術者と聞き納得した。とにかく、歌舞伎が分かっている。

 

各国から骨太な作品がそろう


「ルワンダ 母たちの証言」

 ルワンダ内戦の後遺症
アフリカ、ルワンダでは、フツ族とツチ族との内戦が起き、悲惨な暴力が展開された。
ベルギー作品「ルワンダ 母たちの証言」は、壮絶なドキュメンタリーである。物語は1974年にルワンダで起きた、少数派政権党のフツ族による多数派ツチに対する大虐殺を描いている。この大虐殺に伴い、大量の強姦、妊娠、出産が起った。気の進まない犠牲者の女性6人からの証言により、大虐殺の実態が明かされる。特に胸を打つのは、不幸な妊娠により生まれた子供は成人に達し、母子間の関係に苦しむ様子である。暴力は弱い者へと向かうことをつくづく考えさせる1作である。


隠されたショアー



「ショアー 歴史の隠された一面」
 もう1本の注目すべきドキュメンタリーに、フランスから出品された「ショアー 歴史の隠された一面」がある。本作も「ルワンダ…」と並び、驚くべき事実を告発している。ナチスは当時のソ連に侵攻、多くのユダヤ人を虐殺。ソ連は戦争プロパガンダとして、ナチスの蛮行を映像に残している。例えば、ナチスの占領が、ソ連からの解放と思われたリトアニア地方の様子、そして、ウクライナにおけるユダヤ人大量虐殺の事実が、ソ連側資料から明らかにされる。
しかし、不可思議なことに、1943年以降、ナチスの敗北後、ソ連政府は、ドイツによるユダヤ人虐殺には目をつむる。ナチスのソ連における大量虐殺が、ソ連の歴史からかき消され、現在に至っている。これらの事実、戦犯裁判でも無視される。多分、ソ連が、ユダヤ人といえども自国民の虐殺に目をつむった事実の抹消を図ったものと推測できる。

「聖域」



 ドラマ部門に出品された「聖域」(原題「Sanctuaire」)は、フランス、ベルギー、スペイン合作作品である。物語は、開催地のビアリッツのある仏側バスク地方で展開される。時代は1983年から1986年、舞台はフランス・バスク地方の、ビアリッツ市の隣、バイヨンヌ市である。当時、同市はスペイン・バスクETAの組織の隠れ家的存在で、多くのバスク独立派の活動家が潜伏していた政治状況が背景にある。ETA内部でもテロを続ける強硬派と慎重派に分裂し、時のフランス・ミッテラン社会党政権は、ETAとの交渉で両派の和解の交渉を促し、密命を帯びた特使をバイヨンヌ市に派遣する。しかし、両派の対立は解けず、強硬派はテロを続け、バスク独立を願う民意は離れるばかりであった。最終的には、フランス、スペインは強圧的手法でETAを壊滅状態に陥いらせた。バスク独立運動の歴史的検証であり、アクチュアルな問題に反応し、選出するフィパらしい骨太なドラマだ。



変わらぬフィパのポリシー



 フィパは、数年前の創設者ピエール=アンリ・ドゥロ総代表の引退で、代変わりを迎えた。しかし、根強い社会的意識の高さの伝統は保持され、今日まで継続されている。ドキュメンタリー部門(含ルポルタージュ部門)は当然ながら、ドラマ部門でも社会的発言が目立ち、そのうち、多くのフランス作品はテレビ放映されている。それは公共放送で、ドキュメンタリーに力を入れるテレビ局「アルテ」の存在があってのことだ。恋愛ものが多い日本のドラマとは指向の違いが見られる。
今回の28回目のフィパは、骨太な作品群、そして、日本からの3作品出品と、実りが多かった





(文中敬称略)

《了》


映像新聞2015年3月9日掲載号より転載




中川洋吉・映画評論家