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「真夜中のゆりかご」
デンマーク社会の問題を反映
激しい人間の愛憎を描く

 デンマークの女性監督スサンネ・ビアの新作「真夜中のゆりかご」が5月15日から公開される。北欧独特の透明感と激しい人間の愛憎が描かれ、作品として見応えがある。彼女は、作品のほとんどが日本でも上映されている、数少ない北欧作家である。

北欧サスペンス

ニコライ・コスター=ワルドー
(C)2014 Zentropa Entertainements34 ApS Zentropa International Sweden AB

  話としては、現在、関心を呼ぶ北欧サスペンスの範疇に入る作品といえる。最近では、他の監督により「ミレニアム」シリーズが映画化され、北欧サスペンス面白さを堪能させてくれた。スウェーデンの作家、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム1、ドラゴン・タトゥーの女」(09)、「ミレニアム2、火と戯れる女」(09)、「ミレニアム3、眠れる女と狂卓の騎士」(09)の3部作は、映画で見ても確かに面白く、サスペンスの醍醐味を味わせてくれる。「真夜中のゆりかご」も、この北欧サスペンスの系譜に連なる作品だ。
本作は、ビア監督と脚本家のアナス・トーマス・イェンセン2人の原案を基に、イェンセンが脚本を書いており、「ドラゴン・タトゥー」シリーズの原作ものと比べ、オリジナル脚本らしく、より映像的に仕上げられている。そこが本作の魅力一つといえる。


対照的な人物配置

警官夫妻
(C)2014 Zentropa Entertainements34 ApS Zentropa International Sweden AB

 主人公は、警察官のアンドレアス(ニコライ・コスター=ワルドー)に突然襲いかかった不幸が出発点となる。その後の彼のとった行動の倫理性を巡り、物語は展開する。
主人公アンドレアスは警官であるが、郊外の瀟洒な邸宅を持ち、そこで、美人の妻アンと生まれたばかりの子供との幸せな毎日を送っている。この邸宅、警官のものとしてはかなり贅沢に見えるが、ここに、作り手の意図が見て取れる。
ほかに、薬物依存症のトリスタン(ニコライ・リー・コス)とサネ(リッケ・メイ・アンデルセン)夫婦を、本作では対極に配置している。彼らにも1人の赤ん坊がいる。住居は街中の薄汚れたアパルトマン。汚い床に置かれた子供の泣き声が住居の中に響きわたる。
マッチョ然としたトリスタンは、サネに性交を求め、怯えきった女性は抵抗するが、彼の要求を受け入れざるを得ない。しかも、性愛の前に、太ももに強引に薬物注射を打たれる。まるで獣の交わりのような夫婦関係、そして、放ったらかしにされる赤ん坊―。ここには、2組のカップルを対称的な位置に置き、境遇の差違を示すのが狙いだ。


2組のカップルの接点

ニコライ・コスター=ワルドー(右)と
ウルリッヒ・トムセン(左)
(C)2014 Zentropa Entertainements34 ApS Zentropa International Sweden AB

 片や裕福な警察官の家庭、一方は生活の荒れた薬物依存症のカップルと、貧富の差が歴然と浮かび上がる。警察官アンドレアスは、職務上、薬物取締で、荒れたアパルトマンに踏み込み、放ったらかしの赤ん坊に驚く。ここが2組のカップルの接点となる。
アンドレアスの妻アナは、生まれたばかりの赤ん坊を溺愛し、2人のベッドの横にゆりかごを置き、眠るのが日課となっている。
ある日、真夜中に目を覚ましたアナは、ゆりかごに手をやるが、赤ん坊が動かないことに気づき、大騒ぎとなる。夫は、至急、救急車を呼ぼうとするが、赤ん坊を胸に抱えたアナは、動かなくなった赤ん坊を頑として離そうとしない。
夫は妻をなだめ、赤ん坊を預かり、車を駆って町へ向う。彼が着いた先は、例の薬物依存症のカップルのアパルトマンで、2人が寝静まっているのを見計らい、浴室の床に投げ出されている赤ん坊を、死んだ赤ん坊と取り替える。
翌朝目を覚ましたカップルは息子が動かなくなっているのを見て動揺する。サネは自分の子ではないと主張するが、動転したトリスタンは、赤ん坊を抱えて通りに出るが、何をしていいのか自分でもわからない状態に陥る。



2重の悲劇

 対称的な2組の夫婦を襲う悲劇
赤ん坊を失った妻のアナは、いつものように盗んだ子を乳母車に乗せ、夜の散歩へ出掛ける。そして、橋の真ん中で走行中のトラックを止め、赤ん坊を託し、自身は川に身投げする。亡き子への愛着が彼女を死に至らしめた。
赤ん坊を奪われたカップル、そして、赤ん坊に死なれた警察官夫妻と2重の悲劇が起きる。
双方の男性2人は、この問題をいかにくぐり抜けるかで思い悩み、アンドレアスは法律に触れることを覚悟し、愛するアナのため、そして、自身の体面のために赤ん坊を略取する。薬物依存症のトリスタンは、子供が誘拐されたと大騒ぎし、身にかかる火の粉を振り払おうと必死の行動に出る。しかし、彼は別の事件で逮捕され、真犯人たるアンドレアスから尋問を受ける。アンドレアスの狙いは、赤ん坊の遺体を埋めた場所を知ることで、徐々にトリスタンを追い詰め、自白される。

意外な事実

 死んだ赤ん坊の埋められた場所が、トリスタンの自供から判明し、遺体が解剖され、意外な事実が明らかになる。自殺したアナは、冷たい母親に育てられ、愛情に恵まれない少女時代を送った。この伏線が、亡き子の葬儀に参列する彼女の裕福な両親の立居振舞からうかがえる。孫の死に対して実によそよそしいのだ。この両親に育てられたアナは、その反動で、我が子を溺愛し、過度の愛情を注ぎこみ、それが原因で、子供は亡くなった。
このドンデンの決め方が鮮やかだ。


親身な同僚

 アンドレアスの警察の相棒で親友でもあるシモン(ウルリッヒ・トムセン)が良い役どころを勤めている。シモンはトリスタンを取り調べるうちに、赤ん坊の死にアンドレアスが深く絡んでいることを知る。ここで、シモンは、「子供略取は罪ではあるが、情状酌量の余地があり、2,3年の刑期で済むから」と自首を勧める。物語の展開上、このシモンの役割は重要であり、脚本は良く練られている。


デンマーク社会の反映

 一つの事件が、デンマーク社会の問題、育児放棄、薬物依存、そして、DVなどを写し取っているところに、本作「真夜中のゆりかご」の見どころがある。「子供に死なれ途方に暮れる人々を見ると、何故と思う」のが物語の発端とビネ監督は語っている。この小さな出発点を膨らませて「真夜中のゆりかご」は仕上げられた。
彼女の発想の起点は、絶対的な正しさはないということで、物事の多面性の重要さを暗に説いている。子供を失った現職の警官が、子供略取に走ること、トリスタンは、DV人間で、妻のサネを苦しめるが、彼自身は取るに足らない小悪党、略取された子供を立派に育てるサネは、薬物依存から脱け出す、強い人間だったりと、人間の持つ多面性が描かれている。
本作には、サスペンス作品の枠に収まり切れない、社会的視野がある。




(文中敬称略)

《了》


5月15日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

映像新聞2015年5月11日掲載号より転載

 

 


中川洋吉・映画評論家