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「ビリギャル」公開
偏差値40上げて慶応大に合格
季節の実話ベストセラーを映画化

 2014年のベストセラー「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」(坪田信貴著、以下「ビリギャル」)は大変長い説明的なタイトルで人目を惹いたが、早速、映画化され、5月1日からのGW作品として全国東宝系で公開中である。

初めのインパクト

ビリギャル
(C)映画ビリギャル製作委員会

  新聞広告で、「ビリギャル」の宣伝を目にした時、その長さと、内容を全部説明するようなタイトルに驚かされた。しかし、もっとインパクトを与えたのが制服姿のギャルの写真だ。突っ張る、悪そうな金髪ギャルの表紙である。この一見ワルギャル風の少女に目を奪われ、書店で手に取った人も多い筈だ。昨今の映画企画は、ベストセラー小説か、漫画原作が多く、製作・配給主体の東宝は製作委員会方式を得意とし、邦画収益の7割を手にしている。この方式、中心にテレビ局を据え、多くの出資会社を募り、赤字を避ける手法である。これが、最近の東宝作品では、安全で無難な企画が多く、内容が大味になっており、この方式の弱点が出ている。しかし、「ビリギャル」は、主人公の個性を強く押し出すことにより成立する作品であり、製作委員会方式の弊害は見られない。


有り得ぬ話

先生に叱られるさやか
(C)映画ビリギャル製作委員会

 超低空飛行の金髪ギャルが、1年間で偏差値を一気に40上げて慶応入学を果す話だ。一般的には、1年で偏差値を10上げるのがせいぜいで、40とは奇跡に近い数字とのこと。この有り得ない偏差値の上昇は実話であり、ここが話としての強みであり、痛快な夢物語の実現なのだ。


ギャル迷言集

屈託ないビリギャル
(C)映画ビリギャル製作委員会

 塾入りしたさやか(有村架純)は、原作者、坪田信貴(伊藤淳史)から色々と質問を受ける。その答えが、ブラックユーモアではないかと思わせるほど、振っている。幾つかを抜粋する。
一番の傑作は、聖徳太子を、"セイトクタコ"と読むくだりで、おまけに、「多分、太った女の子だからこんな名前を付けられたんでしょう。可哀想すぎるよ?」と珍妙な解説までしてみせる。日本地図を書けば丸一つ。日本は四つの島から出来ていることを習っていない。当然ながら東西南北も知らない。慶応に狙いを付けた彼女、坪田講師から「福沢諭吉は何を作った人でしょうか。ヒントは、君が行きたいところ、と問われ、福沢諭吉のフの字も知らぬ彼女は、「焼肉屋」と回答。この珍発想に講師は呆れたり、驚いたり、もう一つ、普通では考えられない見事な発想を披露する。「strongの意味」、答えるさやかは「話が長い。だってストーリーがロングってことでしょう」と独自の見解。これらの頓珍漢な発想には柔軟さがある。珍解答を連発する彼女はあっけらかんとし、悪ぶってはいるが素直さを持っている。



奇跡のギャル

ああちゃん(母)と
(C)映画ビリギャル製作委員会

 主人公さやかは名古屋在住の5人家族、父親はプロを目指した野球少年。自分の破れた夢をさやかの弟に託し、猛特訓。弟ばかりに目を向け、さやかを始め、妻(吉田羊)や妹には全く関心がない。彼女は高2で、中学入学以来、楽しいことばかり追い求め、全く勉強しない、ビリギャル。しかし、そのことを全く気に掛けない屈託のない性格。彼女のビリギャル振りを心配した優しい母、ああちゃんは、塾へ娘を連れて行く。坪田講師が対応するが、彼女の学力は小4位で、坪田講師もびっくり。この塾、掃除のおじさん、実は校長先生(あがた森魚)と若い坪田講師2人だけ。教え方は、10人位の高校生がボックス状に囲われた机で自習し、時に、講師が個人指導する、大予備校では見られない現代の寺子屋方式。そこで、彼女は、坪田の個人指導を受ける。若い彼は、中々、人間が出来ており、生徒の良いところを懸命に引き出そうとする。最初の志望を決める段が笑わせる。講師は彼女に「東大はどう」と水を向けると、「あそこはダサソウ」と乗らない。次いで「慶応なら」と問いかけると「イケメンが多そう」と大乗り気。これで、彼女の志望校はあっさり、慶応に決まる。周囲は、ビリギャル(偏差値は30)が偏差値70の大学を受けることをまともに相手にしない。しかし、めげない彼女、自分は慶応へ行くとクラスの皆の前で宣言。これは、有言実行で逃げ場を封じる自己暗示の一種であり、悪く言えば、大言壮語。それからは、夕方の塾で講師のマン・ツー・マン指導、そして、帰宅後の夜中の勉強、寝るのは学校の授業中という毎日となる。

若き講師の教育法

坪田講師と
(C)映画ビリギャル製作委員会

 坪田講師は「出来ない子はいない。出来ない指導者はいる」との信念の持主。彼は、頭から生徒を叱りつけず、「どうしてそうなるの」と自分で考えさせ、生徒に自由に発言させる。また、彼は心理学にも通じ、適宜、応用し、生徒のやる気を引き出す。その代表例が、クラスでの「慶応入学宣言」である。これは、心理学でいう「自己成就予言」というものだそうだ。彼の教育法は、生徒をオダテ上げて、やる気を引き出すものである。我が国では現在までスパルタ教育信仰があり、その一端が体罰である。若者たちとの接し方の重要点は、とにかくホメルことにある。若者をその気にさせるには、1にヨイショ、2に食わせ、3と4がなく5にヨイショとする考えがあるが、さやかの場合は、ヨイショ、ヨイショの連続例である。食わせに関しては、同クラスのギャルたちと大好物の焼ソバを食べることが当てはまる。


作品の構成

 「ビリギャル」は、ダメギャルの奮戦記であるが、教育についても考えさせる。家庭的に、彼女の家は崩壊寸前である。父は弟をプロ選手に育てあげようと躍起となるが、彼は自らギブアップ、母親でちゃん付けのああちゃん、さやかの絶対支持者で、数知れぬ学校からの呼び出しや、叱責に頭を下げ、詫びを入れる。子供がしたいことを後押しするのが親との信念との考えの持主だ。野球を諦めた弟に対し、父親の鉄拳が炸裂するのを機に、家族は空中分解の様相を帯び始める。作品は、さやかを中心に、講師、家族、クラスメートの3ブロックを柱としている。家庭問題にも拘らず、さやかは勉強に励み、模擬試験で、慶大入試可能性50%まで偏差値を上げる。そして、ついに本番、本命の慶大文学部は、試験中にお腹が痛くなり失敗、しかし、もう一つの慶大、総合政策学部に合格、皆を喜ばせる。


さやかの場合

 家族や友人との関係にも焦点
偏差値を1年で40上げることは通常有り得ないとされていたが、それをやり遂げるあたりは奇跡だが、これは正真正銘の実話である。彼女の成功について、坪田講師の発言が興味深い。成功の要因としていくつかあるが、第1に、彼女は突っ張りのビリギャルだが、性格が素直で、講師の指導について行ったことが大きい。第2は、すべての子供に関することだが、傍で支える人の重要性で、さやかの母親の存在が大きいと講師は見ている。さらに、クラスの遊び仲間のギャルたちの熱い支援も成功の要因である。
本物のさやかは慶大卒後、ウェディングプランナーとして活躍している。
「ビリギャル」は若さ弾ける快作だ。




(文中敬称略)

《了》


2015年5月1日GW全国東宝系にて公開中

映像新聞2015年5月4日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家