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『最高の花婿』
4姉妹が次々と異人種結婚
フランス特有の社会現象を喜劇に

 久々に笑える喜劇に遭遇した。フランス映画『最高の花婿』(2013年/フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督)である。1300万人を動員し、フランス人の5人に1人が見たという。歴代動員記録も6位と、公開当時は大変話題となった作品だ。

フランスと植民地

ヴェルヌイユ家当主のクラヴィエ
(C)2013 LES FILMS DU 24 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION

  フランスは多人種国家で、白人系のフランス人、旧植民地からのマグレブ人(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)と黒人、そしてアジア人ではインドシナ旧植民地(ベトナム、ラオス、カンボジア)が多く、フランス国籍を得て居住している。現在、世界を席巻する中国人も、観光客の大群を除けば中華街中心で、それほど多くない。
欧州諸国からの移民は割合多く、名字で出身地がわかる機会はさして珍しくない。例えば、スペイン系、イタリア系、そしてポーランド系である。戦前、ポーランドからの移民が、主として鉱山労働者として働き、戦後は祖国復興のため多くが帰国したが、今でもポーランド系の名前はよく目にする。
このほかに、フランス国籍のユダヤ人の存在がある。ユダヤ人は、本作『最高の花婿』の主役の1人である。
日本人は少なく、全体的に見れば、員数外と言える。ちなみに、フランスの異人種結婚率は世界トップで、20%に及ぶとの統計がある。


舞台背景

4女の結婚式
(C)2013 LES FILMS DU 24 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION

 主人公の一家はロワール地方のシノン在住で、当主は4人娘を持ち、豪華な館と広大な庭を構えるヴェルヌイユ家である。原題の英語訳は"Serial (bad) Weddings"で、タイトルから何かおかしな結婚が想像できる。
一家は絵に描いたような、フランスで見受けられる地方ブルジョアである。当主夫妻は、娘4人それぞれの婿の人種の違うことで頭を悩ます。地方ブルジョアとは、自称ド・ゴール主義者の保守的な心情の持主であり、宗教はカトリックと相場は決まっている。
また、シノンとは故社会党大統領フランソワ・ミッテランの選挙区である。ド・ゴール主義者の主人公一家の居住地を、わざわざシノンにするあたり、ひねりが効いている。この田舎大尽を徹底的にからかうのが、笑いのツボである。




婿たち

4女の配偶者の黒人青年
(C)2013 LES FILMS DU 24 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION

 年ごろの娘の婿たちは、次々と結婚。長女の夫がアラブ人弁護士、次女の夫は何やら一発狙いの起業家のユダヤ人で、歯医者である次女の扶養家族、画家の三女の夫は中国人投資家と、多彩な顔触れである。
中国人の婿の設定、以前なら当然アジアを代表して日本人が起用されるところが、今やアジアの顔が中国人という現実を反映している。
何かと我を張るアラブ、ユダヤ人は義父母とも四六時中もめ事を起すが、中国人は義父母に対し、徹底的にゴマをすり、他の婿たちをイラつかせる。
そして、両親は四女の婿には白人のカトリック教徒を期待する。父親は何かにつけ、自分は人種差別主義者ではないと口にするが、婿たちに対しては気難しい表情を崩さない。
宿命的対立を背負うアラブ人とユダヤ人の2人の婿は、常に口角泡を飛ばしての罵詈(ばり)雑言の応酬だ。ここで信心深いカトリック教徒の母親は困り果て、何とか取り繕うと必死である。



人種構成

教会での一家
(C)2013 LES FILMS DU 24 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION

 フランス人はコテコテの中華思想の持主で、自分たちが一番と思い込んでいる。いわゆる知識人階級、富裕層の人々は人種差別的な発言をヴェルヌイユ家のように決して口にしない(ただし、態度には現われるが)。
しかし、スペイン人の足はデカイ(バカの大足)、ベルギー人は食い意地が張っているなどと、優越感を丸出しにする。彼らが一等国民であり、外国人の中ではアメリカ人は一目置かれている。だが、移民のアラブ人、黒人を内心では二等国民扱いしている。
ユダヤ人は西欧的容貌で、誰がユダヤ系であるかは外国人には分かり難い。しかし、ユダヤ人は商才に長け、富裕層の一角を占めているらしいとの感触はある。



ライヴァル間の愛憎

 婿たちは、妻の両親のために、一見協調的であるが、内情はド突き合いの様相を呈し、彼らのやり取りは殴り合い寸前だ。
特に、ユダヤ教の重要な儀式である割礼は常に揶揄(やゆ)の対象である。これは、男児が生後8日目を迎えると性器の包皮を切り取るもので、その包皮を最大の贈り物として両親にささげる習慣がある。
贈られる純粋フランス人の両親は迷惑千万で、庭にさっさと埋めようとするが、それを犬が食べるオチには笑わされる。ユダヤ人は野蛮と非難するアラブ人だが、イスラム教でも少年の時に行われるもので、双方のやり合いは"目クソ鼻クソ"である。
ゴマすりの中国人の婿は、アラブ人は泥棒とケチをつければ、中国人のペニスは短いと切り返すギャグの応酬もエゲツない。対中国人にはユダヤもアラブは共同戦線を張る。
フランスの中国人観は、政治的大国だから国家的には仕方がないが、一般人で彼らをよく言う人間にお目にかかったことがない。一方、中国人は、馬耳東風で全く関係ないと振る舞い、パリの街を集団で闊歩(かっぽ)している。


日本人の位置

 1970年代のパリは日本人観光客であふれたが、80年代は、アラブの石油大尽が、同じアジア人では韓国人が目立ち、その後は中国人の進出となる。
正直なところ、日本人は既に一定の評価を得ているが、アジア人の「ワン・オヴ・ゼム」といったところが、フランスに置ける日本人への評価であろう。


ヴェルヌイユ一家

 昔気質のヴェルヌイユ家当主クロード(クリスチャン・クラヴィエ、『アステリックスとオベリスク』[99年])は、人種の違う4人の婿に取り囲まれ苦り切るが、渋々の作り笑いで何とか切り抜ける。『最高の花婿』の笑いの最大のツボは、珍妙なシチュエーションに乗せられた1人の田舎大尽の悪戦苦闘ぶりにある。最後に残った四女の花婿は、アフリカ・コートジボワール(フランスの旧植民地「象牙海岸」)の黒人青年と、最後までクロードの期待を裏切る。そして、彼の父親は旧植民地育ちの大のフランス嫌い。ラストまで鼻にツーンと迫る風刺の香辛料が効いている。クロードとフランス嫌いの父親の突っ張り合いが見ものだ。
クラヴィエは、コミックチーム「レ・スプランディド」(『レ・ブロンゼ/日焼けした連中』[78年])で名を上げ、今やチーム全員が人気俳優である。『レ・ブロンゼ…』はパトリス・ルコント監督の爆笑コメディとしても知られている。


設定のアイディアが抜群

 フランス特有の社会現象を喜劇に
本作は、フランス特有の社会現象を取り上げた文明批評の一面もある。中央に金箔付きフランス人の田舎大尽を配し、現在、同国に台頭する多人種を散らばせる構成であり、この発想が作品の成功に大きく寄与している。そして、フランス人なら身に覚えのある多人種との接触と摩擦で、多くの共感の引き出しに成功している。
多人種国家フランスの現状、そして文化の違いから発生するおかしみの数々が、大きな笑いを誘発させている。テレビのお笑い芸人の笑えなさに辟易している方々には必見である。確実に笑える。

 



(文中敬称略)

《了》

3月19日、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

映像新聞2015年3月14日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家