このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『日本で一番悪い奴ら』
警察不祥事の実話を映画化
作り手の気迫を感じさせる力作

綾野剛(刑事)とスパイ(S)たち
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 日本警察内部の不正を突く快作『日本で一番悪い奴ら』(以下『悪い奴ら』)は、作り手の気迫を感じさせる。権力に対し直接「もの申す」体質が希薄な我が国の人々が多い中、本作の踏込は半端ではない。これは、北海道警の警察官であった稲葉圭昭(よしあき)の著書「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」(2011年/講談社)をベースとする実話の映画化だ。社会の正義のためと真剣に考える若い1人の刑事は、その熱血ぶりから違法で強引な捜査を進め、数々の手柄を立てるが、最後は上層部の鉄砲玉扱いで、有罪判決を受けて9年間服役。出所後に、警察内部を告発する自著をまとめあげる。北海道警の不祥事を世間に公表し、警察の面目を失墜させた。


悪徳刑事誕生

捜査班内のもみあい
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

  でっちあげ、やらせ逮捕、おとり捜査、拳銃購入、覚せい剤密輸などの違法捜査に手を染める刑事、諸星要一(綾野剛)は、もともと大学で柔道部に所属する普通の青年だった。その彼は、部の監督の口利きにより、柔道で全国優勝を狙う北海道警に採用される。
刑事として何1つ分からぬ彼は、邪魔者扱いされ、先輩のいじめにあう。その折、1人の古手刑事、村井定夫(ピエール・瀧)が彼に目を掛け、のみに連れ出し、刑事の在り方を伝授する。それは「点数を稼ぐ」ことである。
警察内部の人物評価の基準は点数しかなく、合法、非合法、あらゆる手段を使うことを辞さず、そして、まず「S(スパイ)」を作ることの必要性を教え込む。そこから、純朴な青年の人生は変わり始める。


変身

摘発した拳銃を数える面々ち
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 諸星が、悪徳刑事に変身するのにさして時間はかからず、すぐに裏社会のヤクザの幹部(中村獅童)や、ほかのチンピラを差配し情報源とする。彼らの内通により、覚せい剤、拳銃所持犯を令状なしの違法捜査であげ、警察内部で徐々にエース刑事の地位を築き始める。
態度もヤクザまがいで、薄野(すすきの)ではいっぱしの顔となる。先輩刑事に連れられ足を踏み入れる高級クラブは、とても普通の警官には不釣り合いで、ヤクザたちへのたかりが常態化している光景が写し出される。
警察の論理は「多少のたかりは大きな犯罪摘発のため」とご都合主義なのだ。さらに彼は、ホステスを紹介され、刑事がヒモの存在となる。警察組織の腐敗の一面だ。



犯罪のねつ造

表彰状を手にする綾野剛
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 刑事稼業が板につき、チンピラのSを使い、諸星は上司への忖度(そんたく)で、一層拳銃摘発に邁進(まいしん)する。上司は、「もう数丁あれば記録達成」と水を向けるが、決して自分が責任を持つとは言わない。自らの手を汚さず、他人にやらせる、組織では必ず見られる手口だ。
諸星は上司の顔を立て、新たに巻き込んだSを使い、摘発数を稼ぐためSに拳銃を持たせ出頭させ、点数を稼ぐ。犯罪のでっち上げだが、諸星には罪の意識のカケラもない。



エスカレートする違法捜査

先輩刑事と
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 組織犯罪の卑劣さを見せつける
拳銃摘発で認められた諸星は昇進し、さらに違法捜査をエスカレートさせる。Sの1人がロシア語を話すのを利用し、ロシアから密輸を試み、また成功を収める。この段階で、組織ぐるみの犯罪となる。
1995年、国松警察庁長官狙撃事件が起きる。この事件は2010年に15年の時効を迎え、迷宮入りとなる。元警察官のオウム信者が疑われるが、処分保留で釈放され、警察内部対立による初動調査の誤りが指摘される、謎の多い事件である。この件では、1人の逮捕者も出ていない。
この狙撃事件で拳銃摘発が一層強化される。再びロシアでの仕入れを命じられた諸星だが、目的を果たせず不首尾に終わる。そして、東京のヤクザからの仕入れを図るが、東京の警視庁の知るところとなり、彼は窮地に立つ。



起死回生の大勝負

警察官への第一歩
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 警視庁が動き出し、拳銃は高騰し、捜査予算では到底賄いきれず、諸星は、起死回生の大勝負に出る。覚せい剤を密輸入し、それを資金に新たに拳銃を購入する手である。そこから、税関、道警と諸星たちが一体となる組織犯罪がより広がる。
税関の目こぼしで通した覚せい剤を売りさばき莫大な資金を手にする。その資金でヤクザから拳銃200丁を手配するが、ビビッたヤクザは手を引く。この大掛かりな"おとり捜査"は失敗し、さらに悪いことに、余った覚せい剤をSの1人に持ち逃げされ、そのうち残りを諸星は自分用に使い始める。やぶれかぶれの行動である。

ヤクザの幹部と綾野
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

また、一般に犯罪捜査で警察が払う謝礼金はわずかで、刑事たちが自腹を切って手下のSたちに飲み食いさせるケースが多いとされる。諸星の場合、同棲しているホステスから小遣いをせびり、それを使いSたちに良い顔をする。この女性は「また男の金ずる」になったと嘆き、最後はヤク中毒の顛末を迎える。
Sにも去られ、女性を廃人にしてしまう彼は、まさに孤立無援状態に陥る。そして、上司や同僚は自らの保身のため、手のひら返しを決め込む。
最後は覚せい剤保持と使用で逮捕され、懲役9年の実刑を食らう。北海道警からの逮捕者はゼロである。要するに、血気盛んで正義感の強い彼は突出しすぎ、最後はお役御免とばかり、組織から放り出される。警察の悪の上を行く実体が、鮮やかに浮かび上がる。
原作の『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』は2011年10月に刊行されたが、北海道警の介入はなかったようだ。多分、14年に稲葉圭昭事件の当事者たちが定年を迎えたり、異動したりで差し障りがなくなり、介入されなかったと推測できる。


白石和彌監督

犯人逮捕
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 北海道生まれ、現在41歳の白石和彌監督は、日本映画の傍流である成人映画の中村幻児監督や若松孝二監督に師事する。この点が白石監督を語る上で重要なのだ。成人映画出身者は、概してアナーキーで挑発的であり、パワーがある。しかも語り口が上手く、見せることに徹底している。
中村監督は、若松監督の弟子筋であり、白石監督はその流れを汲んでいる。この成人映画出身者の体質が彼には見られる。前作『凶悪』(13年)は拘留中の死刑囚が娑婆(しゃば)のもっと悪い奴の告発を狙う作品だが、本作『悪い奴ら』は、組織犯罪の卑劣さと警察の隠ぺい気質を見せつける。
綾野剛の芝居はちょっとオーバー気味だが、作り手の作品に対する視点はしっかりし、問題意識を提起する力(りき)のある作品だ。


もう一つの北海道警事件

綾野と中村獅童
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

 この稲葉事件で懲りた筈の北海道警は、さらなる事件を引き起こす。2003年から04年にかけ、道警の裏金事件を北海道新聞が追い、04年に「日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞」など、ジャーナリズムに関する賞を総なめにする。その裏金は上層部の飲食や餞別に当てられたとされ、道警は敗訴し、9億6千万円を返済し、道民に謝罪する。
これは、北海道新聞の大スクープである。しかし、事態はあらぬ方向へと進む。道警は北海道新聞への情報提供を拒み、北海道新聞内の経理事件を足掛かりに家宅捜査をちらつかせ、05年、同新聞は訂正記事を出し、取材記者を異動させる事態になった。道警の報復にメディアが屈したのだ。
これらを知り、やはり警察は恐ろしいとの思いを抱く。この北海道警裏金事件も、いづれの日に映画化されることを期待する。

 



(文中敬称略)

《了》

6月25日(土)全国ロードショー
配給:東映・日活

映像新聞2016年6月20日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家