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『華麗なるリベンジ』
韓国映画独特の社会派娯楽作品
痛快でパワフルな復讐劇

 『華麗なるリベンジ』(イ・イルヒョン監督・脚本)の惹句(じゃっく)は、「塀の中、検事×詐欺師コンビの復讐劇」とあり、テレビのワイドショー並みに人目を引くタイトルだ。実際、痛快でパワフルな娯楽劇で、韓国映画の面白さを堪能させてくれる。元検事と詐欺師の刑務所仲間による2人のタッグ、発想にひねりが効いている。場違いな検事と詐欺師の予期せぬ出会いからして、何かしらおかしい


人気作品

刑務所内の元検事と詐欺師
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

 本作『華麗なるリベンジ』の興行成績は図抜けて良く、人気作品と呼ぶに値する。2016年上半期で970万人を動員、観客動員数はトップという大入り作品である。日本の観客動員数とは、けたが違う。
10月24日号の拙稿「世界の映画情勢」に記載されているように、韓国は人口5060万人に対し、入場者数は2億1730万人で、年間入場回数は4・3回。映画産業の振興ぶりは著しい。1つには、観客の7割が若年層と言われており、この層のリピートが全体を押し上げる要因である。人口の少ない韓国の映画力は端倪(たんげい)すべからざるものがある。


見どころ

元検事
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

 まず、勧善懲悪思想が徹底し、これが韓国社会内の不公正に怒る庶民の留飲を下げさせる絶大な効果をもたらす。この思想のもつ、善が悪を斬る爽快さは、大衆娯楽として極めて重要である。
日本でもこのくらいのパワーを持つ作品の出現を期待したい。



2人の主役

詐欺師
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

 ハメられた、ピョン検事(ファン・ジョンミン)は、暴力も辞さない熱血漢であり、正義はかくあるべしとの信念の持主。被疑者に向かい、「俺は高校で3年、大学で4年、司法浪人4年と、11年かけて検事となった」と息巻くハッタリのクササが何ともおかしい。
もう一方の詐欺師ハン(カン・ドンウォン)は、米国なまりがウリのいわゆるカングリッシュ(韓国式英語)を操る、とんでもなく軽い男。
ジョンミンは小柄な、整ったルックスの持主で、『傷だらけの2人』(2014年)で見せた、何とも情けない風体の感じが実によく出ている。ハンを演じるドンウォンは、本来はルックスがウリの韓流スターで、今回は正反対の軽薄なチンピラに扮(ふん)し、調子のよさ、押しの強さを面白おかしく演じている。
全く接点のない2人(あるとすれば検察の取調室)を漫才調にせず、彼らの個人プレーを基調とする演出スタイル。この手法、笑いを取るうまい仕掛けである。



韓国を写す鏡

房内の2人
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

 映画は時代を写す鏡であり、本作では、面白いほど韓国文化の側面が描かれている。その上、同国の儒教に基づく縦型社会の歪み(ゆが)みを痛いほど衝(つ)いている。
具体的には、韓国人の郷土意識の強さである。韓国は日本の地方に当たる道制を敷くが、自分の「道」に対する愛着が、日本人が想像する以上に強い。同道出身者は初対面から十年来の知巳のように振る舞う。
次に挙げられる特徴は、学閥である。同窓であれば、その親近度は極めて強い。同国での出世は、出身大学のネームバリュー次第であり、その頂点がソウル大学だ。
学閥のネットワークは広く、極めて強い。受験で両親が一番望むのはソウル大学ブランドであることは言うまでもない。この辺りは、旧制一高、東大閥の伝統を引継ぐ現在の東大閥で、彼らが政財界のトップを占める日本の現状と酷似している。同じ閥に所属する先輩、後輩意識が目に見えぬネットワークとなっている。

法廷のピョン元検事
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

作中、詐欺師ハンが刑務所での弁護士との面会の折、ピョンが何かで入室する場面。この弁護士が自分より年次が下と分かる。自動的に若い弁護士が腰を浮かし、改めてあいさつをする。このように、所属する団体や組織の上下関係の強さが目立つ。
その反動として、学閥から漏れた庶民は、その不公正に対する強い反感を持つ。この庶民の感情を作品はうまくすくい上げ、今は服役中の元検事ピョンが国家へ刃向かうバネとなり、痛快娯楽作として仕上げられている。



ことの始まり

房内での偽サインの練習
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

 海辺のリゾート開発を巡り、行政と反対派住民が対立する。行政側は、反対派に暴力団員を潜り込ませ騒ぎを起こし、反対派の印象を悪くさせる。日本でも目にする構図である。
たまたま、反対派の一員が、警察へ暴力を振るい逮捕される。警察は、その若い犯人を取り調べ、担当検事は暴力もいとわずガンガン攻める。その暴力検事が、自称・司法浪人4年のピョンであり、容疑者は、反対派に送り込まれた暴力団員であることが判明する。
日を置き、翌朝の取り調べで、容疑者が死亡していることが判明し、検察上部は慌てる。死亡した彼は喘息(ぜんそく)持ちで、吸入パイプが手放せない。この容疑者死亡が原因で、暴力検事ピョンが逮捕。刑務所送りとなり、天と地が入れ替る。ここから、濡れ衣を着せられた元検事ピョンの華麗なるリベンジが始まる。


人間関係

復讐相関図前のピョン元検事
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

  検事と詐欺師の刑務所仲間がタッグ
本作の見どころは、元検事ピョンと詐欺師の人間関係であろう。片や頭を使い、他方は類いまれなインチキな語りを駆使する。怪しげな"テンプラ"英語(テンプラとはコロモだけで中身のない人間を指す蔑称)を操り、人の懐に入り込むことを特技とするハンの、ミエミエのテンプラ振りが何ともおかしい。
元検事のピョンは法律知識を駆使し、詐欺師ハンの刑期短縮に成功。弱みを握られたハンは、出所後、ピョンの指示に従わざるを得ず、悪党検事成敗に乗り出す。手始めに、ピョンをハメた元上司ウ検事を狙う。
死んだ喘息持ちの被疑者の吸入パイプを、この元上司は取調室から秘かに持ち帰り、その重要な証拠を漢江に投げ捨てる。ヤメ検となった彼は、政界進出を狙い、選挙運動の真っ最中だ。
この彼が出席するパーティに、何らかのつてを頼りに詐欺師ハンが潜り込み、「ヤーヤー」と愛想を振りまく。背広、ネクタイ、胸に検事バッチに眼鏡と、インチキ振りも堂に入り、とてもチンピラ詐欺師とは思えない。

詐欺師ハン
(C)2016 SHOWBOX, MOONLIGHT FILM AND SANAI PICTURES CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED.

 ターゲットのもう1人は、同パーティ出席のピョン元検事のライバルであるヤン検事。接近の手口は、まず出身地で話を合わせる。次が大変重要だが、ソウル大学何年卒の肩書の誇示、さらにひと押し、出身高校名と担任のあだ名。これだけお膳立てをすれば、いくら取り付く島のない検事でも相好を崩し、すっかり後輩と思い込んで、簡単に翌日のアポを受ける。
このアポさえ取れれば、もう勝ったも同然。事務所で書類を盗み"ドロン"。この書類を重要証拠として、再審請求をした元検事ピョンは、刑務所から法廷へ護送され、証人喚問で次々と悪党の足をすくう。
そして、無罪を勝ち取り、大願成就のメデタシメデタシで庶民は留飲を下げる。
ストーリーがよくでき、特に少し間を置くタイミングがコミックな味を醸し出す。この2人の人物造型が鮮やか。韓国映画独特の社会派エンターテイメントである。
反権力を盾に、"売らんかな"娯楽作の企画を通す、映画会社の厚かましさ。見せることに徹する韓国映画会社は、大した心臓である。記録的な入場者の多さも、わかる気がする。
為政者に文句をつけない日本では、このような企画を通す、若干教養が邪魔しない無鉄砲なプロデューサーの出現が待たれる。

 



(文中敬称略)

《了》

11月12日(土)シネマート新宿ほか順次ロードショー

映像新聞2016年11月14日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家