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『ヒトラーの忘れもの』

作業を終え
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 第二次世界大戦終了後、70年を経て、ここ数年、ナチスもの或いはヒトラーものを目にする機会が増えている。当然、ホロコーストの悲劇を扱う作品が多い。500万人のユダヤ人犠牲者を出す、世紀の虐殺への怒りは今もって収まらない。映画『ハンナ・アーレント』(2012年)で、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督は、ナチスの戦犯アイヒマン裁判を通し、ナチスの犯罪を分析した。

映画『ハンナ・アーレント』は、今までの通念から一歩踏み込み、アカデミックな域まで達する傑作である。他に、アルゼンチンに偽名で潜伏するアイヒマン逮捕に至る、独・イスラエルの虚々実々の外交上の駆け引きと政治の関与を明らかにする『アイヒマンを追え』(15年/ラーズ・クラウト監督)という、逮捕劇の周辺を描く作品もある。
これらの作品は、敗者ドイツに対しての考察であり、敗戦国側の犯罪を描くものであり、我が国でも多くが公開された。
戦勝国から描かれるナチスものの作品は少ない。その中の1本が『ヒトラーの忘れもの』(2015年/デンマーク・ドイツ/マーチン・サントフリート監督)である。

ドイツ侵攻

軍曹と少年兵たち
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 ナチスは、第二次世界大戦で、戦線を拡大させ、デンマークまで侵攻した事実は余り知られていない。1940年、デンマークはナチスの軍事保護下に置かれたが、議会などの政治体制は以前通りであった。しかし、3年後の1943年には軍事占領され、より圧力を強め、デンマークを自己の傘下に組み入れた。逆に、この占領により、レジスタンスがデンマーク国内に誕生し、彼らは1945年5月のドイツ降伏までナチスに抵抗する。
このような経緯で、デンマーク人のナチス嫌悪感は国民的現象となる。


物語の背景

憎しみの両者
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 ドイツ降伏により、デンマーク駐留の捕虜は約20万人とされた。敗戦後、1か月で大部分の19万人は武装解除され本国へ移送された。ここで、日独を比べるなら、欧米諸国には「死して虜囚の辱しめを受けず」の戦陣訓はなく、玉砕と名付けられる大量自殺から免れる。このことは、人間の命の価値が日本軍隊には欠けていた証しだ。
残るナチスの捕虜1万人(含少年兵)が問題なのだ。ナチスはスペイン・フランス国境からスカンジナビア半島まで全長2600Kmの防御線を築き、連合軍の侵攻に備えた。その防御線の海岸には、砲台、トーチカ、そして地雷を埋め込んだ。戦後、この地雷が国土安全上の問題となり、その除去のために少年兵が使われた。

信管抜き作業
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF








除去作業と鬼軍曹

地雷作業での負傷兵
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 ナチス軍の防御線の長さにも驚かされるが、埋め込んだ地雷数は200万個と、莫大な数字に上る。そして、その除去のために捕虜の徴用が物語のメインである。
この除去作業に動員されるのは、悪名高いナチス親衛隊(SS)ではなく、それこそ、兵隊不足から、根こそぎかき集められた少年たちで、彼らは15歳から18歳のティーンエージャーである。
除去作業に駆り出された11人の少年兵と中年のデンマーク人軍曹が、物語の主人公。少年たちは海岸の物置小屋(或いは馬小屋)で寝起きし、夜は逃亡防止のため鍵が掛けられ、自由を奪われる。

一列となり地雷探し
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

戦況が激しくなり、ナチスは少年まで動員するが、これは、戦争末期の日本軍と全く同じ構図であり、人命無視の軍隊上層部の悪アガキだ。余談だが、多くのナチスの高官が南米に亡命(その代表例がアイヒマンである)し、彼らの手引きをローマカトリック(バチカン)が行っていた事実を暴露する、コスタ・ガブラス監督作品『アーメン』(2002年/本邦未公開)がある。この例のように、戦争の悲劇は常に弱者に降りかかる。



戦争の後始末と犠牲

近所のデンマーク人少女と
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 過酷な地雷除去をやらされる少年兵の約半数は、作業に失敗し落命、軍曹は底意地が悪いと思わすような、容赦ない暴力と罵声を浴びせる。少年兵たちは死の恐怖と少ない食料で段々と弱っていく。空腹に耐えかね家畜用の餌を口にした少年兵全員腹を壊す。同じ頃、少年の1人が地雷の信管抜きに失敗し、惨(むご)たらしい重傷を負う。
作業の危険性と少年たちの空腹を見兼ねた鬼軍曹は、自身の厳しい振舞いに気付き、本部から食料を持ち出し少年たちに与える。この時期を境に、軍曹の態度が徐々に軟化する。このくだりは、ヒューマンドラマタッチで描かれる。次第に、鬼軍曹に心を許し始める少年たちとの両者の間には一抹の希望が芽生える。

互いに親しみ始める
(C)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 この筋は数多くの戦争秘話の1つであるが、デンマークでは広く知られておらず、マーチン・サントフリート監督が脚本化する。
彼は今年41歳のデンマーク人で、ドキュメンタリー出身、本作『ヒトラーの忘れもの』は長篇第1作である。現在は、2作目『The Outsider』を準備中。本作、ジャレッド・レトと浅野忠信が出演する。
映画『ヒトラーの忘れもの』は、戦勝国におけるナチス虐待を描くところに、視点の新しさがある。また、ヒューマンドラマとして、シナリオは堅固に構成されている。デンマーク・ドイツ合作作品。

 



(文中敬称略)

《了》

2016年12月17日(土)からシネマスイッチ銀座ほか全国順次公開中

 

 

中川洋吉・映画評論家