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『国際テレビ映像祭『FIPA 2017』開催』
30回を迎えた欧州最大の催し
37カ国から1500本の応募

ビアリッツの海岸
(C)八玉企画

 今年で30回目を迎えた『国際テレビ映像フェスティバル2017』(以下、FIPA)がフランス・ビアリッツ市で1月24日−29日に開催された。地方都市でテレビ映像に特化した催しだけに、当初は先行きが心配されたが、30回までこぎ着けた。今年は応募総数が1500本、参加国が37カ国で、ノミネーションは130本となっている。これは欧州最大の規模である。日本からは、NHK作品『逃げる女』(全6話)がシリーズ部門に唯一選考された。


ドゥロの里帰り

ドゥロ初代総代表
(C)八玉企画

 FIPA初代総代表のピエール=アンリ・ドゥロ(以下、ドゥロ)が8年ぶりに里帰りした。度重なる招待の要請に、音楽部門の審査員としてようやく腰を上げたが、この審査員はクラシックに精通するドゥロ自らの希望である。
彼はカンヌ国際映画祭「監督週間」を立ち上げた後、総代表を30年間務め、その間に「FIPA」を創設した映画研究史家である。彼は大変な碩学(せきがく)であり、日本で例えるならば映画評論家の佐藤忠男だ。


『逃げる女』

NHK上映作品を待つ観客
(C)八玉企画

 今年は、NHKのシリーズもの『逃げる女』が日本からの唯一の選考作であり、日本にとって厳しい年であった。制作側のNHKのプロデューサー、内田ゆきと、ディレクターの黒崎博がビアリッツ入りした。
今年のビアリッツは、例年に比べ連日晴天で、天気の良い日は日中15度と暖かく、上映当日は好天も手伝い、300人収容の会場はほぼ満員と上々の入り。ここ数年間、地元の人々の関心が高く、観客動員数が上向き気味であるが、これはFIPAの30年間にわたり積み上げの実績である。審査員3人は義務として、観客と同時に鑑賞する。前もって観映を依頼したドゥロは、早朝の会場に姿を現わし、最後のQ&Aまで付き合い、上映後には彼の感想を聞く機会を得た。

「逃げる女」
(C)NHK

  『逃げる女』の筋は、1人の女性、梨江子(水野美紀)が、親友のあずみ(田畑智子)の偽証で殺人犯として8年の刑を受ける。出所後、あずみに偽証の理由を聞くため、故郷の佐世保を中心に彼女の姿を追い求める。
この坂の多い佐世保の町と、そこから臨む海の風景が作品の見どころの1つとなっている。瀬戸内の島を舞台にする傑作ドラマ『火の魚』(原田芳雄、尾野真千子主演)で知られる、演出を務めた黒崎博の映像感覚が光る。
『逃げる女』は、主人公の梨江子に、海の見える丘の上でパン屋を営む女主人、綾乃(原田美枝子)、そして殺人犯の風天(ふうてん)娘、美緒(仲里依紗)などの人間が絡む。そこへ、かつて偽証したあずみが現れる波乱万丈のドラマである。
黒崎博の原案を、ベテランの鎌田敏夫がシナリオ化する本作、話の運びがうまい。ここまでが1、2話で、その後の推移が気になるところである。
上映終了後のQ&Aでも、真先に飛び出した質問が「今後、この物語の進展はどうなるか」である。この質問で分かるとおり、筋の面白さに多くの観客が引き込まれた。



ドゥロの感想

 Q&Aまで参加したドゥロの『逃げる女』への感想だが、「全6話のうち、FIPAの規則により、2話だけを選ぶ上映方式であり、今回は1、2話を見ただけなので、全体としての感想ではない」と前置きをし、次のように述べた。
「第1話に比べ第2話は、主人公・梨江子が出所後、偽証のあずみを探しに故郷の佐世保に戻るテンポが緩く、人間はなぜ罪を犯すのかの問題提起の繰り返しが多い。パン屋の綾乃と主人公の梨江子は好演。この作品には芸術性があり、仏独教養番組局ARTE(アルテ)が買う可能性が大きい。ARTEのフィクション部門へアプローチしてもよいのではないか。1話はこれから何が起るかを期待させ、主人公の梨江子と偽証のあずみとの結末を誰でも知りたいだろう。1話は展開がストレートだが、2話は方向性にズレが生じている」
芸術性に対する彼の評価は、この後の海外展開の励みとなるであろう。



『救急車』

「救急車」

 競争率が高く、秀作ぞろいのドキュメンタリー部門の中から際立つ3本を紹介する。
その第1が『救急車』(ノルウェー、パレスチナ)である。パレスチナのガザ市におけるイスラエルからの砲弾により、人命が失われ、建物が粉々に破壊される。その事態に対応する救急隊員の活動を描き、イスラエルのいつもの過剰攻撃に苦しむ住民の苦悩が、一救急隊員の目を通して語られる。
人員不足、資金不足に陥る中、多数のケガ人が助けを求め、救急車で病院に運び込まれる。しかし、病院もイスラエルの攻撃で被災し、満足に負傷者を受け入れられない。地獄図である。
ナチス強制収容所で数百万人のユダヤ人が虐殺されたが、今はイスラエル人自身が逆の立場としてガザの住民を苦しめている。シリアの被爆難民の不幸と変わらない。現状を写し撮り、それが、どのように現代社会と結びつくかを、強烈なインパクトをもって問いかける。



インドの新しい社会的潮流

 ルポルタージュ『取るに足らない男』(インド)は、よほどのインド通でなければ知らないであろう、現在のインドの政治革新運動について述べる注目すべき1作である。
2015年のデリー首都圏選挙で全議席数70のうち67議席を獲得したアルビンド・ケジリワル党首率いるアーム・アードミ党(通称AAP「庶民党」)が圧勝する。その党首、ケジリワルが「取るに足らない男」と例えられる。
この政治革新運動は、反汚職をスローガンに一介の税務署員が引き起こした社会運動であり、「取るに足らない」とは、「一般の人間」と解釈できる。12年に発足したAAPは、いくつかの挫折を経て地方行政の頂点に上りつめた。その彼の選挙運動を詳細に追う力作である。
インド独特の社会階級カースト制の外側にあって、ヒンドゥー教社会において最も差別される不可賤民の支持を集めたとの説があるが、ネット検索してもひと言も触れられていない。カースト制に触れることがタブーとなっているような感を抱かせる。
とにかく、インドの新しい息吹を伝える1作であり、過去のFIPAを振り返っても、数少ないインド映画だ。


オーストラリアの恥

 人柄が良く、開放的なオーストラリアから信じられない作品が届いた。『オーストラリアの恥』である。
同国北部の砂漠(むしろ土漠地帯)にポツンと建てられた少年刑務所があり、そこでつい最近まであった受刑囚少年たちへの虐待事件を扱っている。看守による虐待は、所内の監視カメラからの映像が外部へ流出して発覚した。
性的暴行をはじめとする、ありとあらゆる暴力が子供たちに襲いかかる。1人の少年に対し2、3人の屈強な看守が激しい拷問や暴力を振るう。その一例が、死刑台で袋を被せての拷問である。
政府は事件発覚後、一部の実行犯の看守を処罰するが、上層部は手付かずで幕を降ろす。被害者の少年たちは全員がアボリジアンであり、同国の根強い人種差別の実態を如実に示している。機会があれば、日本のテレビ局で放映してほしい。


今年の傾向

モニター室 (C)八玉企画


「カレンティス」音楽部門、FIPA金賞

 FIPAへの応募数の半分は地元フランス作品で、これはドキュメンタリー、テレビドラマに力を入れる前述のテレビ局ARTEが制作費を助成し、放映の場を提供する編成方針によるものである。

しかし、今年の各部門の入選作品、最高賞「金のFIPA」は英国、チリ、アルジェリア、ノルウェー・パレスチナ、オーストラリア・ドイツ・フランスと多岐に分かれている。是非とも、この中に日本作品も顔を出してもらいたいが、本選コンペに通ることが非常に困難な現実があり、越えねばならぬ壁となっている。



表彰式後のレセプション

 



(文中敬称略)

《了》

映像新聞2017年2月20日掲載号より転載

 

 

 

中川洋吉・映画評論家