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『ちょっと今から仕事やめてくる』
現代社会を象徴する青春もの
苦悩するブラック企業で働く青年

 若者における負の青春のひとコマと希望とを描く作品『ちょっと今から仕事やめてくる』(以下、『ちょいやめ』)(成島出監督、共同脚本/2017年製作/114分)が上映される。昨今、マンガや少女小説原作の共同製作委員会方式になる映画化が氾濫し、わた菓子を口にするような虚しさを味わされる場合が多い。しかし『ちょいやめ』はひと味違う剛直さがある。

 
冒頭は、ヤシの木、海、そして満天の星の下、少年と青年が言葉を交わしている。そして、彼らの会話は英語である。観客にとり、日本映画を見に来たはずだが、何か違うという印象だ。この地、実は太平洋に浮かぶ常夏の島、バヌアツ共和国で、平和の象徴として映し出され、2人は星と希望について語り合う。 舞台は一変し、虫がわいたブドウが大写しされる。その奥には無気力な起き抜けの青年、青山隆(工藤阿須加)がベッドで靴下を履いている。若いサラリーマンの小さなワンルームマンションの一室、何とも異様な光景である。

彼の勤め先

青山(左)とヤマモト
(C)2017映画「ちょっと今から仕事やめてくる」製作委員会

 慢性疲労気味で、ぼんやり顔の青山の勤務先は広告会社であり、彼は営業マン。若い社員は既に仕事を始めているころ、1人の男が横柄に「オハヨウ」と言いながら出勤。若い社員は全員起立し彼にあいさつ。社長でもない中年男の後ろ姿だけをカメラは追う。見る者は、一体何者かと怪訝(けげん)に思う。彼こそモラハラ部長(吉田剛太郎)で、窓際の自席に到着するや「始め!」の号令一下、全員がラジオ体操を開始し、次いで社訓の唱和。これが、労働基準法に確実に触れるトンデモもの。

1、「不平不満を言わない社員になれ」
1、「遅刻は10分で1000円の罰金」
1、「有給休暇なんていらない、体がなまるから」
1、「上司の指示は神の指示」
1、「心なんて捨てろ、折れる心がなければ耐えられる」

まさにブラック企業体質丸出しだ。そもそも社訓にこだわる会社は、オーナー会社かブラック企業と相場は決まっている。


あわや、その時

部長(左)と青山
(C)2017映画「ちょっと今から仕事やめてくる」製作委員会


 謎の男との出会いで心に変化
ノルマ、ノルマに追われ、部長の面罵(めんば)で、青山の頭はボンヤリ、目はうつろ。帰途の駅で飛び込み自殺を図ろうとするが、危機一髪、アロハシャツ姿の同年輩のヤマモト(福士蒼太)に引き止められ一命を拾う。



小学校の同級生

居酒屋の2人
(C)2017映画「ちょっと今から仕事やめてくる」製作委員会

 青山を救うヤマモトは一見"アンチャン然"とし、関西弁を操り、とにかく明るい。ヤマモトは小学校の同級生で、中途で転校したと言うが、青山の記憶にはない。だがヤマモトは馴れ馴れしく、青山にとり腑(ふ)に落ちないことばかり。
命の恩人とあっては、生ビールのジョッキを交さざるを得ない。しかし、謎は謎として、青山は愉快な夜を過ごす。



出身は山梨

 本作のメインテーマの1つは家族である。人間は誰でも思春期ごろから親がうっとうしくなるもので、青山も例外ではない。
父親(池田成志)は東京のサラリーマンだったものの、リストラされ故郷の家業である果物農園を継ぎ、何とか暮らしを立てるが、息子の隆はこの父を責める。母親(森口瑤子)は、息子の下宿にせっせと自家栽培のブドウを送り、1年半も帰郷しない息子へ時々電話もする。当の息子はブドウを腐らせ、電話も素気無い態度で優しい母親を悲しませる。
現在の青山は、家族などに構っておれないほど追い詰められている。会社のノルマと部長の罵声の毎日を―。
成島出監督も山梨出身。果物農家出身かは定かでない。



巡りきたチャンス

五十嵐美紀
(C)2017映画「ちょっと今から仕事やめてくる」製作委員会

 押しが弱く生真面目な青山は、まるで営業成績が上がらず、大いに悩む。ブラック企業は過大なノルマを与え、搾るだけ搾り、後は使い捨てが常套(じょうとう)手段である。
不器用で、部長には怒鳴られっ放しの青山に、起死回生と思える機会が巡ってくる。ある会社の宣伝印刷物の注文が彼の担当となる。喜び勇みクライアントの会社へ馳せ参じ、担当者からも気に入られ、受注成功との感触を得る。この幸運は、1つのミスにより逆転する。ここに、原作の物語の面白さがある。
担当は、営業で稼ぎ頭の五十嵐美紀(黒木華)に差し替え。事前の準備も十分しただけに、青山は釈然としない。また、元のダメ社員扱いで、部長からボロクソに罵(ののし)られる。彼の手掛ける案件は既に五十嵐の手に渡り、再び落ち込みの会社生活。
ここで見る者は、担当者替えの先輩女性社員による策略であることに気付くが、根が善良で人を疑わない青山には、いつも親切な彼女の裏切りなど到底考えられない。


飛び降り自殺

飛降り自殺を止めるヤマモト(右)
(C)2017映画「ちょっと今から仕事やめてくる」製作委員会

 この一件と前後し、意気消沈の青山は、屋上から飛び降り自殺を考えるが、なぜかここでも突然ヤマモトが現われ、「死んで一番心配するのは誰か」「家族だろう」と諄々(じゅんじゅん)と諭し、青山を翻意させる。
青山は、1年半も足を向けない実家に、母親の大好きな洋菓子持参で帰省。そこで、今までの自分中心の非礼を両親に謝罪する。感心な息子なのだ。



不思議な出来事

駅での2人
(C)2017映画「ちょっと今から仕事やめてくる」製作委員会

 ある時、彼は、例のヤマモトを駅で見掛ける。いつもの陽気で明るい彼ではなく、沈み込んでいる。様子がおかしいと後をつけると、そこは霊園である。
青山は思い切ってヤマモトに尋ねると、彼と付き合う「ヤマモト」は3年前に死去し、目の前の人物はヤマモトの双子の兄弟であることがわかる。双子の片割れのヤマモトも心が折れ、自殺をしていた。ありふれた話だが、ここがフィクションの醍醐味とも言える見せ場である。
この2人のヤマモトについて、孤児であった2人が暮らした施設の院長(小池栄子)が謎解きをする。ここで、2人は美しい海と満天の星、明るい子供たちの笑顔が溢れる地上の楽園バヌアツ共和国への憧れが明かされ、冒頭のシーンとつながる。



最後の決断

 すべてが明らかになり、青山はヤマモトを会社の近くの喫茶店に呼び出す。吹っ切れた青山は「ちょっと今から仕事をやめてくる」と一言残し、辞職を伝えに部長と会い、決意を口にする。
その帰り、うれしさのあまり路上でスキップをしながら走る青山を、ガラス越しにヤマモトもうれしそうに見つめる。個人の人間性の奪還である。


現代のおとぎ話

 監督の成島出は、傑作『八月の蝉』を手掛け、今や大物監督の1人と目されており、今回は脚本も担当している。原作は北川恵海の『ちょっと今から仕事をやめてくる』である。女性である原作者は、青春の物語をつづるにあたり恋愛を排し、実験気味に家族と、男性同士の友情に視点を置く描き方で、物語にめりはりをもたらせている。
物が溢れ、一見何不自由のない日本ではあるが、内面の貧しさ、人が人らしく生きることの難しい現状を、ブラック企業を通して描き上げている。また、苦境の青山に対し、同僚たちは見て見ぬふりをするところは、現代日本社会を象徴している。
見て損しない、ちょっとほろ苦い青春ものだ。




(文中敬称略)

《了》

5月27日から全国東宝系で公開

映像新聞2017年5月22日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家