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『きっと、いい日が待っている』
デンマークでの実話を映画化
児童養護施設での少年虐待の事実

 デンマーク映画『きっと、いい日が待っている』(2016年、イェスパ・W・ネルスン監督/英題『The Day Will Come』/以下『いい日』)は、いろいろと問題を含む作品である。舞台となる児童養護施設は暴力支配。ナチス時代を思わせ、少年虐待の事実には思わず目を背けたくなる。本作は今から50年前の1967年に、福祉の国デンマーク・コペンハーゲンで起きた実話である。

人類初の月面着陸

エリック(左)とエルマー(右)
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.

 1960年代に、米国のケネディ大統領は、70年までに人類が月面に着陸することをテレビで宣言、69年7月にその予言が実現する。
この月面着陸が本作『いい日』の隠れた潮流となる。文明の勝利を謳(うた)うこの宇宙の物語の裏では、想像もできない暴力が、福祉の国デンマークで起きる。


少年養護施設

校長
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.


 冒頭、テレビ画面のケネディ大統領の演説後、1台の車が門をくぐる場面が映し出される。兄弟の地獄の始まりだ。孤児や親のいない子を一定期間預かる、少年養護施設である。
工場勤めの母親がガン治療のため入院し、残された2人の兄弟、兄のエリック(13歳)、弟のエルマー(10歳)がその施設に入所する。兄は正義感が強く反抗的、弟は大人しい性格で大の宇宙好き。彼らには、職業不詳の気は良いが頼りない叔父がいるが、生活能力はゼロで、とても姉の子供たちの面倒は見られない。この種の施設では、収容されている少年たちのほとんどが貧困家庭の子弟である。



地獄の施設

施設でのイジメ
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.

 養護施設には、30人の年端の行かぬ少年たちが起居をともにする。施設は15歳までの少年を収容、彼らの大部分は文盲で、主として使役にこき使われる。教育はおざなりで、年限が来ると職人になるために施設を出る。
施設での彼らの最初の仕事は、重い石運び。弟は内反足で足を引きずりながらの作業、兄は、幼い弟には無理と抗議するが、教員に怒鳴られる。それ以来、周囲の少年たちの忠告に従い、15歳の出所許可が下りるまで幽霊になることを決める。躾(しつけ)という名のもとの暴力支配の中、彼らは他人が殴られるのを見て見ぬふりをし、黙々と単純労働をする。これがナチス支配の戦前でなく、解放された戦後に行われていたことに驚かされる。



躾の名のもとの体罰

男色教員と子供たち
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.

 エルマーは、生来の足の悪さと年少での肉体労働が響き、それがストレスとなり、おねしょをしだす。この体罰が残酷極まりない。パンツ一丁でバケツの上に立たされ、両手でシーツを持ち、乾くのを待つもので、他の生徒は窓からただただ犠牲者を眺めるだけだ。
いくら快適な北欧の夏といえども、長時間の体罰、肺炎にでもなったらどのように対処するのであろうか。



忖度(そんたく)

少年たちに味方、ハマーショイ先生
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.

 施設には医者がいるが、いわゆる上ばかり見ているヒラメ人間で、校長の手前「大したことはない」と診断を下すのが常である。もし、重病人が出もしたら、校長から生徒の管理不足と言われ、自身の地位が危ないことを熟知している。
ほかの教員も校長に対し忠勤競争に励み、自身の存在を見せるために、公然と少年たちに罵声を浴びせ、ビンタを張る。皆、自身の保身のための行為で、社会批評の第一人者で鋭い指摘をする佐高信の言うところの、「社畜」である。
反抗のできない年端の行かぬ、肉体的にも子供である少年に暴力を振るうとは、卑劣な行為である。それ以上の許されざる行為もある。子供を持つ親が一番忌み嫌う犯罪の幼児性愛である。


恐怖の深夜

宇宙服のエルマー
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.

 子供たちは大部屋で寝かされる。深夜になると1人の教員が入り、子供たちを物色し、お眼鏡に適(かな)う子を1人自室に連れ込む。子供たちは、別室で何が行われているかを知りながらも、声1つ上げない。彼らにとり恐怖の瞬間である。
カトリック教会で、牧師が男子たちに性的虐待をする事実は、昨今、徐々に明らかになってきているが、被害者からの訴えが殆どなく、密室犯罪と化している。
この虐待に怒りを覚える兄エリックは、この男色教員が担当する工作器具の安全装置を人知れず外し、大けがを負わせ復讐する。



母の訃報

入所前の兄弟
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.

 食事の最中にエリックに電話が掛かる。叔父からであり、母親の訃報がもたされる。クリスマスには一緒に過ごす約束が、目前で中止。彼は食事も喉に通らず、泣き崩れる。
校長が食事をするよう命令するも、彼の耳に入らない。子供に無視されたと思い、逆上する校長はエリックに何発もビンタを食らわせ、その上、彼の顔を、料理を盛った皿に押し付ける。


人事不省の兄エリック

作業中の少年たち
(C)2016 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa International Sweden AB.

 暴力を振るう校長は、本質的に保守主義の教育者であり、それが認められ、校長の地位まで上りつめる。しかし、すべての権力を自分のものとしたい彼の性格で、子供の口答えなど細かいことでも逆上し、猛烈な暴力を振るう。
その彼、勲章をもらうことになり、車磨きをエリックに命ずる。幽霊になることを選んだ彼は命令に従う。しかし、彼の出所が15歳から18歳へと先送りになった理由を質(ただ)すが、受勲で浮かれる校長は取りあわない。
怒りを爆発させるエリックは、校長の愛車を針金で傷だらけにし、抗議の意思を示す。校長は彼を死ぬほど殴り、人事不省に陥らせ、体面上病院送りも拒否する。



弟エルマーの活躍

 エリックは高熱を出し、血を吐き、1週間意識不明状態となる。それを見て、幼いエルマーは一計を案じる。まず、検査官に事情を訴えるためコペンハーゲンへ行き、彼らに理解のある元教員のハマーショイ先生を探し出し、彼女に役所へ同道してもらう。しかし、6時間も待っても、検査官は別件で外出中。仕方なく秘書に伝言を残し、施設へ帰る。
そこでエルマーは、次の一計を実行に移す。彼は銀紙で宇宙服を作り、斧(おの)を手にして、校長の愛車を破壊、そして宇宙服のまま給水塔を上る。自殺覚悟である。
そこへ伝言を聞き事情を察した検査官が駆け付ける。検査官は子供たちに、言いたいことがあれば聞くと促し、今まで幽霊を決め込んでいた子供たちがオズオズと手を挙げ発言し、施設の実態が明らかになる。


時代相を写し取る

 1960年代の月世界到達が、新世界の出現を人々に提示し、そのうちの1人が、宇宙オタクの幼いエルマーで時代相が重なる。
さらに60年代は、フランスにおける68年5月革命の年でもある。この事件により、欧州では家父長制度に基づく、縦型社会の横への変動が顕著になる。例えば、男女の平等、医師と患者、刑務所での看守と受刑者などの関係が横型へと移動し始めた。これらは、現在では当然の権利と受け止められるが。
このデンマークの養護施設の子供虐待事件も、世の中の節目たる時代の産物である。

兄弟の抵抗

  2人の兄弟の抵抗と闘い
2人の少年の変革だが(身の周りの身近な事例を含めて)、まずは命懸けの抵抗を、そして大きな壁が立ちはばかれば幽霊と化し、闘いの機会を待つ。
ここでは2つの教訓がくみ取れる。1つ目は、志を持ち続けること、2つ目は、闘うことを諦めぬことである。われわれの住む世の中は、先人の努力により少しながらも良くなっていることを教えてくれる。
被害にあった当時の少年たち(現在50−60歳代)は、この暴力組織を告発し、裁判を起こしている。







(文中敬称略)

《了》

8月5日から東京・恵比寿のYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

映像新聞2017年8月7日掲載号より転載

 

 

 

中川洋吉・映画評論家