このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『ブルーム・オブ・イエスタディ』
珍妙な男女の歴史研究者
コメディータッチで描いたナチスもの

 戦後70年経た現在、ナチスものが続々と映画化される現象が起きている。それらの作品の多くは、アウシュヴィッツ、ナチス親衛隊(SS)の暴力、そして、タブーとなっている、戦時中ナチスに与した一般ドイツ人の、加害者としての一面を描く作品などと、時代の証人としての性格が強い。しかし、今回紹介する作品は従来のスタイルから離れ、コメディータッチの『ブルーム・オブ・イエスタディ』(以下『ブルーム』、2016年/クリス・クラウス監督、ドイツ/原題「昨日に咲いた花」)である。

 
ドイツ人監督のクリス・クラウスは、現在54歳の中堅監督として既に高い評価を受けている。わが国でも『4分間のピアニスト』(06年)で知られている。劇中、女子受刑囚がその才能を買われ、舞台で後手錠のまま演奏するシーンは有名である。さらに、その主人公たる女性が、主人公トトの妻であるハンナ役で『ブルーム』にも出演している。
クラウス監督、なかなかの才人で、アウシュヴィッツものを、今まで考えもしない手法で撮り上げた。



人物造型

ザジ(左)とトト(右)
(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

 舞台は、ドイツの地方都市にあるホロコースト研究所である。主人公のトト(ラース・アイディンガー、最近では『パーソナル・ショッパー』〈16年/仏、オリヴィエ・アサイアス監督〉に出演している)は、ホロコースト研究所の研究者であり、この2年間「アウシュヴィッツ会議」の主催で多忙を極める。彼は、いわゆる研究者タイプで、自分が一番正しいと信じる、自制心の効かぬ直情径行型の人間。
『ブルーム』のおかしさは、この彼の融通の効かぬ性格から起こるが、これは、クラウス監督の演出、脚本の狙いでもある。研究室での殴り合いのシーンでは、トトの人柄がひと目でわかる。
彼は懸案の「アウシュヴィッツ会議」のメンバーからはずされ、同僚のバルタザールがリーダーに指名される。この変更は、尊敬するノルクス教授が、トトの自制心の効かない性格を危惧してのことである。
怒り心頭のトトは、バルタザールとつかみ合いのけんかとなり、バルタザールは鼻の骨を折り、機動隊の着用する顔面マスクをする結果となる。この弟子たちのつかみ合いに老教授はショック死し、小型の愛犬ガンジーが残され、トトが責任上引き取る羽目となる。出だしから奇人変人の大乱闘による幕開け、何か、おかしさがこみ上げてくる。


若き突っ張り女性

ザジ
(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH


 トトにとり、さらなる珍事は、フランスからの若き女性インターン、ザジ(アデル・エネル/ダルデンヌ兄弟監督『夜8時の訪問者』〈16年〉、今年のカンヌ映画祭コンペ部門のグランプリ作品『BPM』でおなじみ)の登場である。
もともと、気の強い若きホロコースト研究者の彼女は「小娘みたいにナメられてなまるか」と突っ張り、トトを辟易(へきえき)させる。この2人の突っ張り合いと口論で物語は展開される。



打ち続く口論

トト
(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

 口げんかの絶えない2人は、会議への出席依頼のためホロコースト生存者の老女優を訪ねる。車中、トトとザジはまたまた口論、ザジがトトのことを「穴のないお尻野郎」と毒づき、挙句の果てに、老教授の忘れ形見の小型犬ガンジーを窓から放り投げる。彼女の行動、言動総てが過激なのだ。
男性と女性との性差意識が皆無の性格で、トトの見下す態度に猛反発する。物語の進行として、この先2人がどのように親しくなるのかが興味の的となる。



奇縁

老教授
(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

 この珍妙なカップル、トトの祖父は元SSで、ザジの祖母はユダヤ人だという事実を、ラトビアのリガへの出張で知る。そして、かつての祖父母は同市の小学校で机を並べていたことを知る。彼ら2人はホロコーストの仇敵同士の孫で、逆に、ホロコーストに執着する。



噛み合わない2人の言動が痛快

バルタザール(左)ホロコースト生残りの老女優
(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

 『ブルーム』の最大の面白さは、ザジの存在である。仕方なく海外出張に彼女を同行させるが、口論の連続、そこに、トトの珍事件が割って入る。
ウィーン出張の際、トトは妻ハンナ(ハンナ・ヘルツシュプルング)に行動監視のためトイレから電話を入れる。この夫婦、ハンナの不倫は容認されているフシがある。突然、シャワー室で全裸の男女の絡みがインサートされる。電話口のトトは、シャワーの音を察知し、「パンツをはけ」と妻にわめく。
運悪く、トトは屈強な中年の与太男たちから「いい加減にしろ」とばかりボコボコにされる。普通ならここでおしまいの手順だが、クラウス監督も、もうひと押し加える。
トトが殴打されるところにザジが割って入り、男どもに蹴りを入れる。すんでのところでトトは救われる。若い女性が猛者どもに蹴りを入れる痛快さ、ザジの突っ張りぶりは見事。


リガでの一夜

殴打されたトトを介抱するザジ
(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

 ウィーンの後のリガ出張で、祖父母の境遇や遺(のこ)された往時の資料を目にする2人は、急速に親しさを増す。
ホテルの食事の時、アルコールの代わりに水を頼むトトを、ザジは「私に誘惑されることが心配なのね」とからかう。男の面子上、トトはアルコールを口にする。そして、2人は愛を交すが、その時初めて、彼が不能で黒人の幼女を養子とし、妻の不倫を告白する。ここで彼の日常的イライラの原因が判明する。



トトの最後の秘密

ザジとトト
(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

 ある時、研究所のバルタザールが、2人の仲を嫉妬し、ザジをある場所へと連れ出す。そこは刑務所で、現われた男性はトトの兄である。
この一件をザジがトトに詰問すると、彼は17歳の時にナチス一家から離れたこと、それが動機となり、ホロコースト研究へ向かったことも話す。兄はトトのことを密告者と非難するが、多分、兄はSSの犯罪歴のために収監されたのであろう。

ザジの存在

 フランス人のザジはユダヤ系で、祖母のことをもっと知りたく、ホロコースト研究の道に入る。そこで学究仲間としてのトトと知り合う。この2人は、一見普通の学者コンビとも描けるが、クラウス監督は、ザジに現代風の女性像を託した。
ザジは、平気で女性の性について口にするタイプで、それを隠しだてもしない。自ら、トトの仇敵(きゅうてき)であるバルタザールの愛人であることを公言する。強気な彼女は男子トイレでの男のけんかに割って入り、柔術でトトを救う。
ザジを通し、女性らしく、たしなみを一刀両断に斬る女性像が出現する。日本的な常識は彼女には通じない。換言すれば、女性からの性に対する欲望の自由な発信を尊重する考え方である。
この考えは、フランスの1968年5月革命以来の、堕胎、出産、性交は女性自らが決める、社会通念が定着し、現在に至る。これがザジの破天荒な行動と結びつく。
主人公ザジは、ひょっとするとルイ・マル監督の『地下鉄のザジ』(1960年)の、傍若無人な少女から想を得たのではなかろうか。


作品の見どころ

 『ブルーム』の見どころは2つある。第1は、「ホロコーストを孫の代まで忘れまい」とする、継続する意思である。2度と、史上最大の虐殺とされるアウシュヴィッツをはじめとする、悲劇を繰り返させぬ、当事国ドイツの良心である。このドイツの贖罪(しょくざい)が、戦後の経済的復興に大きく寄与する副産物となる。
もう1つは、女性の性に対する社会通念の定着化である。ちょっと、トトとザジの行動が突出し、ホロコーストが後へ追いやられる感はある。しかし、新しい着想による視点と2人の快演は何とも痛快であり、日本の世界一高い映画入場料を払っても見る価値はある。




(文中敬称略)

《了》

9月30日(土)からBunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー

映像新聞2017年9月18日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家