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『静かなふたり』
古書店を営む年老いた男との恋愛
孤独な女性の自我の獲得描く

 地味ではあるが心を打ち、絵のように美しいパリの風景が堪能できる『静かなふたり』(エリーズ・ジラール監督、2017年、フランス/原題「Dr?les d'oiseaux(おかしな鳥)」が公開される。現在の世界の映画界の大きなテーマである若い女性の生き方を描き、その視点からも味わい深い作品である。

 
地方出身(作中、ツール市とされている)である普通の女性、27歳のマヴィが、パリへ出て暮らし始め、人としての生き方、人生の機微に少しずつ触れ、パリ生活を通し自我を獲得する過程が淡々と描かれている。 この主人公、マヴィの名はフランス語であれば、「私の人生」の意味で、主人公に相応しい命名であり、女性監督のエリーズ・ジラールが狙ったひねりであろう。


2人の出会い

古書店内のジョルジュ(左)とマヴィ(右)
(C)KinoEletron - Reborn Production - Mikino - 2016

 マヴィは、シャトーで名高いツールから新しい生活を求め、200?離れたパリにやってくる。さして若いとは言えぬ彼女は、パリで何をするのか具体的なプランはない。
パリで最初に立ち寄るのは街中のカフェで、そこで何か書き出す。翌日も同じカフェに立ち寄り、今回は読書で長い時間を過ごす。今まで漠然と生きてきた、遅れてきた文学少女である。
余談だが、パリのカフェは、昔からコーヒー1杯で読書をしたり、手紙を書いたりすることは一般的で、家庭の延長のような機能がある。カフェで注文するのは、いわゆる濃いエクスプレッソ。この1杯で粘られる都会のオアシスとも呼べる存在である。
そんなカフェだから女性1人でも長時間の読書が可能であり、ジラール監督は冒頭、このパリ的なシーンを選んだと思われる。カフェのカウンターの横の壁には、手書きのアナウンスが何枚も張ってある。その中の1枚が彼女の目を引く。
文面は「貸し間:ワンルーム 家賃:数時間の労働 当書店〔緑の麦畑〕へ来店のこと」としたためてある。1日数時間の労働で、部屋まで借りられるとは、ましてや本好きのマヴィにとり、願ったり叶ったりの条件である。


ジョルジュ

セーヌ河畔のマヴィ
(C)KinoEletron - Reborn Production - Mikino - 2016


 パリ5区、カルチエ・ラタンにある古書店〔緑の麦畑〕へ彼女は早速赴く。間口一間とおぼしき古びた古本屋で、店内は雑然とし、商売をしているとはとても思えない。
店主のジョルジュ(ジャン・ソレル)は70歳前後の白髪の老紳士、昔はさぞかしもてたと思う美男子である。身なりのいい彼だが、態度は不愛想。彼はよく店を空け、マヴィが留守番。客もほとんど来ず、時に彼は客を怒鳴り、追い返したりする。これでは客も寄り付かず、全く商売にならない。
どうも彼は金持ちのようで、マヴィのワンルームへの引っ越しの時に、驚くほどのお金を引っ越し代として彼女に渡す。謎に包まれた男性だ。



ジラール監督の感性

モンマルトルの丘の上でのふたり
(C)KinoEletron - Reborn Production - Mikino - 2016

 ジラール監督は自身で語るように、映画の中のリアリティに興味がない。彼女に言わせれば、映画は現実を描くものではなく、現実に存在する人々や物事は描かず、そこから出てくるファンタジーを大切にすることを信条としている。
しかし、いささか異論を挟みたい見方だが、作家性としてのスタイルと考えれば、彼女が紡ぎ出す世界に、人を納得させればよいのであり、一概に否定はできない。



 2人の信頼感

セーヌ川の夜景とマヴィ
(C)KinoEletron - Reborn Production - Mikino - 2016

 若いマヴィは体調が悪く、店を休む。そこへジョルジュが見舞いに訪れる。2人とも、友人の少ない孤独な人生を送り、日常の会話がほとんどない毎日を過ごしている。そのためか、会話がなくとも途切れても、沈黙が気にならない。無理に話をしなくとも、充分間が取れる間柄だ。
2人には倍近い年齢差がありながら、独身同士ひかれ合う。互いの愛を、ジョルジュは信頼と考え、彼女の手に自らの手を合わせる。古風な愛の一幕だが、2人の気持ちは見る側に心地よく伝わる。



ジョルジュの謎

古書店前のマヴィ
(C)KinoEletron - Reborn Production - Mikino - 2016

 ジョルジュの過去を不審に思うマヴィは、整理中の書類から1枚の新聞の切り抜きを見出す。彼は、1970年ごろイタリアで結成され、イタリアの革命と西欧同盟からの離脱を主張する極左団体「赤い旅団」のメンバーの1人であり、有罪判決を受けパリに潜伏中なのだ。
時効までは1年余りで隠れ蓑(みの)としてパリの古書店を営む。富裕な家庭出身の子弟だろうか、金には困らない身である。その彼の身辺も騒がしくなり、潜伏先を変えざるを得ず、愛するマヴィを残し、去る。


チャルラータ

店内の2人
(C)KinoEletron - Reborn Production - Mikino - 2016

 インドを代表する国際的な大監督、サタジット・ライの1964年製作作品『チャルラータ』のエピソードが最後に登場する。
ジョルジュの去った後のマヴィは、ある時、入った映画館で『チャルラータ』を鑑賞し、1人の青年と知り合う。ライ作品は、金持ちの新聞社社長が暇な夫人のチャルラータの文才を見込み、コーチ役として従弟を付ける筋である。
この物語、マヴィの文才に気付いたジョルジュが、小説を書くことを勧め、彼女が自信を持って生きる話と重なり合う。ジラール監督らしい着想だ。



堪能できる絵のようなパリの風景

青年とマヴィ
(C)KinoEletron - Reborn Production - Mikino - 2016

 今年72歳の名カメラマン、レナート・ベルタの手によるパリの映像は美しい。ジャン=リュック・ゴダールやマノエル・ド・オリヴェイラなど、世界の巨匠監督のカメラマンを務めた彼は、実写とは思えないパリを写し出している。セーヌ川を挟む右岸と左岸の樹木道、光が異常に踊るセール川の夜景、モンマルトルの丘からのパリの全景、それらはまるで絵葉書のようだ。
彼は、確実にジラール監督の意を汲み取っている。カラーでありながらヌメリがあり、暗部もきちんと見せる、光線設計のうまさがさえ渡る。ジラール監督はパリという街を撮りつつ、それがセットであるかのような印象を作り上げたと、ベルタを評しているが、言い得て妙である。




監督

 ジラール監督は41歳で、『静かなふたり』は2作目である。まず、アート系チェーン小規模展開の映画館で広報として映画界入り、多くのアート系作品を見まくったシネフィル(映画通)と推測できる。
リアリティーに興味がないとする彼女の作風は、ファンタジーに富み、映像技巧のたくみさで新感覚の作家と言える、楽しみな逸材である。




俳優

 主演のジョルジュに扮(ふん)するジャン・ソレルの名は懐かしい。アラン・ドロン級の美ぼうの若手として、1960年代から70年代にかけて映画界で活躍。その後はフランス、イタリアで映画、テレビ出演をするものの、本数は少ない。現在83歳のベテランだ。
もう1人の主人公マヴィ役のロリータ・シャマは、大女優イザベル・ユペールの娘である。ユペールに女優の娘がいることは、わが国ではあまり知られておらず、驚かされる。彼女、母親とは似ておらず、地味な役柄を息長く続けるタイプかもしれない。

 



(文中敬称略)

《了》

10月14日から新宿武蔵野館ほかでロードショー

映像新聞2017年10月02日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家