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『アジアフォーカス・福岡国際映画祭2017』
筆頭は韓国作品の『春の夢』
国々の違いや多様性に面白さ

 恒例の「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2017」(以下、「FIFF」)は、9月15−24日に福岡市博多区のキャナルシティ博多で催された。今年で27回目を迎えた「FIFF」は、しっかりと地元に根付き、着実にアジア映画ファンを取り込んでいる。アジアとの窓口たる福岡市の文化政策は成功している。
 
暑い夏の終盤、9月中旬に開催される同映画祭だが、今年は気候に恵まれ、観客はなかなか目にすることが少ないアジア映画を堪能することができた。会場となったシネコン「ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13」は、座席がゆったりし、映画を見るのには快適な空間である。
  観客は、平日の昼間が薄く、シルバー世代が目立つ。しかし、夜の上映は固定層の来場が多く、7、8分の入りである。これは、どの映画祭でも同様の傾向だ。日本におけるアジア映画の知名度が乏しく、集客は難しい。だが、文化催事が東京に一極化する風潮の中、福岡市は健闘している



アジアの新作・話題作

 「FIFF」のメインは「アジアの新作・話題作」部門であり、今年は14本が上映された。出品国は、中国、韓国、台湾、タイ、インドネシア、マレーシア、カンボジア、ブータン、シンガポール、インド、イラン、そして日本と、アジア諸国を万遍なく網羅している。
これだけの国々がそろうと、それぞれの国の違い、多様性がはっきりし、アジア映画の面白さが自然と伝わる。また、アジア映画のレベルが上がっており、技術的未熟さは全く見られない。


選考方法

 第1回(1991年)から16回(2006年)までは、アジア映画に詳しい映画評論家、佐藤忠男がディレクターを務めた。彼の選考方針は、現地へ飛び作品選考をすることである。イランではスーパーなしで1日5本見て、くたびれ果てたり、日本では知られていないモンゴル映画を現地で選び、「モンゴル映画特集」(1993年)の上映に漕ぎつけたりと、足を使うシステムであった。
これは、佐藤忠男のアジア映画関係者との親交とアジア映画への造詣の深さによっている。第17回以降、ディレクターの交代もあり、主として他の映画祭から作品をピックアップするシステムになった。



作品レベルの向上

 既述のように、本年の出品作品は全体にレベルアップしている。それは、本年が特別な年ではなく、ここ数年来、あるいは10年ぐらい、アジア映画の技術的向上が目覚ましい。各国の映画インフラ整備が進んだためのようだ。
筆者は1993年に、佐藤忠男のモンゴル映画選考において、そのうちの1本を目にする機会を得たが、技術面の稚拙さが目立っていた。



『春の夢』

「春の夢」(C)2016 LU FILM

 筆者にとり、今年の「FIFF」で最も面白い作品は、チャン・リュル監督(『キムチを売る女』〈05年〉)の『春の夢』である。
冒頭、1人の男ジョンボムは、工場の前から出てくる黒車に、コメツキバッタのように何度も何度も頭を下げている。哀れで情けない光景だ。彼には押しの効かないヤクザ、イクチュン、てんかん持ちで家賃収入で暮らすジョンビンという仲間がいる。
ジョンボムは脱北者で、北に美人妻を残してきたというが、誰も相手にしない風采の上がらぬ男。脱北者だとナメられ、工場勤めの給料の未払い。その支払いを求め、工場前で毎朝、頭を下げている。
この3人は、中国から来た若い女性イェリの経営するビニールハウスのような居酒屋に、毎日昼からたむろする。イェリは中国人の母が、韓国人の父と浮気しできた子で、父親会いたさに韓国へ来るが、父親は車いすで口がきけない障害者。彼女は生活のため居酒屋を営み、父親の介護に明け暮れ疲労困ぱいの様子。
そこへ駄目3人男が日長、暇つぶしに訪れ、彼女にとっても適当な息抜きとなっている。マドンナ的存在イェリと3人男の4人で映画を見に行った折、イクチュンが騒ぎ出し、彼女がいきなりキスをして口を封じ、彼が呆然とするあたり、作品のハイライトの1つである。
ホン・サンス監督張りに説明を省き、それがコメディーに弾みをつけている。映像はモノクロ、それぞれの昔を嫌でも思い起こさせる仕掛けだ。また、ジョンボンが北に残した美人妻が突然現れるシーンでは、カメオ出演として、シン・ミナ(『火山高』〈01年〉)が顔を出す。
とにかく身につまされる情けない男たちの、波乱万丈とは程遠いハナシだ。巧まざるユーモア、喜劇は頭で作ることを思い知らせる1作。
主演の3人組は、韓国の有能な若手監督、ヤン・イクチュン(『息もできない』〈09年〉)、ユン・ジョンビン(『許されざる者』〈05年〉)、パク・ジョンボム(『ムサン日記』〈12年〉)で、彼らは芝居がうまく、インパクトがある。
本作は、1980年代の韓国映画転換期時代におけるエース、イ・チャンホ監督作品『風吹く良き日』(80年)のアン・ソンギなどの3人組を彷彿させるおかしみがある。今映画祭の収穫だ。



観客賞次席作品

「バイオリン弾き」

 「FIFF」には賞がなく、唯一、観客による「観客賞」がある。審査委員会の賞より格落ちと思われがちだが、ばかにしてはいけない。観客の反応を見事にとらえる賞なのだ。次席だが、興味深いのがイランのモハマド=アリ・タレビ監督の『バイオリン弾き』である。
テヘランの雑踏でバイオリンを弾く少年の物語で、イラン作品らしく、脚本・構成がしっかりし、それにより人生の一端を垣間見せる密度の濃さがある。貧困故に路上でバイオリンを弾く少年、一度は、才能を見込まれ大舞台に立つところだったが、愛用のバイオリンを置き忘れ夢を断たれる。
注目すべきは、アジア作品の特徴として、その国の実情が浮かび上がる。例えば、イスラム社会の貧者への助け合い精神である。監督タレビもちょっと顔を出すあたり、同じイランのジャファール・パナヒ監督のドキュメンタリー『人生タクシー』(15年)で、彼自身がタクシー運転手として出演している作品と共通している。


頭脳ゲーム

「頭脳ゲーム」

 観客賞はタイの『頭脳ゲーム』が獲得。近年めきめき力を付けているタイ映画で、今作もその1本。舞台は高校で、主人公の成績優秀な女高生リンは、友人からカンニングを頼まれ引き受ける。しかし、彼女の頭脳に注目する周囲はハイテクを駆使し、タイ・豪州にまたがる一大カンニングを敢行。タイの若い世代のハツラツさと、危機一髪、ばれたら一大事の大カンニング事件のスリルが作品の見せどころ。



フィルム復元

「サンティとウィーナー」
 
アジア三面鏡『鳩』
(C)2016 The Japan Foundation, All Rights Reserved.


アジア三面鏡『死馬』
(C)2016 The Japan Foundation, All Rights Reserved.
 
アジア三面鏡『Beyond The Bridge』
(C)2016 The Japan Foundation, All Rights Reserved.

 タイ初の35ミリ長編の上映も
タイ初の35ミリ長編『サンティとウィーナー』(1954年)は、タイ国内では紛失されたと思われたが、近年原板の素材が国外、英国、中国、ロシアで発見、4K映像で復元化され、今年のカンヌ映画祭クラシック部門で上映された。
幼友達同士の盲目の少年サンティと、いじめられる彼を助ける少女ウィーナーの悲恋物語。
長じて、サンティ少年が仏門に入り、彼をあきらめて別の男性と結婚したウィーナーから、托鉢(たくはつ)するサンティにご飯などを施すラストは、仏教のご加護の考えが見られる。
他に『アジア三面鏡』は、アジアの人々の歴史や文化から、それぞれのアイデンティティを見出す趣旨の企画。3話からなるオムニバス形式で、フィリピンのブリランテ・メンドーサ監督の『死馬』、日本の行定勲監督の『鳩』(津川雅彦主演)、カンボジアのソト・クォーリーカー監督の『Beyond The Bridge』で、出品国の現代の問題が浮き彫りにされる。各作、全体的に引き締まり、観客を飽きさせない。



 









(文中敬称略)

《了》

映像新聞2017年10月9日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家