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『婚約者の友人』
戦争で恋人を失ったドイツ人女性
カラーと白黒映像で感情を演出

 フランスの中堅人気監督フランソワ・オゾンの新作『婚約者の友人』(2016年)が公開される。今や若手から中堅監督への域に達する彼は、デビュー当時からの瑞々しい才気で、フランス映画界の寵児(ちょうじ)として、もてはやされたが、彼の映画感性の良さは本作でも冴(さ)えている。

 
物語の発端は、あるドイツ兵士の墓地に見知らぬフランス人青年がたたずみ、何やら物思いにふけっている光景である。それを目撃するのは、亡きドイツ人兵士の婚約者であるアンナだ。 核となる人物は、ドイツ人の戦死者フランツと、見知らぬフランス人青年アドリアン、そして若いドイツ人女性アンナである。アドリアンとアンナは全く面識がない。この関係性が筋の主軸となる。


第一次大戦後の仇敵独仏

アドリアン(左)とアンナ(右)
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU

 時代は第一次世界大戦終了直後の1919年で、舞台はドイツの地方都市クヴェートリンブルグ。静かな石畳、昔ながらの低い家々と、往時の面影が保存されている。この舞台設定は、物語にリアリティーと重厚な雰囲気を与えている。
本作はモノクロとカラーの併用で、特にモノクロ部分が戦前のドイツの地方都市の古い街並みを際立たせている。


アドリアンとアンナ

アンナ
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU


 アンナは、亡き婚約者フランツ(原題は『フランツ』)の墓地でアドリアンと初対面する。青年はその足で、フランツの父で医者であるハンスに会いに行く。しかし、戦争直後のドイツは反フランス感情が強く、アドリアンはハンスから面会を拒絶される。ここに独仏戦争の、戦後の一面が写し出される。
その様子を見て、アンナはアドリアンのホテルに向かい、メッセージを残す。当時、若いアンナは身寄りがなく、本物の親子のようにハンス夫妻の家で暮らし、フランス人青年の話を聞くようにと、仲介の労をとる。



両親の気持ち

アドリアン
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU

 フランツは、フランス好きで、大戦前パリに遊学。そこでアドリアンとの交友があり、パリでは一緒にダンスホールへ行き、ルーブル美術館ではお気に入りの絵を鑑賞した思い出を語る。
父親のハンスと母親マグダは、長身で美男子であるアドリアンの礼儀正しさと繊細さに、夫妻の亡き息子フランツの面影を重ね合わせ、彼を夕食に招き、親密度を深める。



アンナの気持ち

墓地にて
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU

 アンナは、アドリアンがなぜドイツの片田舎に突然来たのか、その疑問を抱えつつも、フランツのパリ時代の親友ということで親しみを覚える。そして彼に誘われ、街のダンスパーティに出掛ける。長いこと、義理の両親宅に閉じこもりがちな彼女にとり、久しぶりのダンスとビールで、彼女自身も開放感を味わう。



意外な告白

アドリアンとアンナ
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU

  謎の青年との出会いと衝撃真実
ある時、プロのバイオリン奏者であるアドリアンは、ハンス夫妻に所望され演奏するが、突然気を失い倒れる。また別の機会に、彼は一家に招かれるものの姿を現わさない。
不安に思うアンナは彼のホテルを訪れるが、彼は外出中で、翌朝パリへ出発することを知らされる。アンナは、彼が墓地にいるのではと訪れてみると、案の定、アドリアンの姿があった。
ここで彼は、今までとは全く違う話を始める。実は、フランツとのパリでの交友はうそであり、戦場で偶然にフランツからアンナへの手紙を見つけ、ハンス夫妻一家の存在を知る。そして個人的弔意を表すために、敵兵フランツの墓地に詣でたのだ。
もう1つ、大きな謎がアドリアンの口から語られるが、ストーリーの中の大きなドンデン返しで、見てのお楽しみとする。


その後の2人

フランツとアドリアン
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU

 アドリアンの告白の後、2人は別れ、アンナ中心の物語となる。ここで、前半の大きなヤマからラストへと雪崩れ込む構成となり、オゾン監督自身の脚本の練りが光る。
アンナはアドリアンに好意を抱くが、真実に打ちのめされ入水自殺を図る。幸い一命を取り止める。ドイツから離れる際、彼は彼女に手紙を書くことを約束する。
長い間待たされた後に、彼から待望の手紙が届く。そこには彼が本当のことを自らハンス夫妻に直接話し、詫びたい旨がしたためてあった。ここからのアンナの反応が興味深く、作り手、オゾン監督の狙いがくっきりと浮かび上がる。



アンナのパリ行きの決心

ハンス夫妻一家と
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU

 息子の婚約者を我が娘のように可愛がるハンス夫妻は、親代わりともいえる存在である一方、フランス人アドリアンに対しても息子のような感情を抱き続けている。彼らは常にアドリアンの消息を心配し、彼からのアンナへの手紙を非常に気にしている。
厳格な医師であるハンスは、当初は敵国フランスを憎み、アドリアンを追い返すほどであったが、彼と接するうちに考えが変わる。ハンスは仲間内の集まりで、皆がフランスの悪口を言うが、「戦場に息子たちを送り出したのは、我々父親たちなのだ」とする、良識の人でもある。
夫妻のアンナに対する言葉が暖かい。ハンスは「息子を失くした後、生きて来られたのはアンナのお陰。今こそ彼女自身が外に出て生きる番」とアンナを励ます。マグダも「人生はこれから、チャンスを逃さないで」と、2人して彼女のパリ行きを勧める。彼らの心優しい励ましに背中を押され、彼女はアドリアンの消息を求め、パリへ向かう。




アドリアンを探して

ハンス夫妻とアンナ
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION - X FILME - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN-CLAUDE MOIREAU

 生死不明のアドリアンを探すアンナは、少ない手がかりを元に八方手を尽くし、とうとう彼を見つける。彼は地方名家の子息で、今は大きな館で母親と住んでいる。彼も告白の直後、自殺未遂を図ったこと、婚約者と1カ月後に結婚を控えていることを話す。
夕食後のミニ・コンサートでアドリアンのバイオリンに合わせ、アンナはピアノを弾くが、突然中断する。ちょうど、彼がドイツでバイオリンの演奏中に倒れたように。
この時点でアンナは、もはや自分の居るべき場所は自分で探さねばならないことを悟る。一段と人間的に強くなり、新しい人生を歩む決心をする。
作中、オゾン監督は1つの問題を投げ掛ける。ハンス夫妻への配慮からアンナは常に「アドリアンは元気」と、うそをつき続ける。うそとは否定的面でとらえるだけではなく、時には必要とされるのではないかとし、この考えは作中一貫している。面白い発想である。
映像的には、極めて興味深い試みがなされている。既述のカラーとモノクロの併用である。その使い分けは、過去はモノクロ、現在はカラーと定番的手法ではない。強い感情を表現する手段として、回想シーンやうそのシーン、幸せシーンにカラーを用いる。この使い分けが視覚的に心地よい。
原案は、エルンスト・ルヴィッチ監督のハリウッド映画『私の殺した男』(1932年)であり、オゾン監督が再構築し映画化した。
本作、格調が高く、筋の展開に乙張(めりはり)が効き、1人の女性の再出発というテーマをきっちり伝えている。オゾン監督の健在を強く思わす作品だ。




(文中敬称略)

《了》

10月21日からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

映像新聞2017年10月16日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家