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『第30回東京国際映画祭』
人類の未来考える作品に光

 東京国際映画祭は今年で30回を数える。わが国では唯一の総合的映画祭であり、作品ぞろえに関しては、世界的に良作の公開後であり、年度末後半という問題を抱えている。
本年は、コンペ部門ではこれぞという1本がなく、それぞれカバーするためか、トミー・リー・ジョーンズ審査委員長率いる審査委員会の授賞は総花的である。


環境問題に警鐘鳴らす

「グレイン」

 最高賞の東京グランプリには、トルコのセミフ・カプランオール監督作品「グレイン」が選ばれた。近未来SFで、人類の将来は過度の消費で危機にひんしているとの大前提で、そのために特殊な麦の粒を探す遺伝学者の終わりなき旅を描き、示唆するところが多い。
やはり、環境問題、特に地球温暖化に警鐘を鳴らすアメリカ元副大統領アル・ゴアの長編ドキュメンタリー「不都合な真実2:放置された地球」がクロージングで上映された。これらの作品から、人類の危機がどんどん迫る現実に気づかされる。
現代の中国の社会状況に触れ、最優秀男優賞と最優秀芸術貢献賞のダブル受賞に輝く、中国のドン・ユエ監督の「迫り来る嵐」は見るべき一作である。地方都市の工場労働者が女性殺人事件に巻き込まれる物語である。さびれた工場の街がバックにあり、その陰鬱(いんうつ)な雰囲気が何とも寒々しい。全編雨のシーンで映像効果を上げている。
ドイツの大物監督、マルガレーテ・フォン・トロッタの「さようなら、ニック」は今までの彼女の作品と異なる味わいの、大人の恋愛劇である。大金持ちに離婚された前妻と元妻が、慰謝料代わりの豪華マンションで共同生活を送るというアイデアが面白い。


極限状態の人間関係

「シリアにて」(ワールド・フォーカス部門)


 コンペ以外の作品だが、ワールド・フォーカス部門の「シリアにて」(フィリップ・ヴァン・レウ監督、ベルギー/フランス/レバノン)は特筆に値する。
2012年、ISが実効支配するシリアのアレッポで起きる、極限状態の中の人間関係を描くヒューマンドラマである。廃墟と化した街のわずかに残る建物内には、男手不在の大家族、隣人が身を潜めて暮らす。いつ被弾するか分からぬ恐怖、外はスナイパーの銃口、一時たりとも心休まる状態ではない。さらに、強盗が現れる。彼らは乳児を抱える若い母親である隣人を襲うが、彼女とは別に台所に潜む家族たちは、なすすべもない。ここに見られる人間への信頼の断裂は身を切る痛みであり、生きるために他人が犠牲にならざるを得なかった苦渋の選択への問い掛けが鋭い。本映画祭の傑作の1本である。
最優秀監督賞のエドモンド・ヨウ作品「アケラット−ロヒンギャの祈り」は、今問題となっているミャンマーからマレーシアに逃れた少数民族ロヒンギャを扱っているだけに注目された。しかし、ロヒンギャを直接描かず、紛争の本質が見え難いところが食い足りない。アケラットとは、ロヒンギャの言葉で「来世」の意。
日本作品「勝手にふるえてろ」(観客賞)(大九明子監督、綿矢りさ原作)は、前半は若い女性の本音のさく裂が心地良いだけに、後半のリズムの緩さが気になる。ただし、本作、世代により受け取り方が違ってくる仕立てで、若年層には受けている。

 



(文中敬称略)

《了》

しんぶん赤旗「文化の話題」欄
2017年11月10日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家