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『人生はシネマティック!』
英国「戦意高揚映画」製作に舞台裏
地味ながら奥深さ感じられる

 『人生はシネマティック!』(以下『人生は』)(2016年/英国、ロネ・シェルフィグ監督、117分/原題『Their Finest』)は、英国映画独特の落ち着き、セリフのうまさ(話の進め方)があり、地味ながらコクのある作品だ。そして製作は、良質な映画作りで定評のBBCである。


ナチスの空爆

執筆中のバックリー(左)とカトリン(右)
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 舞台は、第二次世界大戦時のロンドン。1940年7月、ナチス・ドイツが英国を初爆撃した時期である。ドイツ空軍の脅威にさらされ、首都は戦時体制に入る。一方、ドイツ軍の快進撃により、英国の敗色は濃厚となる。




困難に立ち向かう

執筆中の疲れ
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016


 空爆以前の1939年9月に、英国は対ドイツ宣戦布告をし、「正義の戦争」へ突入、堂々たる国威高揚ぶりであった。しかし、破竹の勢いのドイツ軍は、ベルギー、パリを陥落させ、7月のロンドン初空爆以降、英軍は戦意を失った。そこで困難に立ち向かうために情報省映画局は、戦意高揚映画製作に力こぶを入れる。
戦時の国民の士気高揚を狙う、この種の製作は当然であり、その典型がヒトラーの元で宣伝相ゲッペルスが盛んに国威発揚作品を製作した事実がある。日本は、中国戦線の宣伝工作のため満映を設立する。
さらに満映以外に国内でも多くの作品が撮られた。例えば『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年/山本嘉次郎監督)、同監督の『加藤隼戦闘隊』(44年)が有名である。
宣伝ではなく、ほかに抵抗映画の傑作として『海の沈黙』(47年/ジャン・ピエール・メルヴィル監督)や『鉄路の闘い』(45年/ルネ・クレマン監督)がある。



戦時色一色のロンドン

救出の一場面
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 男性は徴兵され、女性は工場での労働に駆り出される。戦時中では、実質的にけん引車となる男性たちが払底し、『人生は』のような女主人公を登場させることとなった。ここに、女性が社会の前面に躍り出ることを、本作は意図的に取り上げており、この点が『人生は』の隠れたメッセージとも受け取れる。
主人公のカトリン(ジェマ・アータートン)はコピーライターで、1本も脚本を手掛けたことのない、言わば素人。その彼女の才能に目を付けたのが情報省映画局特別顧問で脚本家でもあるトム・バックリー(サム・クラフリン)だ。このコンビが実質的に映画の脚本を書く。
カトリンは既婚者であり、夫のエリスはスペイン戦線で足を負傷した身障者だが、本人は画家志望で、家計はカトリンのわずかな稼ぎが頼りである。この彼、ある時「2人では生活できないから、故郷へ帰ってくれ」と妻に申し渡す、薄情者である。ここが、カリトンが決断を促すラストの大きな伏線となる。



美談のデッチ上げ

救出話の取材
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 まずは物語の検討だが、あらかじめ用意されたのは、いかにも情報局が飛び付きそうな愛国戦時高揚ズバリのネタである。かなり有名な実話もどきの話で、双子の姉妹が父親の漁船を海に漕ぎ出し、「ダンケルクの戦い」(英軍の敗走)でドイツ軍の包囲から撤退する英国兵を救うという、絵に描いたような愛国美談である。
彼女の上司バックリーとの共同執筆で、カトリンはシナリオ・ハンティングのため、双子の姉妹を訪ね、話の細部を確認する。本当のところは、世間で流布されている感動秘話とは程遠く、ダンケルクから出た漁船が途中でエンストを起し、曳航(えいこう)船に引っ張られるところで兵士たちを救っただけで、姉妹とは無関係。この話を、地元紙がもっともらしく美談に仕立て上げたのが真相であった。
いわゆるメディアのデッチ上げで、昔からこの種の話はゴマンとある。ここに映画作りのいい加減さがある。話の辻褄(つじつま)が合わなかったり、中心人物が途中で消えたりの脚本は珍しくなく、世の中では、でたらめな話を「まるで映画みたい」と言う表現があるくらいだ。



いよいよ執筆

カトリン
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 カトリンとバックリーは、都合のいいところを張り合わせ、もっともらしい話を組み立て、シナリオを構成するが、すんなりと話は運ばない。情報省は、不利な戦況を打破するために米国の参戦を期待し、パイロット役に本物の米国人パイロットの起用を要請するが、この素人俳優は全くの大根。NGを23回重ねる始末で、スタッフ一同頭を抱える。
その要望を演説する陸軍長官が、大俳優ジェレミー・アイアンズで、彼が脇を固める豪華布陣には息を呑む。このように、小さなエピソードと会話でつなぎ一編の脚本が完成する。大仕掛けのアクションやミステリータッチではなく、不断の展開で話を持たす脚本家ギャビー・チャッペの腕力、とても長編第1作とは思えない。


カトリンの事情

防空壕のロンドン市民
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 問題山積の脚本執筆、情報省の圧力、かつての大スター、アンブローズ(ビル・ナイ)のわがままなどに悩まされるカトリン。個人的には夫のエリスが画家として認められ、ロンドンで個展を開くことになるが、ロケ現場に釘付けの彼女は展覧会に行くわけにはいかない。彼女の心情を察してか、上司で仕事仲間のバックリーの配慮で、ロケを寸時抜け出し、夫の元へ馳せ参じる。
いざ自宅へ戻ると、夫エリスは別の女性とベッドでお楽しみ中。嫉妬(しっと)というより、むしろ何でこんな男性に夢中になったのかと、自分自身にあきれ返る。そして、何かサバサバした気分でロケ現場に戻る。
この心境の変化が彼女の新しい人生の第一歩の鍵で、脚本の狙いでもある。



気持ちのすれ違い

アンブローズ(左)、バックリー(中)、カトリン(右)
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 仕事一筋のカトリンに対し、バックリーはちょっと距離を保ちながら、やさしく接する。しかし、脚本に対し不満がある彼は、素直に自分の気持を外へ出せず、思わず口論となる。
気まずい間柄となる2人だが、カトリンは一計を案じ、脚本に自分の気持ちを思わす一節を、最終稿に潜り込ませ、間接的ながらも仲直りする。
その後、ドイツ軍の空爆により2人は永遠の別れをせねばならない。未完の2人の愛ではあるが、ここには真摯なラブストーリーが説得力を持ち、見る側に伝わる。




英国映画の資質

ロケ現場のアンブローズとカトリン
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 際立つ人間の描写の面白さ
『人生は』は、英国映画のエッセンスが隙間なく塗り込められた作品といえる。一見地味そうに見えるが、内容にはコシがあり、見る者を画面の中に引き入れる力がある。
カトリン夫婦のような人間同士の日々の営み、戦時中のロンドン空襲を内面の柱とし、撮影風景と脚本の製作の様子が外面を飾り、1本の映画作品の産みの苦しみが語られる。しかし、この苦しみは、つらいようでありながら映画製作の持つ、良くも悪くも、いい加減さがある。そこがユーモアとなり人々はホッとする。
硬軟入り混じる揺さぶりに話の展開の面白さが加わる。手法としては、政治的テーマで戦争を大きな背景とするには違いないが、その大問題よりも、社会の、そして日常の中でうごめく人間の描写の面白さが際立つ。
監督は女流のデンマーク人のロネ・シェルフィグで、58歳の彼女は既にベテランの域に達し、『17歳の肖像』(2009年)で世界的に認められた。近作は『ライオット・クラブ』(14年)である。
昨今の日本における洋画界では、若者がヨーロッパ映画を見ない傾向があり、シェルフィグ監督もその風潮のため、わが国ではほとんど知られていない。
映画的に資質の高い本作、注目されることを期待する。




(文中敬称略)

《了》

11月11日から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

映像新聞2017年11月6日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家