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『ヒトラーに屈しなかった国王』
ノルウェーへのナチス侵攻の3日間
論を尽くし真に至る思想が存在

 一連のナチスものが続々と映画化されている。描き方も、角度を変え多角的だ。ナチスの各国への侵攻の中で、これまで取り上げられなかった国も登場するようになった。その1本が、ノルウェー作品『ヒトラーに屈しなかった国王』(2016年、エリック・ポッペ監督/近作『おやすみを言いたくて』〈13年〉)である。

 
ナチス・ドイツは第二次世界大戦で、欧州諸国において、1939年のフィンランド侵攻を皮切りに、フランス、ポーランド、チェコ、デンマークなどへ兵を進めている。しかし、ノルウェー侵攻については、多くは語られていない。
ナチスによるノルウェーの首都オスロ侵攻の1940年4月8日から10日までの3日間を、物語は取り上げている。ドイツ軍のオスロ侵攻は、ノルウェー最北端ナルヴィク港から戦争に不可欠なスウェーデン製鉄鉱石を積み出すという軍事目的があった。この資源確保行動は、旧日本軍の石油目当てのインドネシア侵略と同じ構図だ。



ホーコン国王

ホーコン国王
(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Vast/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures

 ナチスと対峙するのはホーコン国王(1872−1957年)である。1814年から1905年まで、ノルウェーはスウェーデンと連合王国を形成していた。そして、1905年に連合を解消し、独立国ノルウェーとなる。
この際、国王を国民投票で選び、国王には本作の主人公ホーコン7世が即位した。欧州では、王制を敷く国々、英国、スウェーデン、デンマーク、ベルギーなどがあり、ホーコン7世はデンマーク国王の2男であり、王妃マウドは英王室出身と、王族間の婚姻が一般的であった。
本作の中心人物、ホーコン7世は、国民投票により民主的に選ばれ、王室の存在の根拠は民主主義以外にはないとの強い信念の持ち主だ。


3日間の初日

逃避行
(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Vast/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures


 1940年4月8日は平穏な1日で、国王は王宮の庭で孫と戯れ、上機嫌であった。そこへ、ナチスがオスロに侵攻のニュースが入る。オスロ湾に面するオスカースボルグ要塞にはナチスの軍艦が入り、刻一刻と首都オスロへと迫る。急な侵攻であり、国王や政府の面々は慌てふためく。
待機するノルウェー海軍は、中央からの指令が届かず、じりじりと待つが、司令官の独断でドイツ軍艦を攻撃して撃沈させる。この時点がドイツのオスロ侵攻の始まりだ。
その緊迫の事態の中、ドイツ公使ブロイアーが外務大臣に降伏協定の署名を迫るが、ノルウェー側は拒否。ブロイアーは内心、戦争を避け対話による事態の鎮静化を図る意図を持つが、仕方なくヒトラーの命令を伝える。
彼はナチス体制内の良識派に属するタイプの外交官だが、後に本国に召還され、懲罰徴兵として戦線に送られ、8年間ソ連の捕虜となり、戦後に死亡した不運な人物として描かれている。



国王一家の退避

ドイツ公使(右)
(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Vast/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures

 身辺に迫る危険を避けるため、王室一家、閣僚たちは、オスロから125?北のハーマルへ雪の中を列車で退避。首都の王宮、官庁は一夜にしてもぬけの殻となる。
国王は、息子のオラフ皇太子(後の国王オラフ5世)をはじめとし、孫までも連れて退避した。戦況悪化の中、国王は「家族は常に一緒」の持論を曲げない。この彼の考えは、生涯変わることがなかった。
そして演出上の性格描写として、いつもは厳しい表情を崩さぬ国王も、孫と一緒の時は好々爺(こうこうや)の表情へと変わる。



国王と皇太子の関係

皇太子夫人親子
(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Vast/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures

 国王は、民主主義の大原則である話し合いを重んじ、息子のオラフは抗戦派で、ドイツとの一戦を主張。親子の口論がしばしば起きる。その中で、ノルウェーの警視総監はブロイアー公使の元を訪れ、ノルウェー国として、交渉を強く望むことを伝える。何としても戦火を避けたい国王の強い意志の表れである。
しかし、その間にドイツ軍の侵攻は着々と進み、事態は悪化する。ブロイアー公使は、ドイツの方針に反し、対話を望み、ドイツ、ノルウェー間の関係修復の希望を捨てない。彼は、武闘派のナチスのオスロ駐在組の中で浮いた存在となる。


傀儡(かいらい)政権

臨時会議
(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Vast/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures

 この困難な時期に問題が発生する。ノルウェーの極右で極少政党、国民連合(NS)代表のクヴィスリングがクーデターにより政権の座に就くことになり、国王を困惑させる。
ちょうど、フランスの親ナチス、ヴィシー政権のペタン将軍のケースを思わす。ドイツの降伏要求、親ナチス政権の誕生と、国王は極めて困難な状況に立たされる。



国王の決断

ドイツ公使たち
(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Vast/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures

 ドイツ公使ブロイアーは、孤立無援ながら、ヒトラーの直接の命令とあって、再度、退避中の国王への最終的会談を求める。最後通告を突きつけるドイツ公使は、あくまでも降伏を迫る。国王は、苦渋の決断で降伏を拒否する。
4月9日、デンマークの実兄の王は、全土をドイツ軍に包囲され、無用の血を流すことを避けたい配慮からドイツ占領を受け入れる。この決断を知らされた国王は、揺らぐことなくドイツの要請をはねつける。
彼がドイツの要求を拒めば、その報復として、国民の生命や財産に甚大な被害をもたらす可能性は熟知していた。しかし、彼自身、国民投票により選ばれた国王であり、民主主義を保つ誇りと同時に、自身の決断が国民の総意の尊重にあると確信していた。民主主義と王室の存在の在り方を、そして王室に対する国民の支持と敬愛が国王の決断を支えたのだ。降伏要求をのめば、立憲君主として退位せざるを得ない覚悟でもあった。



国王の選択

議会の国王
(C)2016 Paradox/Nordisk Film Production/Film Vast/Zentropa Sweden/Copenhagen Film Fund/Newgrange Pictures

 究極の選択を迫られる国王
ホーコン国王は降伏を拒否し、泣く泣く家族をスウェーデンへ避難させる。自身は英国に亡命し、同国のラジオ放送で国内のレジスタンスを鼓舞する立場となった。
1945年5月8日にドイツ降伏。5年のドイツ占領を経ての終戦。国王は兄のデンマーク王と逆の決断をすることは、彼がいかに民主主義を守ろうとした証しではある。しかし、占領されたノルウェー国民は、戦中に辛酸をなめたことは想像に難くない。
この両国の決断の評価は微妙である。この点が本作を見て引っ掛かる部分だ。まさに「あなたならどうするか」である。しかし、民主主義を擁護する国王の信念は認めるに値する。



対話

 本作、視点を変えてみれば、対話に関する考察ともいえる。ドイツ公使の降伏要求の署名でも、対話も選択肢となっている。また、国王と皇太子の口論も対話である。論を尽くし、真に至る思想が本作には存在する。日本の場合、会話はあっても対話はない文化であり、議論を闘わす、西欧文化と大きな違いを思わざるを得ない。
ノルウェーにおけるナチス侵攻の物語、人間の自負の視点からも『ヒトラーに屈しなかった国王』の信念は、記憶にとどめる必要がある。



(文中敬称略)

《了》

12月16日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中

映像新聞2017年12月18日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家