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『第18回東京フィルメックス』
アジアの若い才能発掘を目的に開催
各国ごとに強固なファン層

 「第18回東京フィルメックス」(以下、「フィルメックス」)は11月18−26日の8日間、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで開催された。アジアの若い才能発掘を目的とする本映画祭、的が絞られているだけに凝縮感がある。
 
「フィルメックス」は、年間予算1億円弱(推定)と、地味で低額な映画祭であるが、日本の映画祭の中では世界的に一番評価されている。なぜなら、映画祭のポリシーが明確であるからだ。少額予算であるだけに、緊縮振りは徹底している。毎年の審査員には、なぜこの人がと思う起用があり、他人様の作品を審査する前に、もっと自身で勉強したほうがよい映画人が散見する弱点も見られる。
一方、何で選ばれたのか、選考以前の作り手の製作意図を疑う作品がある。しかし、若い観客には、それが結構受け、見方による世代差をつくづく痛感させられることもある。



観客層

 「フィルメックス」の大きな特徴は、アジア各国ごとの強固なファン層を抱えていることである。すべての層と接触があるわけではないが、特に韓国映画層は厚く、研究会を思わせるほどだ。ほかに台湾、中国、フィリピン、マレーシアなどにもファンが付いており、彼らは実に良くその国の映画に通じていることに驚かされる。
「フィルメックス」では、スクリーン前方がマニア諸氏の指定席であり、Q&Aの時は、その席からの質問が多い。前から埋まるのは当映画祭のみだ。


シルヴィア・チャン監督の家族ドラマ

「相愛相親」


 今回随一の作品は『相愛相親』
香港・中国作品で、大女優、シルヴィア・チャン主演・監督の『相愛相親』は、今回随一の作品であろう。物語構成がしっかりし、俳優陣の芝居も堅固で、現代中国の社会問題も背景として据えられている。ひと言でいえば、完成度が高いのだ。
ちょうど、香港映画界の女流監督の重鎮アン・ホイ(1947年生まれ、代表作『客途秋恨』〈90年〉、『女子・四十』〈95年〉など)を彷彿させる力がある。ホイ作品には庶民の情の交流と現実が織り成すドラマが、格調高く描き込まれている。チャン監督には大先輩ホイ監督を現代風に装うモダンさがある。
物語は、シチュエーションの設定が面白い。主人公ホェイイン(シルヴィア・チャン)は母を看取り、遺骨を故郷の墓へ埋葬することになる。故郷には、父が若いころ出奔し置き去りにした妻ナナが、1人暮らしで生存している。父には2人の妻がいたことになるが、彼は一度も帰郷せず、ナナは夫の帰りを待っていた。
いざ埋葬となると、今まで考えもしないナナの頑強な抵抗に合い、おまけに村人たちもホェイインに立ち向かおうとする。這う這うの体(ほうほうのてい)で骨壺を持って家に戻る一家。母の遺骨は宙に浮く。しかし、お骨が宙を舞う話ではなく、物語はオーソドックスに進行し、都会のホェイイン一家の手で、故郷から遠く離れての納骨となる。
人間の意地の張り合い、骨壺を巡る家族間のギクシャクした雰囲気などが「分かる、分かる」とばかり、身につまされる話として展開される。一家の中心たるホェイインの夫役に、巨匠の田壮壮(代表作『青い凧』〈93年〉)が扮(ふん)している。
彼の夫役は、すべてにはっきりしない、女房の顔色を見てばかりの男の芝居だが、大した役者振りだ。彼の監督作品は、最近目にしなかっただけに、これは驚きだ。



女性のドク

「殺人者マルリナ」

 監督は女性、そして、主人公も復讐に燃える殺人鬼と化した女性と、ドクが山盛りのコンペ作品が『殺人者マルリナ』(モーリー・スリヤ監督、インドネシア・マレーシア・タイ製作/最優秀作品賞)で、舞台はインドネシアの荒廃した丘陵地帯の村。監督のスリアは37歳のインドネシア女性で、今作が第3作目の若手である。
とにかく毒々しいのだ。主人公マルリナは夫を亡くしたばかりの1人住まいで、そこに強盗団が押し入る。最初に親分が1人でズカズカと女1人の住居に踏み込み、後から子分が加わり酒食を要求。従うより他に手がない彼女は、鶏スープに毒を盛り、宴会中の子分たちを先ず片付ける。親分は、隣室のベッドで彼女を待ち構え強姦するが、男のすきを突き、太刀で首をはねる。ここからが女1人の復讐劇となるが、かなりエゲツない。
親分のはねた首を片手に警察に訴えるが、相手にされず帰宅する。その途中、臨月間近の妊婦と知り合い、家に連れ帰ると、残りの子分2人が、またもや乱暴狼藉を働く。身動きもままならぬ妊婦の一計で、抑え込まれたマルリナを助ける。西部劇張りの復讐劇であり、エロ、暴力満載である。
本作の言わんとするところは、受賞作品講評で述べられている。「敵は男、性的暴行などに打ちひしがれる哀れな女を演じるのは、もう止めよう」と闘う女性を鼓舞している。
珍品には違いないが痛快な1作。本作を面白がる審査員も良いセンスをしている。最優秀作品賞同時受賞作品は、同じインドネシア女流監督カミラ・アンディニの『見えるもの、見えないもの』である。




異色のドキュメンタリー

「シャーマンの村」

 出品歴4回を数える、中国のユー・グァンイー監督の新作ドキュメンタリー作品『シャーマンの村』は、「フィルメックス」の選考でも稀有な存在だ。
作品舞台はハルピンから230?の寒村。社会的インフラが及ばない貧しい地方で、現代でもシャーマン(呪術者)は存在する。そのことは、この地における医療の遅れに端を発するが、シャーマン自身、いずれは消えゆく職業である。そのシャーマンの1人の老人を4年間にわたり追い続けたのが本作。シャーマンのトランス状態が、見る側にも伝わる迫真性がある。
このドキュメンタリー、観客の存在は考えていないフシがある。辺地の貧しい人々を追うだけに、商売としては成り立っていないようだ。監督自身は版画家でもあり、そちらで食っているそうだ。それでも撮るグァンイー監督の、対象に対する異常ともいえる好奇心と愛情を感ぜずにはいられない。そこを「フィルメックス」がほれ込んだのであろう。映画祭自身の英断である。


他の異色作

「山中傅奇」

 まず特筆すべきは、特別招待クラシック作品、1979年、武侠(ぶきょう)の歴史的傑作、中国のキン・フー監督の『山中傳奇(でんき)』のデジタル修復版の上映である。2016年にベネチア映画祭でワールド・プレミア上映された。GG以前のワイヤーによる武侠アクション作品で、現在のクンフーもののオリジナルとも言える。

「氷の下」

コンペ部門の中国作品『氷の下』(ツァイ・シャンジュン監督)は、フィルム・ノワールタッチで、ロシア・中国国境の極寒地方で起こる殺人事件を扱っている。最後は一転、暗い世界から海南島のリゾート風景で締める、しゃれた話となっており楽しめる。
日本作品(特別招待で、観客賞受賞)、原一男監督ドキュメンタリー『ニッポン国VS泉南石綿(せんなんいしわた)村』は、アスベスト公害裁判闘争の8年間の記録。今回の審査委員長を兼ねる、原一男監督の力(りき)のある一作。
もう1本の日本作品は園子温監督作品『東京ヴァンパイアホテル 映画版』であり、本来はアマゾンプライム・ビデオのドラマシリーズ作品。異次元のバイオレンスものとしての破茶目茶さはあるが、この手の作品はホラー好きの若者、オタク世代をターゲットとしたのであろうか。怪作である。

「ニッポン国VS泉南石渡村」
(C)疾走プロダクション
「東京ヴァンパイアホテル」
(C)2017NIKKATSU

 



(文中敬称略)

《了》

映像新聞2017年12月25日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家