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『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』
ナチスものと同時に優れた家族ドラマ
何より大事な命の尊重を訴える

 現在、ヨーロッパ映画界では、ナチスを取り上げる作品が多い。ナチスの戦争犯罪、加害者としてのドイツ一般市民、占領された国の人々、そしてナチスの犠牲となった人間や動物など、さまざまな角度からとらえられている。1945年に第二次世界大戦が終結し、73年後の現在、ナチス関連作品が堰(せき)を切ったように出現することは、発表するまでに多くの困難があったことを物語っている。


人間と動物の命の重さ

アントニーナと子ライオン
(C)2017 ZOOKEEPER'S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

 今回紹介する作品は『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』(原題「The Zookeeper's Wife」/米国製作)である。原作は、ダイアン・アッカーマンのノンフィクション作品『ユダヤ人を救った動物園 ヤンとアントニーナの物語』(亜紀書房)だ。
描かれる時代は1939年、ドイツ軍によるポーランド侵攻直前であり、舞台はワルシャワ動物園(私立経営のようだ)。ヤン(マイケル・マケルハットン)とアントニーナ(ジェシカ・チャステイン)の夫妻が経営するもので、当時の欧州では最大の規模を誇った。
象や河馬、虎のいる動物園を経営するならば、一般的に言えば行政の担当だが、私営とは驚きだ。ナチスの犯罪行為が動物にまで及んだ証言である。


ユダヤ人救済

コルチャック先生(中央)と孤児たち
(C)2017 ZOOKEEPER'S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.


 300人を地下室に匿った夫婦
ナチスの絶滅収容所送りのユダヤ人を救う話はいくつかある。代表例がオスカー・シンドラーで、彼がドイツ軍占領下のポーランドにある自社軍需工場で、労働者として徴用されたユダヤ人を救ったエピソードである。
もう一つ、ナチスに迫害された多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの亡命を手助けした日本人外交官杉原千畝がいる。ワルシャワ動物園のヤンとアントニーナ夫妻は、300人のユダヤ人を動物園の地下に匿(かくま)ったことで知られている。
本作は、彼ら夫妻の戦前、戦中を描いている。



平和なひと時

ヤン(左)とアントニーナの夫妻
(C)2017 ZOOKEEPER'S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

  朝陽の射すベッドルームでは、妻のアントニーナが目を覚ます。大きなベッドには幼い娘と白いライオンの子が眠っている。胸には猿らしい小さな動物を抱えている。そして、彼女の日課が始まる。
まず、来園客の待つ門を開け、自転車で園内を一周し、それぞれの動物の様子を見て回る。口笛に誘われ、一匹の子ラクダが自転車を追う光景は何とも可愛らしい。あふれんばかりの幸せな毎日が映し出される。



ナチスの侵攻

動物園
(C)2017 ZOOKEEPER'S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

 しかし、1939年9月1日にドイツ空軍は爆弾を落とし始める。侵攻の第1弾である。動物園も被害に遭う。動物たちも恐れ、騒ぎ、逃げ惑う。平和が破られた瞬間だ。
ほどなくドイツ軍は戦車を先頭に国境を侵攻する。他方、東部国境からはソ連軍が進撃、ポーランドの国運は尽きる。国土の両側から挟み撃ちされたポーランド政府は降伏を拒み、亡命政権を維持し抵抗するが、国民は1945年の終戦まで苦しむこととなる。
地政的にポーランドは、ドイツ、ソ連と隣接し、多大な犠牲を強いられる不幸な立地が災いしている。



ドイツ軍の接収

地下のユダヤ人
(C)2017 ZOOKEEPER'S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

 侵攻したドイツ軍は動物園の広い土地に目を付け、養豚場にする。一方、夫妻は、取り敢えず1人のユダヤ人婦人を匿うことになる。その後どんどん増えるであろうユダヤ人の扱いについて、夫妻は話し合う。
多くのユダヤ人は強制収容緒所であるゲットーに入れられる。そして、彼らは、家畜のようにぎゅうぎゅう詰めとなり、貨車で死の絶滅収容所へ運ばれる。このゲットー入りを避けるのが夫妻の願いで、彼らは、動物園を一時避難駅とし、その後各地へ亡命させる腹積もりである。




占領軍の地区責任者

ヘック(ドイツ軍将校)
(C)2017 ZOOKEEPER'S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

 接収した動物園のドイツ軍責任者ヘッタ(ダニエル・ブリュール)は、ヒトラー直属の動物学者で、絶大な権力を振う。しかし、バイソンやほかの大きな動物は平気で射殺し、園内は小動物だけとなる。
この彼はアントニーナに横恋慕し、いろいろと仕掛けてくるが、彼女はさりげなくかわす。




通行証の発行

家族
(C)2017 ZOOKEEPER'S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

 ある時、ヤンのところにポーランドの労働局長が突然訪れる。用件について、なかなか本題に入らない彼だが、要は偽の通行証の発行を持ち掛けてきたのだ。これがあれば、ユダヤ人たちはより簡単に亡命が可能となる。婉曲(えんきょく)な言い回しの手助けであり、ポーランド人同士の連帯だ。



生ゴミ収集車

 動物園の地下には、ユダヤ人が次々と密かに運ばれる。彼らは、収集された生ゴミの下に潜り込み、動物園へ送られる。トラックの運転手はヤン、元々彼も博士号を持つ動物学者であることは、労働局長の訪問で明らかになる。その彼は、今やユダヤ人救出のための生ゴミ収集車の運転手役である。


アントニーナの真情

 増え続ける匿うユダヤ人たち。その数の多さにヤンは音を上げ、アントニーナに事実を告げる。それを聞いた彼女は、涙ながらに「自分は正しいことをしたい」と話す。
このひと言がユダヤ人隠しの動機である。彼女はこの信念に突き動かされ、ユダヤ人の面倒、残された小動物や家族の世話を焼く。



コルチャック先生

 映画や芝居にもなった、ユダヤ系の小児科の医師であるコルチャック先生(ワルシャワで孤児院を経営、1878−1942年)と200人の孤児たちの物語は有名である。
ヤンはたまたま先生と話をする機会があり、自分の手助けによる亡命を勧める。しかし、先生はこの申し出を拒否し、1942年8月5日に孤児たちとトレブリンカ絶滅収容所行の列車に乗り込んだ。



ヤンのレジスタンス参加

 占領下のワルシャワでもポーランド人のレジスタンス活動があり、ヤンも独軍との銃撃戦の先頭に立つ。そのうちの最大の戦いが「ワルシャワ蜂起(ほうき)」で、ほかに、物資輸送などの妨害で戦いを挑んだ。ヤンはアントニーナに秘密で、この戦いに参加していた。


妻の決断

 ヤンはレジスタンス活動で生死がはっきりせず、妻のアントニーナは、やむにやまれず、ドイツ軍のヘックの部屋を訪ねる。夫の消息を尋ねるために。彼女はドイツ軍人の餌食になることは覚悟の上である。
ここに、自分の性(さが)は自分で決める「女性の解放」の意図が透かし見える。隠れた小さなメッセージだが、見落としてはならない。



動物園の再開

 ヤンも、動物園の従業員も、ドイツ降伏後動物園に戻り、再開され、今もワルシャワに現存している。
この物語の言いたいことは、戦争に絡みいろいろあるが、一番大事なことは人間、そして動物の命の尊重である。当り前の話だが、重い意味がある。ナチスものであると同時に、優れた家族ドラマでもある。






(文中敬称略)

《了》

2017年12月15日公開、TOHOシネマズみゆき座他にて全国ロードショー

映像新聞2018年1月1日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家