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『ベロニカとの記憶』
老いと青春の二面性を描く
友人の遺品が呼び覚ます過去の真実

 英国映画『ベロニカとの記憶』(以下『ベロニカ』/リテーシュ・バトラ監督/2015年製作)は、老いとその裏側の青春の二面性について考えさせる作品だ。時代は現代、舞台はロンドン。同じ英語圏作品でも、米国と英国とでは風合いが異なる。さらに、BBCフィルムが製作に加わり、作品の質を保証している。


英国人で固めた出演者

ベロニカ(左)とトニー
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

 ロンドンを舞台に英国名優が好演
主役である年金暮らしトニー・ウェブスターには、ジム・ブロードベントが扮(ふん)し、彼は「ハリー・ポッター・シリーズ」でも知られる名優。英国には中年世代にうまい役者が多く、彼もその1人だ。
主人公のベロニカ・フォードは、シャーロット・ランプリングが役を実にうまくこなしている。彼女は、リチャード・レスター監督(英)の『ナック』(1965年)で映画デビュー、長い芸歴の中、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『地獄に落ちた勇者ども』(69年)で一躍国際的スターとなる。英語もフランス語も堪能であり、フランスでの知名度が高い。ほかのメイン俳優も英国人で固めている。
監督は、現在38歳の若手リテーシュ・バトラ(インド)で、デビュー作『めぐり逢わせのお弁当』(2013年)の世界的ヒットにより、その映画的センスが認められ、今回の起用となった。  
  


原作

トニー
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC


 原作の小説は、英国を代表する作家の1人、ジュリアン・バーンズの「終わりの感覚」(2011年/新潮社刊)である。本作、英国で最も権威のあるブッカー賞を得、バーンズ作品の最高傑作とされている。
原作を生かす脚本は、今年で34歳の英国人人気劇作家ニック・ペインで、ブロードウェーでも高い評価を得ている。映画脚本は今回が初めてとなる。



主人公

ベロニカ
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

  ベロニカは、もちろん本作の主人公には違いないが、作劇的にはトニーが物語を引っ張っている。彼は年金暮らしで、ロンドン市内にライカを中心とする中古カメラ店を趣味的に経営している。
一度、弁護士のマーガレットと結婚したが、その後、離婚。しかし、何かあればいつも話し合う仲で、いつも元妻から、別れた夫婦にあり勝ちな、遠慮のない嫌味をかまされている。
彼らの共通の話題は、シングルマザーで近々出産を控えている娘のスージーのこと。マーガレットが忙しい時は、いつもトニーが妊婦教室への送り迎え役となる。いわば、彼は高学歴の男やもめで、決して広くはないが快適な住居で毎日を送っている。



映像的展開の凝り方

トニー宅 台所にて
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

 話の展開として、まずトニーの日常が描き出される。そして、話の本題へと進む構成である。映像的には、主として学生時代はモノクロ、現代はカラーと使い分け、フラッシュバックが効果的である。


遺品

妊婦教室で
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

 ある日、トニーのところに法律事務所から奇妙な遺品の受取人に指定する文書が届く。訳の分らぬ彼は、早速法律事務所へ参上。この事務所の受付は、広々と開放的な作りである。生活感あふれるほかの建物と全く違う超モダンで、作り手の狙いとしては異次元の入り口というたたずまいとなっている。
遺品の送り主は、学生時代の恋人ベロニカの母のセーラ(エミリー・モーティマー)である。その中に、自殺した親友エイドリアンの遺した日記帳が含まれている。しかし、この引き渡しを娘のベロニカが頑強に拒否。ここで、なぜ彼女は引き渡しを拒むのか、何故母親のセーラから送られたかの謎が残る。




週末旅行

ベロニカの実家でのディナー
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

 トニーは学生時代、あるパーティに顔を出すが退屈し、中庭へと足を向ける。そこでライカをいじる少女、ベロニカと初対面。このライカが2人の最初の出会いの象徴となる。
2人はすぐ親しくなり、トニーはベロニカのロンドン郊外の広々した邸宅で週末を過ごすことになる。彼女の父の運転する車での迎えで、ベロニカ宅へと向かう。ブルジョア家庭で、母や兄も出てきて歓待される。
夕食の席や、帰りの時の母セーラの立ち居振る舞いがいわくありげで、まるで美しい中年女性が若い男性を誘うようでもある。しかし、この一泊の旅でトニーは、ベロニカやセーラとは何もなくロンドンへ戻る。




青春時代の記憶

トニーの中古カメラ店
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

 週末旅行の後しばらくして、トニーは親友のエイドリアンからレターを受け取るが、音信のない間に、ベロニカとエイドリアンは懇意となった旨を伝える内容である。逆上したトニーは、一応冷静を装い2人の仲を祝うレターを返信する。
彼の記憶の中では、この手紙のことはすっかり欠落している。そして、かつての恋人ベロニカとの再会を期待しつつ、今一度青春時代の記憶をたどり寄せる。元妻のマーガレットは「昔のことは諦めなさい」と忠告するが―。



ベロニカとの再会

 遺品の受け取りに際し、法律事務所からエイドリアンのカミソリ自殺を知る。なぜ彼が自殺したのかも物語の謎である。トニーは昔の学生仲間を呼び出し、話を聞くと、ベロニカをエイドリアンに紹介したのはトニー自身であり、彼は都合よくこの件は忘れ去っている。問題の火元はトニーなのだ。
そこで、トニーはSNSを利用して、ベロニカと連絡を取り再会を果たす。そこでエイリアンの日記帳の引き渡しを要求するつもりだった。
しかし、ベロニカは「日記帳は燃やした」と言い、取り付く島もない。彼女は全く打ち解けぬ態度で、話の途中で席を立ち、1通の手紙を残して去る。



蘇る過去

 その手紙は、2人の恋人を祝福するものではなく、嫉妬に駆られたトニーが罵詈(ばり)雑言を並べ立てたものであった。そして、彼はある1人の青年と会う。青年は、精神薄弱者施設に入っており、彼の出自を施設のリーダーが話す。思いがけず、初めて精薄の青年の姉がベロニカであることを知る。
では誰が親であるのか。これらのことから、エイドリアンの自殺とベロニカの母との関係、そしてベロニカの終始変わらぬ、打ち解けぬ態度の理由を知るに至る。良く考えた謎解きである。



青春と老い

 青春の影が、数十年後に明かされる発想はよく考えられているが、同時に、このような過去の恋愛の後遺症は珍しくなく、よく耳にする話である。そして、苦い過去の青春の記憶は誰もが身に覚えのあることでもある。そこに人生の一面がにじみ出ているところが本作『ベロニカ』の面白さである。
付随的な事柄だが、ロンドン暮らしに妙味を作品は伝えている。2人の初めての出会いのクリフトン吊り橋、ベロニカとトニーの再会のグラグラ橋、そして、印象に残るのは、枝葉末節なことだがロンドン市民の日常の生活、トニーやスージーのアパート、特に台所でのやり取りは興味深い。ロンドンに長期逗留したくなるようなインパクトがある。
青春譚(たん)とその後の話であり、人それぞれの人生が塗り込まれているところが見どころである。





(文中敬称略)

《了》

1月20日からシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

映像新聞2018年1月15日掲載号より転載

 

 

 

中川洋吉・映画評論家