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『ミッドナイト・バス』
長距離深夜バス運転士を主人公に
底流にある日本的な心情・感性

 新潟の地方紙、「新潟日報」140周年を記念し企画された、地元を舞台とする『ミッドナイト・バス』(竹下昌男監督/原作は伊吹有喜の同名小説〈文春文庫〉)は、タイトルのように、新潟―東京間の深夜バスの運転士を主人公とする、ヒューマン・ドラマである。作品は日本的心情、感性が底流にあり、われわれの生き方を考えさせてくれる。

登場人物は善意の人々であり、彼らの日常に起きるいくつかの軋轢(あつれき)や行き違いを時系列でとらえる。 範ちゅうとしては、現代映画のメインテーマである「家族」を扱い、男性と女性、そして彼らを取り巻く家族の今に触れている。


登場人物たち

利一
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社

 メインの登場人物は、バスの運転手の利一(原田泰造)、16年前に家族を残して家を出、今は再婚し東京に住む元妻の美雪(山本未来)、そして利一が再婚を考える現在の恋人、志穂(小西真奈美)の3人である。志穂は大森でモダンな小料理屋を営む、30代後半の離婚経験者という人物設定となっている 。     


主人公、利一

利一と美雪
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社


 利一は東京の大手会社勤務であったが、サラリーマンの仕事に疲れ、郷里の新潟と東京間の深夜バスの運転士として再出発。子供たちは既に大きく、長男は理系大学院を出て会社員になるが、ある日突然会社を辞め、何の前触れもなく父親のいる実家へ戻り、居候を決め込む。
なぜ帰郷したかは全く語らない。父親の利一も敢えて尋ねない。会話のない家族関係、実に日本的なのだ。日本文化には会話を重ね、コミュニケーションを図る習慣が少ない。
利一は、人に積極的に話すわけではないが、性格はおとなしく、善意の人物である。一般的な日本人タイプであり、"普通の人"だ。演じる原田泰造の柄が役になじんでいる。軽やかさと飄々(ひょうひょう)とした感じをうまく出し、良い男性であり、子供思いの父親としての味わいがある。
原田泰造の利一役は、本作の成功の大きな要因である。うさん臭い中年役なら、リリー・フランキーに尽きるが、実直で優しいが積極的に行動しない日本人中年像に、原田はきちんとはまっている。タイプから行くと大杉連であろう。



元妻、美雪

利一と志穂
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社

  利一と離婚した美雪は、その後再婚し8歳の子持ちである。彼女も新潟出身で、実家の父親(長塚京三)の様子を見に毎月帰郷する。姑(しゅうとめ)にイビリ抜かれた後の離婚だ。
美雪の現在の夫は福岡に単身赴任し、あちらには若い女性がいるらしい。健康面でも彼女は、すぐにめまいを起こしたり、気分が悪くなったりして座り込むこともしばしばであるが、本人は更年期というばかりで、何らかの病気でありながら説明しようとしない。
一時帰郷の時に、2人は久しぶりに再会し、彼女の父親の引っ越しや、庭の手入れ、病院見舞いと、利一はなにくれとなく手を差し伸べる。
わが国では現在でも2世代同居が多く、嫁、姑の問題が生じやすい。
美雪は父の病のこともあり、利一を頼るが、「会えばあなたが優しいから、無限に甘えるかもしれない」と新潟を後にする。いわゆる愛しながらの別れだ。一見地味に見える山本未来は、中年になり美しさを増すタイプであり、この美雪役は決まっている。そして、彼女のファッション・センスは思わず「おしゃれ」と言いたくなるほど洗練されている。
ここにも、日本的な曖昧(あいまい)さの中で生きる人間関係がある。西欧では、ここで会話をし、互いの事情を理解するが、曖昧さの中で、1人で悩みを抱え込む傾向が日本人にはよくある。
ただし、それが決して悪いことではなく、他人に迷惑を掛けまいとする配慮でもある。その慣習の中、われわれは生きてきたことも事実である。



志穂の場合

美雪の父と彩菜(右)
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社

 東京の恋人志穂は、JR大森駅裏の山王小路飲食店街に、母親から譲り受けたちょっとモダンな小料理屋を営み、店の奥には彼女の好きな犬がいつも寝ている。彼女はフランス料理も学んでいる。客として来店の利一は、志穂とねんごろになり、東京での泊りの時は2階の座敷に寝る。
彼女は天真爛漫な性格で、大好きな利一との結婚を望むが、「とにかく消えないで」と明るく話す。2人の関係、利一は年齢差を理由に解消を求める。当然、志穂は嘆き悲しむ。
この志穂と利一の別れだが、美雪の父親の東京への引っ越し手伝いの折、美雪から「志穂のことが好きすぎて、置いていかれるのが怖いから、自分で別れを言い出したのではないのか」とズバリ指摘される。全くそのとおりである。
男女間で問題が起こり、女性から詰め寄られる男性の最終、最大の武器は、ダンマリとトンズラであろう。利一の場合はトンズラだ。
志穂扮(ふん)する小西真奈美は、今年で40歳、童顔で長身の美人タイプである。彼女は20歳で、つかこうへいの芝居でデビュー。若い時から、美ぼうとスタイルの良さが目立っていた。若くして一線に出た彼女、そのせいか、役柄と実年齢のマッチングが難しく、もっと伸びてもいい女優であるはずと思わせた。
ただし、彼女の代表作と目される『のんちゃんのり弁』(09年、緒方明監督)を除いて。やっと自身の身丈に合った役柄に恵まれた感がある。



家族

利一と長男の玲司
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社

 全員が善意の人物であり、筋の展開としては平坦でドクがない。原作どおりに撮れば、メリハリの効かない展開となるところを、それを修正したのが加藤正人(『雪に願うこと』〈06年〉/根岸吉太郎監督、『孤高のメス』〈10年〉/成島出監督)の脚本が良くできている。群像劇的な原作の徹底した刈り込みが成功し、作品自体を締めている。



子供たち

父の入院先で
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社

 メインの3人の脇に、利一と美雪の子である、兄の怜司(七瀬公)と妹の彩菜(葵わかな/NHK連続ドラマ『わろてんか』主演)と、美雪の父親がいる。
兄妹は、美雪が自分たちを捨てて出て行ったと思い込んでいる。特に、彩菜は捨てられた意識が強く、娘は人前で「一番必要な時にいない」と厳しく母を問い詰める。姑の意地の悪さに耐えかねての出奔(しゅっぽん)だが、その事情を知らぬ娘の一方的攻撃にひと言も発せず、席を立つ母。見ている方がつらい一幕だ。

美雪の父と利一
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社

  しかし、家を出た母は、もう一度家に戻り「彩菜」と声を掛けていた。そのすべてを見た幼い兄は「彩菜1人は母さんが連れて行けばよかった」と悔やむ。見ている側は、なぜその時に言わなかったのかと、少しばかりイライラする。彩菜の部分は作品のドクになっている。
美雪の父役の長塚京三は、出演交渉の時、役の設定として元大学教授で音響マニアと要望を出したらしい。知識人志向の長塚らしい1コマだ。




日本的、日本的

利一宅を訪れる志穂
(C)2017「ミッドナイト・バス」ストラーダフィルムズ/新潟日報社

 底流にある日本的な心情・感性
家族の映画である。それもひどく日本的関係の上に問題を乗せている。
日本人特有の積極的発言や介入をしないところ、曖昧さを好む(黙っていても、いつかわかってくれると考える甘え)精神構造。会話の積み重ねによるコミュニケーションの欠如と、自己主張の弱さ。細かい点では、2世代同居の弊害など、思い当たることが多い。
しかし、全部が悪いというわけでもなく、すべてをひっくるめて日本的思考が存在し、われわれは、そこに居心地良さを見出している。
『ミッドナイト・バス』は、見終わった後、爽快感がある。作品には、日本人特有の人生が控え目に塗り込まれている。







(文中敬称略)

《了》

1月27日から有楽町スバル座ほか全国ロードショー

映像新聞2018年1月29日掲載号より転載

 

 

 

中川洋吉・映画評論家