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『エターナル』
従来の純愛路線と異なる韓国映画
光るイ・ビョンホンの静の演技

カン・ジェフン
(C)2017 WARNER BROS PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED


ソウル自宅のジェフン夫妻
(C)2017 WARNER BROS PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

 韓国の人気俳優、イ・ビョンホン主演『エターナル』が公開される。監督は若い女性イ・ジュヨンで、新鮮な感性が吹き込まれ、現在まで日本で公開された純愛路線とも異なる韓国映画である。イ・ビョンホンは韓流スターで、日本でもよく知られる存在である。今回はアクションものをはじめとする役柄から一転し、静を演じる。米国でも活躍する彼には、韓流スター独特の格好良さに加え、たくましさがある。

 
冒頭、明るい日差しのもと、ビーチで遊ぶ家族が写し出される。韓国映画としては、随分明るい出だしである。そして次の場面で、エレベーター内のイ・ビョンホンが扮(ふん)するカン・ジェフンが登場。背広にメガネと、これまでとガラリと違う雰囲気だ。 彼の後ろでは2人のサラリーマンが、ジェフンが働く証券会社倒産のうわさをしている。それを黙って聞く彼。会社の存亡にかかわる話だ。


若手女性監督の新鮮な感性

 本作のもう1つの話題は、監督・脚本のイ・ジュヨンの存在である。彼女は韓国の国立映画大学、韓国芸術総合学校映像院出身であり、ここで著名監督からの指導を受ける。特に、故ノ・ムヒョン大統領時代、文化観光相を務めた大物監督、イ・チャンドン(『ポエトリーアグネスの詩〔うた〕』〈2010年〉)にその才能を認められ、彼のもとで脚本を学ぶ。そして、8カ月かけて書き上げたのが本作である。
韓国には、日本ではあまり紹介されない若手女性監督群がおり、彼女たちの力量は侮れない。この国では、海外留学中の妻子にせっせと送金する1人暮らしの男性が結構多い。徹底した学歴社会である韓国では、上を目指すための有力な武器が語学(大部分が英語)であり、一種の箔付けともなっている。
このような暮らし方で、豊かさが得られるのであろうかとの疑問が、脚本執筆のきっかけとなった。また、ワーキングホリデーで詐欺にあった知人の話からも発想を得た。一見繁栄をうたう韓国社会のひずみを衝(つ)く、きわめて社会的テーマに触れている。  
  


会社倒産

債権者を前に土下座するジェフン
(C)2017 WARNER BROS PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED


 エレベーターから降りたジェフンの前には人だかり。不良債権をつかまされた顧客たちは会社に押しかけ、「金を返せ」とばかりに強(こわ)談判。上層部は逃げ、支店長たるジェフンは社員とともに土下座、ひたすら謝るしか術(すべ)がない。この場面で韓国特有の激しさ、熱さが現われる。
失職し、地位も今後の収入の道も絶たれた彼は、精神状態がおかしくなる。妻子はシドニーに留学中で、本来なら期間が終了して帰国するはずだが、妻のスジン(コン・ヒョジン)から前夜「帰国を1週間延ばす」とメールが入っていた。
失望の果てジェフンは取るものも取りあえず、唯一すがれる家族の元へ向かう。



シドニー到着

シドニーのジェフン
(C)2017 WARNER BROS PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

  西も東も分からない異国の地で、妻子の住居を尋ね歩き、市外のしゃれた住宅街の家にやっと辿り着く。しかし、窓から見えるのは隣人のオーストラリア人クリス、そして、彼と楽しそうに話す妻のスジン。彼らの親密ぶりを見せつけられるジェフンは、見てはならぬものを見た思いに駆られ、早々と妻子宅を後にする。
今彼ができることは、彼らを見守ることだけと勝手に思い込み、独り悩む。翌日も家の周辺を歩き、遠くから妻子の姿を見ようとするが、近隣の老婦人に怪しまれる。
裕福で閉鎖的なコミュニティーの中に迷い込むジェフン。その後、クリスに送られ登校する息子や、バイオリンを抱えバスで街の中心に行くスジンを見る。彼女の行動を探りたい一心で、ジェフンは尾行する。行先は有名なオペラハウス、そこでオーケストラ団員のオーディションが実施されている。
スジンは、元々バイオリニストで、結婚後、しばらく楽器から遠ざかり、久々に音楽の道を歩もうとしている。もちろん音楽を愛する彼女だが、もう1つ内に秘める計画がある。正式に楽団員になれば、学生ビザではなく、永住権を獲得できる。そうすれば家族と一緒にオーストラリアに住めるというのが、彼女のもくろみである。女性は、しっかり計算して生きる様子が分かる。



クリスの後をつけて

 隣人クリスとスジンの仲を疑うジェフンは、クリスの後をつけ始める。彼は病院に入り、目指す病室の中に吸い込まれる。予期せぬ展開にジェフンは驚きを隠せない。クリスが去った後、ジェフンは思い切って病室へ入ると、オーストラリア人女性が横たわっている。ジェフンは「クリスの友人」と名乗り、受け入れられる。
彼女はクリス夫人で、6年前に交通事故に遭い、足腰が立たず、寝たきりの生活となる。その事故以来、クリスは自動車の運転をやめ、今は電車を使っていることを知らされる。クリスと妻の仲を疑っていたジェフンは、自分の思い違いに気づかされる。



もう1つの物語

ジナ
(C)2017 WARNER BROS PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

 ジェフンは街で韓国人の若い女性ジナ(アン・ソヒ)と知り合う。この出会いは付け足し気味の筋展開だが、彼女は韓国人の不良グループの詐欺に遭い、一文無しで、「助けてくれ」と彼に泣きつく。
若い女性監督は外国で面倒に巻き込まれ、難渋する若い女性のエピソードを聞いていたのであろう。この種の話、家族の問題をメインテーマとする本作に、無理なく収められている。




不思議な出来事

スジン
(C)2017 WARNER BROS PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

 スジン宅では、1匹の犬を飼っているが、車にはねられ命を落とす。また、所在不明の夫の安否を気遣うスジンは、ソウルの自宅に何回も電話するが、一向に出ず、不安な気持ちにかられる。そして、ソウルからジェフンの自殺の一報が届く。彼女にとり全く考えられない夫の死である。さらに、妻子の住む住宅地の近くの家の庭で、若い韓国人ジナの死体が見つかる。
犬、そして2人の死。実に唐突なのだ。その事件の後、ジェフンとジナは、海辺で会っている。本来死んだはずの2人が生存している。何かキツネにつままれた気がする。




推論

ジェフンとジナ
(C)2017 WARNER BROS PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

 そこで筆者なりの謎解きを試みる。
ジェフンはジナに、いまだ見ぬタスマニアに行くと語る。一方、ジナは故郷に戻るつもりでいる。この2人は、黄泉(よみ)の世界の住人となったとしか思えない。いわゆる永遠(エターナル)の魂の蘇(よみがえ)りだ。
現在、少女マンガの映画化でよく使う手として、2人の魂が入れ替わる筋立ての作品を目にする。これが若い世代には受けているようで、世代の若いイ・ジュヨン監督は、一切の説明抜きに、異次元の2つの世界を結び付け、ファンタジー感を盛り込む試みをしたとも考えられる。
この推論と静の人物像を作り上げた主演のイ・ビョンホンが、本作の売りどころかも知れない。
何か不思議な感覚が突然入り込む作品だ。







(文中敬称略)

《了》

映像新聞2018年2月12日掲載号より転載

2月16日からTOHOシネマズ新宿ほか全国ロードショー

 

 

中川洋吉・映画評論家