『あなたの旅立ち、綴ります』
完璧主義の老婦人が周囲の悪評で奮起 人生を考えさせる痛快な作品に |
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人間は自身については分かっているつもりだが、それはほんの一部で、一歩離れて見れば、自分の感じと違う側面に出会うものだ。この、2人の人間の距離感を辛気臭くなく描いて見せたのが『あなたの旅立ち、綴ります』(原題「The Last Word」/マーク・ペリントン監督、米国/2016年製作、108分)である。タイトルの邦題は、なかなかうまくできており、内容とかけ離れた洋画のタイトルが多い中、頭を使っている。
お迎え間近な老婦人ハリエットにシャーリー・マクレーンが扮(ふん)する。シャーリー・マクレーンは今年84歳を迎えるハリウッドの大女優で、映画史に残る名喜劇『アパートの鍵貸します』〈1960年〉に代表される名作を数々残している。3歳下の弟は、ウォーレン・ビーティ。
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ハリエットとアン
(C)2016 The Last Word, LLC.All Rights Reserved.
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冒頭、広大な庭のある館のような邸宅が写し出される。主人公ハリエットの自宅である。まず、彼女は庭で作業中の庭師に、草の刈り込みに難癖をつける。刈り方が悪い、道具の手入れが悪いとばかり、そして自分でやって見せる。完璧主義者で、何事にも目を光らせ、口を挟む、嫌みな老婦人である。
言われた方はただただ平身低頭で、奥様の言いなり。台所へ行けば、黒人メイドに細かい指示。自分が優秀であるため、人のすることに絶えず口を出し、要求が厳しい。
何事も自分で決めたいハリエットは、社会的地位や名声を手に入れ、広告ビジネスで財を成し、1人娘とは犬猿の仲。親しい友人もいない。それでも、わが道を行く生き方に自信を持つ。とにかく、お高く我が強く、ひと言で言うならば、嫌な老婆である。しかも金はあり地頭もよく、行動力を兼ね備え、ハリエット自身は自信満々と、手に負えない。
その彼女、ある時、新聞の訃報記事を読み、自身の訃報を自分で執筆することを思い付く。一度決めたら、すぐに行動に移すのがハリエット流。早速、父親が大広告主であった旧知の地方紙へ足を向ける。尊大な彼女の訃報の依頼を編集長へねじ込む。
困った彼は、新人の若い女性記者アン(アマンダ・セイフライド)にハリエット担当を押し付ける。彼女は渋々彼女の訃報記事のために取材を開始し、所縁(ゆかり)の人々へインタビューするが、その答えは、そろいもそろって彼女の人格に否定的だ。友人、親戚、かつての仕事仲間、そして牧師までも好意的発言をしない。
その悪評の報告を受けたハリエットは、いくら強気人生を押し通したとはいえ、いささか動揺気味。そこで、今までの自分と違う人間に変ることを決意する。
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娘を待つ3人組
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愛される人間に自己変革
自己変革のための条件とし、4つを彼女は掲げる。
1)家族や友人に愛される
2)同僚から尊敬される
3)誰かの人生に影響を与える
4)人々の記憶に残る
普通の人にとり、当然と思われることだが、ハリエットとアンには難題である。いくら変化を望んでも、悪評紛々(ふんぷん)の彼女が真人間になれるか、アンは疑問視する。当然、2人の間柄はギスギスする。
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ハリエット
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アンは、追悼ライターではない。本来は作家志望だが、踏み切れない。その自信の無さをハリエットは遠慮会釈なく衝(つ)く。実に憎くたらしい。
気難しいハリエットへの、周囲のあまりの評判の悪さにあきれ返るアンは、一定の距離をとり接するが、徐々に、ハリエットの良き一面、人の可能性を見出す力、優しさに信頼を寄せる。この持て余し気味のハリエットと付き合うアンとの葛藤が面白く描かれ、漫才的なおかしさが生まれる。
そこに、おませで柄の悪い家庭で育った、9歳の才気煥発な黒人娘ブレンダが加わり、騒々しい一団が誕生する。
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分かれた夫との和解
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ハリエットはレコード収集家で、デジタルよりもアナログ音を好むタイプ。この彼女は、またまた強引にレコードDJを専門とする小さな地方局へ乗り込み、早朝のDJを担当させろと強談判。当初、あきれ顔のディレクターも無報酬でと、彼女の申し出に乗せられ承諾する。
若き日からの憧れのDJがやれるとばかりに、おませのブレンダをインターンと称し、手押し車いっぱいのレコードをスタジオに持ち込む。曲は時代をまたぐヒット作ばかり。ロックに疎い筆者には、ちんぷんかんぷんだが、抜群のノリだ。
このDJ、音楽の合間の語りの部分が重要で、彼女の今までの人生がさり気なく語られる。心配するアンは放送を耳にし、放送局へ駆け付ける。迎えるディレクター。2人には恋の予兆があり、ハリエットはアンにデートの流儀の講釈を垂れる。年配者の鋭い眼力が、2人の若者の恋の成就を助ける。
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3人組
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今まで疎遠であったハリエットと娘エリザベスとの久々の対面。ハリエットはアンとブレンダを連れ、娘は遅れて現れる。
我が強く、セレブ志向の娘は、同じ血の母親とはウマが合うわけがない。娘は、家庭生活も幸せと自信たっぷりに言い放つ。それを聞いて、ならば私も幸せと、ハリエットは高笑い。
大変皮肉な対応だが、あちらが幸せなら私も幸せとの論理、かなり飛躍はあるが、ハリエットはテーブルをたたいて大喜び、周囲をあぜんとさせる。4条件の最難関、家族とうまくやるというハードルを越えたのだ。
この高笑いの芝居、本作のハイライトであろう。まさに快(あるいは怪)演である。
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恋に落ちるアンとディレクター
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ハリエットの生まれた1930年代の女性は、ビジネス戦力とはみなされない。その時代を持ち前の行動力、胆力で、広告界で成功するには闘いの連続であり、彼女の性格が形成される。
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仕事中のアン
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追悼文が出来上がり、アンは恐る恐るハリエットに見せに来る。彼女は、その場で自身の哲学を披露する。さらにハリエットは、アンの原稿を持ち上げ「自信を持って生きること、そして思い切り失敗すれば生きられる」との言葉を添え、自信のないアンを励ます。1つの理想的な女性像が目の前に現れる。また、アンの飛躍の一助ともなるのは必定である。
個性の強いハリエットとアンの角突き合わせのぶつかり合いが、作品を締めている。ハリエット演じるマクレーンは、高齢であるが、老年女性の迫力を出し「人生を恐れない人」に成り切り、年齢からくる顔のしわなど全く気にせず、強い心を持つ女性を演じてみせる。
受けるアンに扮するセイフライドも、強い意志が表情に現われ、2つの強烈な個性が火花を散らす。
脚本もよく練られ、ハリウッド伝統のウェルメイド(出来や構成が良い)な作品として、人生を考えさせる痛快な1作に仕上げられている。
(文中敬称略)
《了》
2月24日からシネスイッチ銀座、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
映像新聞2018年2月26日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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