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国際テレビ映像フェスティバル「FIPA 2018」
見るべき作品に恵まれた年に
日本からはNHKドラマが唯一の出品

ビアリッツ海岸

1月のサーフィン
会場の一つ

 「国際テレビ映像フェスティバル2018」(FIPA)が1月23日−28日の6日間、スペイン国境に隣接するフランス・ビアリッツ市で開催された。FIPAは、アムステルダム・ドキュメンタリー・フェスティバルと並ぶテレビ映像祭であり、今年は31回目にあたる。

 FIPAの開催地ビアリッツは、大西洋に面するフランス有数の保養地で、20世紀初頭のロシア革命で多くのロシア富裕層が亡命し、今でもロシア正教教会、そしてロシア人の豪壮な邸宅が残存する。冬は温暖で、地中海側のニース、カンヌを中心とする保養地と肩を並べる存在である。
わが国では、リビエラと呼ぶ地中海沿岸の諸都市の方が、圧倒的に知名度は高く、ビアリッツは後じんを拝している。しかし、FIPA自体はすっかり地元に根付き、「よくもこれほど硬い作品を鑑賞するのか」と感心しきりである。これは、ドキュメンタリーやドラマの面白さを地元の人々が感じ始めている証しだ。
今年は1600本の応募があり、選出された作品はその1割にも満たない狭き門ではあるが、ずっとビアリッツの冬の名物でいてほしい。





衝撃のドキュメンタリー「隠れた出産」

ソフィ・ブレディエ監督


 ドキュメンタリーには知らぬことを知らしめる役割があるが、ドキュメンタリー・ナショナル(フランス制作作品)には過去のフランスの傷を白日の下にさらす、衝撃の1作が上映された。タイトルは『隠れた出産』で、監督は韓国出身の女流作家ソフィ・フレディエ。
彼女は幼いころ、養子縁組でフランス人家庭に貰われ、フランス人として育てられ、学校教育もパリ大学と生粋のフランス人である。既にテレビドキュメンタリーでは何本か制作し、今回の出品作『隠れた出産』は、初の長編ドキュメンタリーとなる。
冒頭、森に囲まれた白亜の館が目に入る。次いで、1人の老婦人がインタビューに答える。場所は北フランス、海を挟み英国と向き合う、ノルマンディ地方のカーン市から15Kmの所にある。
物語の舞台は、1985年まで存在した「秘密の出産」の館。第2次世界大戦前に設立されたもので、そこで妊娠した未婚の女性たちが密かに出産していた。代表例がドイツ軍兵士と関係した女性、親にも言えない妊娠の事実、女性の地位の低かった時代の男性による権力犯罪の被害者の女性たちで、総数は1万1000人とされ、生まれた子の大半は孤児となる。
出産した女性たちは、仕事や家族の都合で、わが子を施設に預けざるを得ない。彼女たちの証言が物語の骨子となっている。
施設の運営は県が担当し、カーン市周辺では周知の事実であったと想像できる。しかし、残酷な事実に誰も正面切って発言せず、今日に至る。実に胸が痛む。フレディエ監督は、3年間の準備・リサーチ期間を経て、当時の婦人たちを10人ほど探し当て、彼女たちの体験を語らせている。
今回の出品作ではないが、日本のドキュメンタリーにも同様な作品がある。それが『奥底の悲しみ』(ディレクター:佐々木聰、制作:山口放送/2017年2月22日放映)だ。こちらは、終戦を迎えた満州で、日本軍が現地邦人を置き去りにし早々に逃げ、残った婦人たちがロシア兵に乱暴され妊娠、その中の犠牲者の何人かは帰国の船から海に身を投げた事実を彷彿(ほうふつ)させる。しかし、ここに妊娠しても出産を望むフランス女性たちとの違いがある。
隠された事実(多くの人たちが口にしない)を入念なリサーチで掘り起こした意欲作であり、見る側はその事実の重さにただただ圧倒される。  


  


北斎の娘

『眩(くらら)〜北斎の娘〜』〈ディレクター〉加藤拓


 今回、日本からの唯一の出品作は、ドラマ部門の、『眩(くらら)〜北斎の娘〜』(制作:NHK/以下『眩』)だ。朝井まかて原作、大森美香脚本、加藤拓演出の本作は、江戸時代の天才浮世絵師、葛飾北斎の三女、お栄(本名:応為)の物語である。
これまで描かれることが少なかった北斎の娘であり、天才肌の父譲りの素質を受け継ぐお栄の破天荒な生き方と画業に焦点を当てている。ドラマ自体は、この天才少女の奔放な行動が作品に勢いを持たせており、演じる宮崎あおいの江戸娘の格好良さが目をひく。
FIPAでは、選出された作品は市内の映画館やホールで2回上映される。最初の上映は旧国鉄駅跡の300人収容の会場で、『眩』の上映前には既に満員札止めとなり、上映後は拍手が沸いた。ここ10年以上FIPAにかかわってきた筆者にとり、始めての経験である。
ソヴァニャルグ総代表とNHKチーム


2回目は平日の午前中で、客入りが心配されものの7分の入り。終映後のQ&Aでも質問が飛び交い盛況であった。この上映の反応を見て、筆者はドラマ部門の賞を確信したが、望む結果は得られなかった。作品自体の出来は良く、江戸の町や情緒がCGによって見事に再現され、ドラマ自体の力もある。NHKにとっては残念な結果であった。



人道的責任感

『プレッシャーの下に』


  シリーズ部門の最高賞はブラジルの『プレッシャーの下に』で、4冠を獲得した。これはFIPA史上初の記録である。(ドラマ部門とシリーズ部門は男性主演賞・女性主演賞、脚本賞、音楽賞がある)。
本作は、手術で妻を失う医師の物語。精神的に脆(もろ)くなった彼が、自分と闘いながら病院での貧困者の治療に専念する、人道的責任感の在り方を問いかけるものである。1人の医者の立ち直りを通し、真摯な人道に対してのメッセージの伝達であり、4冠獲得は当然と考えられる。



教育の原点

『チャンスに恵まれた子供たち』


 『プレッシャーの下に』と並び、重要な作品がある。ベルギー作品『チャンスに恵まれた子供たち』(原題"Children of Chance"/ドキュメンタリー・インターナショナル部門)だ。
舞台はベルギーの廃鉱となった鉱山町の小学校。主人公は、太めの中年、熱血のブリジット先生。移民労働者の子弟である児童の大半は、イスラム教徒である。しかも、国籍はバラバラ。そのブリジット先生と児童たちの1年が、季節を追って写し出される。
弁が立つ移民たちの子供たちと先生との格闘、それには、暴力ではなく、いかに話し合いで物事を解決するかの手法がとられる。学業についていけぬ児童にうんざりしながらも熱血指導、父兄たちもブリジット先生に頼りきり。
卒業式では、母親たちが競って先生とハグ。また、彼女たちは愛情を込めて、先生へささやかなクリスマスの贈り物をする。それが1つや2つではない。この熱血先生は、さびれた町の光であり、作品自体ヒューマニズム・タッチの秀作である。



他の作品

 移民・難民は現代ヨーロッパの最大の問題であり、その代表作が観客賞(新設)受賞の『迷う時代』(フランス/ドラマ部門)で、受け入れの複雑な制度から生じる問題を提示しており、移民・難民の生きる場の少なさを訴えている。
スポーツに関しては、過酷な練習に耐えるロシアの新体操選手を追うドキュメンタリー『オーヴァー・ザ・リミット』がある。20歳の少女は指導者から厳しい練習を課せられ、身も心もズタズタ状態。何としてもロシアの国威発揚のために練習をやらされる選手たちの様子が写し取られる。ブラジルでの世界選手権で金メダル獲得後に、主人公の少女は競技から離れる。ドーピング以外にも、国威の犠牲となる若い有力選手の競技との離別の一部始終が語られる。スポーツの悪しき一面を衝(つ)く作品だ。
このような一連の作品は、現代を写し、見る側に現実を知らしめ、われわれの生きる時代を再認識させる力がある。
「FIPA2018」は、見るべき作品に恵まれた年であった。






(文中敬称略)

《了》

映像新聞2018年3月12日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家