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『修道士は沈黙する』
国際会議前に政財界の大物が謎の死
物質主義と精神主義の衝突を核に

 近ごろ稀(まれ)に見る、人の心を惑わし知的好奇心を煽(あお)る作品が公開される。それがイタリア作品『修道士は沈黙する』(ロベルト・アンドー監督/2016年、イタリア=フランス)だ。見る側を迷宮に誘(いざな)うような筋書き、精妙に作り上げられた工芸品を愛(め)でるようだ。

ロシェ(左)とサルス(右)
(C)2015 BiBi Film-Barbary Films


 冒頭、ホテルの一室のブラインドをわずかに上げ、来客の到着を待つ風情の1人の男、ダニエル・ロシェ(ダニエル・オートゥイユ/フランスを代表する男優、代表作は『愛と宿命の泉』〈1986年〉など)を軸に物語が展開される。
もう1人の物語の進行役がイタリアの名優トニ・セルヴィッロ(グレート・ビューティ/『追憶のローマ』〈2013年〉)が扮する、カルトジオ修道会の修道士サルスである。千年以上の歴史を持つ同会は、キリスト教の一宗派カルトジオ修道会に属し、その戒律の厳しさが伝え聞かれている。また、小さい集団で、全世界で200人の修道士しかいないとされている。
黒いブルカで顔を覆うアラブの女性の一団の後方に、白衣裳のサルスが空港に降り立つあたり、演出が凝っている。


舞台

サルスと絵本作家のクレール
(C)2015 BiBi Film-Barbary Films


 サルス修道士は迎えの車に乗り込み、海岸際の白い豪華なホテルに案内される。ホテルの周りには、青い海と緑の草木しかない。そこはドイツの有名な保養地ハイリゲンダムで、国際会議G8の財務相会議が開かれる会場となっている。
国際会議場らしく警備は入念で、各部屋に監視カメラがしつらえられ、出席者の行動は逐一記録される。この高級ホテルが本作『修道士は沈黙する』に、ミステリー要素を加えている。  
  


招待

ロシェ
(C)2015 BiBi Film-Barbary Films


 サルスは会議の議長格であり、国際通貨基金の専務理事ロシェの推薦でゲストとして招待される。ほかに、売れっ子の女流絵本作家クレール・セス(デンマークの女優、コニー・ニールセン)、そして人気ポップの男性歌手マイケル・ウインシェル(モーリッツ・ブライプトロイ)の2人がゲストに招かれる。
ロシェの誕生祝を兼ねた初日の晩餐会は、和気あいあいの雰囲気の下で、会議の幕を開ける。一見、平和そうな空気だが、この会議の目的は世界経済の再編成にある。それにより「全世界で2億人が失業し、職を求める」ことになると、好奇心の強い作家のクレアは、将来を憂いてサルスに説明する。
クレアの説明のように、会議の真の目的はG8諸国による世界の富の収奪の意図を持つ。この重大な事実に対しサルスは穏やかに「それは明日の会議で」と引き取る。本来、結果ありきの会議は儀礼的なものであり、一部の参加国は真の意図に気付くが、多勢に無勢で誰も正面切って異を唱えない。



発端

国際会議
(C)2015 BiBi Film-Barbary Films


  見る側を迷宮に誘う筋書き
出来レースのはずが、突如変わり始める。アンドー監督の共同脚本の発想が鮮やかだ。それは、一つの謎の設定であり、この不可解さで最後まで引っ張る腕力が、作品をより膨らませている。見事としか言いようがない。
ことの次第は、晩餐会後にロシェがサルスを自室に招くことに端を発する。会談の目的は判然としないサルスだが、ロシェから告解(キリスト教で、神から罪の許しを得るのに必要な儀礼や告白)を希望される。ロシェは、このためにサルスを招待客の1人に加えたと推測できる。
「自分の意で世界の富を意のままに動かせる」と豪語するロシェの告解の要請は、サルスに身勝手と受け止められる。しかし、彼は自説を表立って述べることは避ける。
現地に到着後、サルスはホテルのバルコニーで、愛用の小型録音機に「天使がなまけたら、主は天使を永遠に暗い部屋に閉じ込める」と、謎めいた言葉を吹き込む。この言葉が、その後の告解へとつながる。
この一節で全編に沈黙という枠をはめるのが作り手、アンドー監督のもくろみと受け取れる。告解の要請が終わり、サルスはロシェのところを辞する。そして、事件が発生。翌朝、ビニール袋を被り窒息死しているロシェが発見される。ホテルの警備は、サルスが重要参考人と推理する。しかし、彼は無言のままである。驚く周囲、自らの強欲な決議が宙に浮くことを恐れる。
前夜の晩餐会の席で、ロシェがケインズ理論について一席弁じる。彼は食卓のリンゴを取り上げ、それを落とし、「行動のすべては予測できない」と意味深長な発言をする。まるで死、そして世界経済の破綻は織り込み済みともとれるスピーチだ。
また、小鳥の声の収集が趣味であるサルスの録音機が消える。ミステリーは佳境に入る。



サルスの受難

海辺のサルス
(C)2015 BiBi Film-Barbary Films


 何も語らないサルスに対する疑惑は、ますます深まる。苦境に陥る彼を助ける絵本作家のクレール、参加大臣同士の対立などが繰り広げられる。
3人の大臣が彼を尋問する。それに応え、サルスは読みかけの書物の1nをにわかに破り、それにデッサンを描く。大きな鳥が小さな鳥を蹴散らすデッサン。まるで、「君たちがしたいのは、このようなことだ」と言わんばかりの明快な態度表明である。



周囲の苛立ち

クレール
(C)2015 BiBi Film-Barbary Films


 真相が、ようとして知れないロシェとサルスの話、アンドー監督は大変うまい手法で謎に迫る。それは、2人の会話を何度も繰り返し見せる回想シーンであり、謎の意図が次第にほぐれだす。
それでも、宗教者サルスは決して2人の話の内容を漏らさない。しかし、真理に触れる数々の箴言(しんげん=いましめの言葉)を口にする。事件の情報が一切ない財務相や警備の人間たちの苛立ちは募るばか。




サルスの葬儀

サルス
(C)2015 BiBi Film-Barbary Films


 揺れ動く会議、反対者が現われ、全会一致の狙いは崩れる。そして、決議はペンディング、ロシェの死の公表と会議全体の構図に狂いが生じる。
葬儀でサルスは「貧しき者の痛みを、富者は理解しない」と痛烈に批判する。しかも、厳かな宗教人の威厳を保ちながら。ここに物質主義と精神主義の正面衝突の様相がくみ取れる。
神学者の立場からの発言だが、ロシェは経済の行き詰まりの危険を予知し、その上、自らのガンをサルスに伝え、自死する。一方、サルスは一言も2人の会話の内容を口外せず、最後のインサートで告解も拒否することが明かされる。
哲学的世界観が披歴され、難解だが透けて見えてくるのは、「主は存在するだけで、直接救いの手を差し伸べない」とする、とてつもなく皮肉な実相が浮かび上がる。サルス修道士の行為は宗教の王道を行くもので、薄々把握する真相の暴露とはならない。宗教者が信者の告解を表ざたにすることなど、宗教上あり得ぬことと、作り手は宗教における限界も示している。
極言すれば、「信じなさい、そして後は自分で努力しなさい」とする作り手の覚めた思いが浮かび上がる。この宗教の在り方を説く手法が会議であり、ミステリー調の自殺騒ぎなのだ。
アンドー監督は、音楽の造詣が深い。葬儀の時のシューベルトの『冬の旅24番、辻音楽師』や、ラストの会議を後にする際、黒い犬がサルスについて歩くシーンでは、同じくシューベルトの『ピアノ曲、楽興の時 第3番』が作品の格調を一段と高めている。





(文中敬称略)

《了》

2018年3月17日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー中
 
映像新聞2018年3月19日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家