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『女は二度決断する』
ドイツ極右のテロ事件を下敷きに描く
家族失い苦悩する女性が復讐へ

 ドイツにおけるトルコ人移民問題を背景とする『女は二度決断する』(2016年、ファティ・アキン監督/第70回カンヌ国際映画祭〈17年〉主演女優賞受賞)が公開される。本作、トルコ移民とドイツ極右テロ組織との社会的対立を描いている。

ファティ・アキン監督

カティヤ
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


 監督自身、今年で44歳になるドイツのトルコ移民2世で、今やドイツ映画界でもトップクラスの監督と目され、国際的にもドイツを代表する存在になっている。彼の作品は、カンヌ、ベルリン、ベネチア国際映画祭で受賞し、近い将来、カンヌ国際映画祭でもパルムドール(最高賞)受賞の有力候補だ。
彼は自身の出自たるトルコ移民の側からの発言を、常に、そしてぶれずに続ける硬派である。実際、第60回カンヌ国際映画祭(2007年)において、エキュメニカル賞(キリスト教団体の賞)の授賞式の折、生身の彼を近くで見る機会を得た。その時の印象は、ざっくばらんで、若々しく精悍(せいかん)で、全身に活力がみなぎっている感があった。  
  


全体の構成

結婚式
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


 ファティ・アキン監督作品は、全体的にシンプルさを特徴としている。シンプルといっても、内容の浅さを意味せず、むしろ自己主張の強さと、自身の出自であるトルコ移民の社会的背景を積極的に打ち出している。その独自のスタイルから、作品の勢い、映画の強さが生まれている。
彼の精神的バックボーンは、ドイツでのトルコ人社会である。このトルコ人社会について、若干説明をする。



ドイツ復興とトルコ人招待

裁判での弁護士(左)とカティヤ(右)
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


  第二次世界大戦敗戦国であるドイツは、東西2国に分割され、現ドイツは西ドイツが社会主義国の東ドイツを併合(1990年)して生まれた。その西ドイツ時代、いち早く敗戦国として謝罪したことで、欧州の一員として奇跡の復興を成し遂げた。好調な復興は1970年代まで続き、多くの労働力を必要とし、政府はトルコ人労働者を招いた。
隣国フランスの場合、北アフリカ諸国は旧植民地であり、主食の麦畑をワイン畑に変えさせられるような、収奪的植民地経営で多くの貧しい農民が宗主国へと流入、下級労働者としてフランス経済を下支えした経緯がある。
ドイツの場合は、旧植民地以外からの移民の招待であるところが、他の欧州諸国と異なる。このドイツにおける移民は、全人口(8200万人)の20%に上り、国民の5分の1がイスラム教徒である。そして彼らは、いわゆるドイツ人がやりたがらない3K(汚れる仕事)の担い手となり、ドイツ社会に定着する。



アキン監督の存在

被告側弁護士(左2人目)
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


 トルコ系ドイツ人は、3K以外にさまざまな職に就き、映画分野ではアキン監督がトルコ人の立場から社会的発言を重ねている。ちょうど、英国映画のケン・ローチ監督的存在である。ローチ監督は、常に労働者の側からの発言を続けている。
フランス映画界では、現在一番勢いがあるのが、移民の4世、5世の若い世代である。俗称「BEUR(ブァール)」と呼ばれる監督たちで、積極的に社会的発言をしている。ドイツのアキン監督のような、ただ1人目立つ存在といえる監督は、わが国では知られていない。しかし、あえて挙げれば、第一次世界大戦中にドイツと戦った、北アフリカ出身兵の物語『現地人』(2006年、ラシッド・ブシャレブ監督/カンヌ国際映画祭主演男優賞〈5人の主演男優賞同時受賞〉)がある。
この種の、移民を扱うフランス作品は、女性観客狙いの日本では、なかなか配給されない。



 3本柱

カティヤに有利な証言をするテロリストの父メラー
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


 前述のように、アキン監督作品は、シンプルな力強さがあり、本作『女は二度決断する』でも、その特徴が生かされている。筋書き自体は3部構成で、「事件」「法廷」「復讐」に分かれ、フラッシュバックの多用で筋を複雑にするよりは、順撮りのような見やすさがある。



事件

ギリシャでのカティヤ
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


 トルコ人移民への差別問題
劇中の主人公一家は、夫のトルコ人移民2世ヌーリ(ヌーマン・アチャル)、妻の生粋のドイツ人カティヤ(ダイアン・クルーガー)、そして、1人息子のロッコ。
冒頭は刑務所、白の上下できめたヌーリが出所し、表では花嫁のカティヤが婚礼衣装で待つ。麻薬所持で服役していた夫は、待望の結婚式を迎える。
裏商売の彼は、今や堅気となり、トルコ移民街の一角で、在留外国人相手のコンサルタント業に勤(いそ)しんでいる。妻は経理担当、息子は父親の仕事場で遊ぶ、幸せな一家である。
カティヤは忙しい仕事の合間を見つけ、女友達とトルコ式蒸し風呂へ行きリラックス。湯上りでさっぱりした彼女が事務所へ戻ると、爆弾テロで事務所は破壊され、夫と息子は死亡。早速、警察が動き出すが、トルコ人同士の麻薬にかかわる報復事件と見立て、捜査を開始する。
警察は、麻薬の前科のある夫の身辺を執拗(しつよう)に洗い、カティヤには加害者に対するような質問を浴びせ、心身とも衰弱の彼女をさらに苦しめる。ここに、ドイツ公権力のトルコ人移民に対する差別と偏見が明らかに見て取れる。戦前の朝鮮人に対するわが国の差別と同根だ。




裁判

逃げるテロリストの女性
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


 カティヤは旧知の弁護士ダニーロ(デニス・モシット)を頼る。そして、この事件が極右によるテロ事件であることを把握する。
本作の発想の一端はNSU(国家社会主義地下運動)なる、極右グループのテロ事件を下敷きにしている。2000年から7年間、ドイツ各地でトルコ人をはじめとする外国人9人とドイツ人警官を殺害、また、人の出入りの多い繁華街での爆弾事件を起こしている。
ドイツのメルケル首相は、これらの事件の遺族に謝罪している。この謝罪、人道にかなう行為であり、また政治的に非常にうまい大人の判断である。
テロ組織のメンバーは若いドイツ人カップルで、事件直前、そのうちの1人である若い女性がヌーリの事務所前で、自転車に鍵をかけずに立ち去ったことをカティヤは記憶している。夫、子供を殺した爆弾は、この自転車の荷台に載せられていたのだ。
テロ実行犯側の弁護士は、ドイツ人の反移民感情を巧みに利用し、「彼らならばやっても不思議でない」と、細かな事象を挙げつらい、テロ犯罪を無罪へと導く。




復讐

夫と息子の遺影
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


 舞台が突然、暗いドイツから、陽光燦燦(さんさん)たるギリシャへと移る。そこには、キャンピングカーでバカンスを楽しむ、無罪になったテロリスト2人が来ており、現地の極右グループと連絡を取り合っている様子だ。
ここでカティヤは、彼らとどのように対峙するかが、最後の見せどころとなる。彼女は友人の弁護士から、上告期限までにドイツに戻ることを要請され、一応帰国すると返事をする。しかし、彼女の腹は既に決まっておりキャンピングカーの下に、農薬に釘を交ぜた手作りの爆弾を仕掛ける。
しかし彼女は、その計画を変更する。急いで爆弾を回収し、改めてテロリストを直接訪ね、自爆の道を選ぶ。
なぜ裁判で争わず、直接行動に出たのであろうか。2つの可能性が考えられる。まず、ドイツの司法を見限ったこと。もう1つは、家族を失い、自暴自棄になり、自ら犯人に鉄槌(てっつい)を下したかである。
いづれにしても、トルコ系移民のアキン監督の、裁判や極右グループが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する現代ドイツに深く失望する様(さま)が読み取れる。移民、難民に割合寛大なドイツですら、国内は右傾化し、寛容さを失っている現状の批判であり、危機感なのだ。
アキン監督のような、政治性の強い発言の作品を送り出すドイツ映画界の真っ当さに、見る側は引き込まれる。難民、移民で右傾する欧州の現状の証言である。





(文中敬称略)

《了》

4月14日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA 他全国公開

映像新聞2018年4月2日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家