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『ザ・スクエア 思いやりの聖域』
2017年カンヌ映画祭で最高賞受賞

 「第70回カンヌ国際映画祭」(2017年)でパルムドール(最高賞)を受賞した作品『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(以下『ザ・スクエア』、リューベン・オストルンド監督、スウェーデン/151分)がいよいよ公開される。本作、知的な興味をそそり、作り手オストルンド監督の社会学、心理学への造詣の深さがにじみ出ている。

人間の本質をユーモアに描く

 オストルンド監督の前作『フレンチアルプスで起きたこと』(14年)は、家族の信頼の崩壊を描いたものである。スキーバカンスでフレンチアルプスを訪れたスウェーデン人一家。食事中に予期せぬ雪崩に遭うが、真っ先に一家の主人が逃げ出し家族の信頼を一挙に失う。深刻ながら、おかしくもある物語だ。この作品で、北欧の若手監督のおかしみを交えた発想の良さが高く評価された。
本作『ザ・スクエア』では、彼の発想のユニークさに磨きがかかり、人生に対するより深い考察がなされている。  
  


信頼と思いやりの聖域

ザ・スクエア
(C)2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 「ザ・スクエア」とは、スウェーデンのある美術館の企画により、美術館敷地内に白い線で作られた、わずか数平方bの四角形(スクエア)のことで、「聖域」を表している。備え付けられた金属プレートには、「ザ・スクエアは、信頼と思いやりの聖域です。この中では誰もが平等の権利と義務をもっています。この中の人が困っていたら、それが誰であれ、あなたはその人の手助けをしなくてはなりません」と刻まれている。
少し教訓的呼び掛けだが、人間世界の社会性の善き一面を掲げている。問題は「ザ・スクエア」内の困っている人に、誰もが手を差し伸べられるかである。
オストルンド監督は、インタビューで次のように述べている。「もし、1人の人が助けを求めても、周りの目がある時は救助行動に対する抑止力が働きます。このことは、社会心理学の『傍観者効果』として知られています。そこには付随的に責任の拡散現象が起きます。『ザ・スクエア』の展示の主旨は、社会における信頼という問題に取り組み、現在の社会的価値を再評価する必要性を模索するアート・プロジェクトなのです」



提唱者

クリスティアン
(C)2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

  このプロジェクトの提唱者は、美術館のチーフ・クリエーター(キューレーター)のクリスティアン(クリス・バング〈デンマーク〉)である。高い教養を身につけた知的エリートである彼の提言によって「ザ・スクエア」は始まる。プロジェクトを提唱して、部下や外部からの専門家を指揮し、PR作戦を練り展示方法を検討、そしてセレモニーやディナーを取り仕切るのが彼の役割だ。
長身で洗練されたファッションに身を包む彼は、バツイチで2人の幼い娘を持つキャリア組である。しかし、彼はエリート風をまき散らすこともない、誠実な人柄の持主だ。この善良なエリートに災難が次々と襲いかかり、現実が「ザ・スクエア」の理念を少しずつ色あせさせ、日常の中の信頼と正義の乖離(かいり)が彼を悩ます。



最初の一撃

騒ぎ立てるスリの一味の女性
(C)2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 朝、クリスティアンが出勤する途中、駅前の人混みで1人の女性が「あの男に殺される」と大騒ぎする。近くにいた1人の男が、何とかなだめようとするが、周囲の人々は無関心である。
女性が「あの男」と指すと、その男が近寄ってくる。なだめる男はクリスティアンに助けを求めるが、言われた彼は積極的に動こうとしない。だが、女性が指さす男性が近づくにつれ、クリスティアンは渋々手助けに乗り出し、2人の間に割って入る。そして女性1人、男性3人がもみ合いになりながらも、寄ってきた男を退散させ、ひと安心。
しかし、その最中にクリスティアンの財布と携帯電話は掏(す)られている。移民と覚しき男女3人組による組織的スリであることに気付く。ここが物語の始まりである。



必死の捜索

クリスティアンににじり寄る女性記者アン
(C)2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 大事な財布と携帯電話を掏られたクリスティアンは事務所に戻り、アシスタントの青年とともに、PCで携帯電話の位置を探し当てる。そこは、郊外の低賃金者用の団地であることを突き止め、団地の各戸のポストに脅迫的なビラを投げ込む。
ビラの効果なのか、指定したコンビニ(スウェーデンにも「セブン・イレブン」の存在に驚かされる)に盗難品が匿名で届けられ、大喜びするクリスティアン。夜はディスコで羽目を外す。彼の周りの女性の中に、以前取材を受けた記者アン(エリザベス・モス〈米〉)が目にとどまり、2人で楽しもうと彼女のアパートへ直行し、一晩をともに過ごす。これが第2の御難となる。
翌朝、展示の準備で忙しく動き回っているところに、アンがやってくる。彼女は「自分のことを覚えているか、私の名前を言えるのか、私は誰とでも寝る女ではない」と彼に詰問。美術館内であり、他人に聞かれそうでヒヤヒヤのクリスティアン。迷惑な話である。




移民の少年の出現

企画会議、クリスティアン(右)
(C)2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 さらなる御難は、移民で12、13歳の少年の出現である。彼は「ビラのせいで泥棒扱いされたから、両親や自分に謝って欲しい」と大声でクリスティアンに迫る。やたら弁の立つ少年で彼を困惑させる。
次に少年は彼のアパートに現れ、再び謝罪を要求する。ビラの件で、被害者であるクリスチャンは、ついつい声を荒げ少年を退散させる。





異物の混入

 さらなる不条理な事件が起る。美術館で「ザ・スクエア」展示の講演でクリスチャンが話すと、拍手がポーンと1つ入る。これがしばらく続き、しまいには中年男が「アバズレ」「オッパイを見せろ」と叫び、女性司会者をイラつかせる。何とも説明のつかない話だ。
この場面、講師へ向かっての拍手、ヤジではないだけに、見ている方はおかしみを感じ、不思議な感覚に陥る。



類人猿登場

ディナーと類人猿の余興
(C)2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 初日の開会記念ディナーでは余興のパフォーマンスが演じられ、類人猿に扮(ふん)する男性がテーブル間を徘徊し、招待客を威嚇する。やりすぎのパフォーマンスで、ディナーは流れる。聖域内の1人が手を差し伸ばして助け(この場合は関心をひくこと)を求め、無視されたことで、傍若無人な振る舞いに出たとも解釈される。
次いで、クリスティアンは、謝罪のため少年の家庭を探すが、少年の一家は既に引っ越し、最後の手段としてSMSで試みる。しかし、これがなぜかYouTubeに流れ、周囲の不興を買う事態となり、そして彼の辞職へとつながる。不運の連続である。



不寛容な現代社会の問題も衝く

スクエア
(C)2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 辞職の記者会見では、移民の女性ジャーナリストから、PR会社が独自で制作した過激で不快な画像の流出について、「ザ・スクエア」の主旨でもある表現の自由の逸脱を指摘され窮地に陥る。すべてが裏目に出るクリスティアンの救いは、2人の娘の存在だけとなる。
善意の逆転の連続に翻弄され打ちのめされる彼だが、無視できないのが、移民の増加、社会の不寛容な姿勢、それに伴う極右政党の躍進といった、平和の国スウェーデンの社会問題に対する警告がはっきりと打ち出されている点だ。
皮肉な結果を迎えるが、信頼の回復と正義の実行を求める姿勢は貫かれ、現代社会の不寛容も衝(つ)く1作である。





(文中敬称略)

《了》

4月28日から、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、立川シネマシティほか、全国順次公開

映像新聞2018年4月16日掲載号より転載

 

 

 

中川洋吉・映画評論家