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『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』
本格的な韓国版フィルム・ノワール
男同士の対立に友情絡める

 昨年、「第70回カンヌ国際映画祭」のミッドナイト・スクリーニング部門で上映された韓国映画『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』(ビョン・ソンヒョン監督)は、コンペ部門ではないが、韓国を代表し特別招待作品に選考された。韓国版フィルム・ノワールであり、男同士の対立に友情を絡める、見せる作品だ。
 
わが国でヤクザ映画とくくられるジャンルでは、大スターである高倉健、鶴田浩二の名はよく知られる。このフィルム・ノワールは米国映画の得意な部門だが、フランスでも花を咲かせ、ジャン・ギャバンのような大物スターを輩出した。 本作では、本来のフィルム・ノワールの特徴である、裏切り、敵の排除といった重要な要素を生かしている。

最初の銃弾

ジェホ(左)とヒョンス(右)
(C)2017 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

 冒頭、港の岸壁で2人の男がテーブルを囲み、1人はガツガツと魚料理に舌鼓を打ち、もう1人は軽蔑的まなざしで食事中の男を眺めている。ヤクザの昼食であるが、そこに1人の港湾労働者が何気なく2人に近づき、魚好きのヤクザをあっという間にピストルで射殺し、ほかの労働者がすぐに死体を何処かに運び出す。
この何げなさ、有無を言わせない殺人、組織犯罪は、映画の全体像を予感させる出だしだ。「いよいよ本番の始まり」と大向こう受けの狙いが透けて見える。  
  


2人の主演男優

刑務所内の会話
(C)2017 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

 見応えのあるキャスティング
所変り、舞台は刑務所に移る。帝王然とした受刑者の1人が君臨する。彼の名はジェホ(ソル・ギョング/国民的大スターのアン・ソンギをもっとアクを強くしたタイプの韓国スターの1人、代表作『シルミド/SILMIDO』〈2003年〉)である。
彼は、所内でのたばこ売買の元締めで、そのもうけで所長、看守を買収、所内の権力を手中に収めている。同時に彼は麻薬密売組織のナンバー2であり、今は"別荘"でひと休みの様子。あり得ない話だが、この劇画的設定には迫真性がある。
そこへ飛び込んできた若者ヒョンス(イム・シワン/ボーイズバンドの一員で歌手兼俳優、代表作『弁護人』〈13年〉)は、横柄で生意気な兄(あん)ちゃん。鼻柱が強く、平手打ちゲームに積極的に参加し巨漢を倒す。これを見たジェホは「若いの、なかなかやるじゃないか」と、ご満悦の様子。



刺客登場

帝王ジェホ(中央)
(C)2017 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

  そこに事件が起る。ジェホの刑務所内の君臨ぶりを見て、彼の親分で麻薬密売組織を牛耳るコ・ビョンチョル会長は刑務所に刺客を送り込む。それも、多勢の子分を引き連れて。
このようなことが可能なのか頭をひねるが、この刺客の人相が打ってつけなのだ。ひと目で悪党と分かるハリウッドの往年の怪優ジャック・パランス(古いアメリカ映画ファンにはよく知られ、西部劇『シェーン』〈1953年〉のような名作にも出演するが、彼にアカデミー助演男優賞をもたらせた『シティ・スリッカーズ』〈91年〉が代表作)を思わせる。その彼が全羅道(地域名)の容ぼう怪異なヤクザの大ボス、キム・ソンハン(ホ・ジュノ)である。
彼は、ジェホの所内での権力を奪い、手下に命を狙わせる。ジェホに危機が迫る。手下の1人がナイフで躍りかかろうとするが、たまたま傍らにいたヒョンスが取り押え、ジェホはすんでのところで命拾いする。この事件を機にジェホとヒョンスは親密な間柄となる。



ジェホの人生観

車上の2人
(C)2017 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

 親しくなった2人は、厨房で自身について語り合う。再び権力の座を奪い返したジェホにとり、独房は寝るためだけの所。所内では好きなように動き回り、とりわけ厨房がお気に入りだ。彼の一党は横座りで大酒盛り、それはキリストの「最後の晩餐」のパロディーである。ソンヒョン監督の遊び心であろう。
ある時、厨房でジェホは「人を信じるな。状況を信じろ」と自身の人生観を若いヒョンスに語る。幾度となく裏切られたジェホの悲痛な叫びだ。しかし、裏を返せば「人を信じたい」との思いもある。
そしてジェホは、ヒョンスに娑婆(しゃば)で一緒に仕事をすることを提案。これに対し、親近感を一層深めるヒョンスは、自身が警察のスパイであることを初めて打ち明けるが、ジェホはあまり動揺する様子はない。



母の死

シャバのジェホ
(C)2017 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

 ヒョンスは、父親知らずの母子家庭育ち。その母親がひき逃げによって事故死する。刑務所内の彼は、葬式のために1日だけの出所を願い出るが許されない。さらに、同様なことを警察の女性上司チョン主任に頼むが却下される。
しかし突然、1日だけの出所許可が下り、母親の葬式に臨むことができる。このことは、ジェホが顔を効かせての計らいである。葬式費用も彼が工面する。




3つ巴の闘い

シャバのヒョンス
(C)2017 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

 コ会長一派は、コカイン50?をロシアから密輸する商談をまとめる。両者は引き渡しのため、港湾で落ち合う。そして、取引を遠くから見張る警察のチョン主任と多勢の警官。一触即発一歩手前の状況である。
コカインの引き渡しが終わったところで、警察が「御用」とばかりに踏み込む。しかし、肝心のコカインは出てこない。大捜査網を敷いた警察の大失態となる。コカインは、コ会長から荷の受け取りを任されたジェホが事前に抜き取り、韓国、ロシア勢の裏をかいたのであった。
ここまでの展開はスピーディで、見る者をグイグイと引き込む。この辺り、日本の若手監督と力(りき)の違いをはっきり見せつける。





最後の選択

 ことの次第を解明した警察は、すべてヒョンスの描いた絵とにらみ、彼を港湾から拉致し、警察で取り調べる。ジェホに傾倒しかかったヒョンスの母親の死は、ジェホのひき逃げであることを現場の監視カメラで解析し、チョン主任は、そのことをヒョンスに告げる。自身の手下を何としても引きとめたい警察の一策だ。
ヒョンスはジェホとの対決を決心。彼と撃ち合いのため港湾に戻る。そこでヒョンスはジェホを見つけ、迷った挙句ジェホを殺そうとする。2人とも相手の身を心配しつつの対決で、いずれにせよ、どちらかが死ぬ運命にあり、己を犠牲にする覚悟が出来ている。
ジェホはヒョンスを生かすことを内心決める。重傷を負ったジェホは最後の力を振り絞り、車まで戻るが、チャン主任は情け容赦なくジェホを射殺する。ラストの場面は呆然とするヒョンスのアップとなる。
テンポの早い大活劇である。裏切り、排除の論理の世界における人間の生き様と散り際を、オーソドックスな展開で、見せるフィルム・ノワールに仕立て上げられている。
本作は、ヤクザ社会を通しての人間性を追う趣向が効いている作品といえる。そこには人間社会の持つ、暴力、裏切り、排除の論理に代表される負の部分の凝縮が見える。そのせめぎ合いが、作品にリズムと緊張感をもたらす。
また、韓国独特の強烈なリアリズム、例えば、熱油を浴びせる拷問場面のエゲツなさは息をのむほどである。
本作が長編3作目である、38歳の若手世代のソンヒョン監督は、フィルム・ノワールの定石をきちんと踏んでいる。
見て面白い作品だ。主演のジェホ役のソル・ギョング、ヒョンス役の若いイム・シワン、チョン主任役のチョン・ヘジン、そして、刺客の大物キム・ソンハンの異形の役をこなすホ・ジュノと見応えのあるキャスティングである。






(文中敬称略)

《了》

5月5日から新宿武蔵野館ほか全国順次公開

映像新聞2018年4月23日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家