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『29歳問題』
30歳を迎える2人の女性の生き方
揺れる心情を女性監督が描く

 香港から、女性監督の手になる『29歳問題』(2017年/キーレン・パン監督・脚本)がやってくる。いわゆる30歳を手前にし、心が揺れる女性の心情を描き、都会的なおしゃれさとおおらかさがあり、世代について各人なりに考えさせる作品だ。
パン監督は、元々クロスメディア・クリエーター、作家、脚本家であり、香港を中心に活躍する才女。本作は最初、彼女が脚本・演出・主演を1人でこなす舞台劇『29+1』として、2005年に上演され好評を博した。そして、17年に映画化された。
 
元来、香港や台湾作品には、軽やかにして弾む青春ものが見られる。これは多分、香港の大陸的雰囲気、台湾の南国的環境が大きく影響していると考えられる。
本作では、1人芝居ではなく、2人の女性を中心に描かれており、青春のさわやかさ、夢と現実の落差、ほろ苦さが、じっくりと見る者を囲い込む。そのうえ、見ていて「分かる、分かる」と思わず頷(うなず)く親近感もある。


クリスティ

クリスティ
(C)2017 China 3D Digital Entertainment Limited

 時代は2005年、主人公の1人、化粧品会社勤務のOLであるクリスティ(クリッシー=ラム・ヨックワン/香港の人気モデルで、近年は映画、TVに進出)は、あと数カ月で30歳を迎える。ルックスが良く、おしゃれのセンスもあり、仕事もでき、彼氏もいる申し分ない境遇。しかも、女社長も彼女の仕事ぶりを評価し、部長に昇進させる。



クリスティと女子会
(C)2017 China 3D Digital Entertainment Limited

彼女はマンションで1人暮らし。時には女子会で盛り上がり、毎日が充実しているようで、すべてが順調に見える。物語の前半は、このイケイケの若き女性が1人で突っ走ると思わすくらいの勢いで進む。

冒頭、ベッドの上のベルが鳴る。眠そうな彼女は寝ぼけまなこで目覚まし時計のベルを止め、着替え、朝食、そして入念に化粧する、戸棚には高級化粧品がぎっしりと詰まっている。
女社長(右)とクリスティ(左)
(C)2017 China 3D Digital Entertainment Limited

昇進後、仕事は格段と忙しくなり、人間関係も変わる。若い部下たちとの会話がかみ合わなくなり、愕然(がくぜん)とする彼女。長年の付き合いの彼とも、いま1つ燃え上がらず、気持ちが疎遠になり始め、八方塞がり状態になる。     


決心

クリスティ(左)と恋人
(C)2017 China 3D Digital Entertainment Limited

 人間、誰しも年齢の段階は気にするもの。女性であれば、20代から30代への時期は結婚絡みであり、本作のタイトルはここからきている。男性なら30代から40代への踏み込みだろうか。自身の将来性への疑問が鎌首をもたげるこの年代現象は、人に大決心(それほどでもないのだが、結果論として)を促す。
クリスティの場合は、一度すべてを捨てる決心をする。それには、大きな要素が1つ絡む。オーナーがマンションを売りに出し、退去を余儀なくされる。彼女の苦境を見て、管理人が友人のつてで1カ月だけ住める場所を世話する。
クリスティ(左)と父親
(C)2017 China 3D Digital Entertainment Limited

しかし、もう1つの問題が彼女を待ちうける。彼女は母親を亡くし、同居する認知症の父親が頭痛の種で、「飯ができた」とひっきりなしに電話をしてきては、彼女を悩ます。



新居

ティンロ
(C)2017 China 3D Digital Entertainment Limited

  新居となる、空きの多い古いマンションの一室には、無数の写真でかたどられたエッフェル塔が、リビングルームの真中に鎮座する。これを目にしたクリスティは度肝を抜かれる。部屋には少女趣味とおぼしき小物が所狭しと埋め尽くし、水槽には亀が2匹いる。今まで見たこともない住空間である。
ここに作者キーレン・パンのマルチな才能が散りばめられている。ただの脚本書きでは、このサイケ調の空間の発想はないだろう。
極め付きは、奇想天外な部屋の説明。テレビの横に張られたメモには「スイッチを入れる」と書かれており、彼女はそれに従う。するとメガネをかけた太めの女性が画面に現れ「私はティンロ」と自己紹介し、後はトリセツ(取扱い説明書)のように室内を紹介する。
この新居、意気の上がらぬクリスティには、ちょっとした気つけ薬になった様子だ。ふとソファに目を落とすと、日記帳に目がいく。興味半分でパラパラとページをめくると、貸手ティンロは偶然にも誕生日が同じで29歳問題を抱える世代と判明。それもあり、クリスティは日記を読み始める。
そこには初恋とその不成就、好きな歌手はレスリー・チャン(この彼が伏線)、7歳以来の友達半分、恋人半分とのセックスの未遂、パリ行きの理由、そして乳がんで余命3カ月と、開けっ広げ度満点の告白。思わずクリスティは日記に引き込まれる。
物語の展開は、ジェットコースターばりに揺れが激しい。そのうえ、ハナシの進行にひと工夫こらされている。
日記に本人のティンロが登場するのは当然だが、語り部であるはずのクリスティが現われ、はたまた香港とパリに居る2人がエッフェル塔を前にする場面と、変化をもたせ見せる。このあたりの処理は悪くない。



2人の初対面

 クリスティとティンロは、日記の上でのつながりにしか過ぎない。しかし、ティンロが1カ月後に帰国の時は2人とも既視感を持つ。
実は既に一度、2人はレコード店で顔を合わせていた。クリスティが友人へのプレゼントを求め入った店の店員がティンロで、2人は互いの顔を覚えていた。
プレゼントは、ウォン・カーウァイ監督(『花様年華』〈2000年〉で有名なアート的作風の監督で、2000年代に活躍、カンヌ国際映画祭審査委員長にも選ばれたスター監督)のサイン入りポスターである。彼のポスターであれば随喜の涙をこぼすファンが現在でもいるのではなかろうか。



ティンロ

 後半になり、物語を盛り上げるのは、新しい住居の貸主、ティンロである。この彼女の天真爛漫ぶりが、ハナシをぐいぐいと引っ張る。
何の悩みもなく、いつも明るくふるまう彼女だが、検診の結果、乳ガンが見つかりショックを受けながらも、パリ行きは諦めない。彼女の生涯の希望であり、憧れのパリへ行かずして死ねぬほどの思い入れ。
彼女は自分を励まし、明るく生きるコツを幼なじみのボーイフレンドに伝授する。それは、前を向きニッと笑うことである。おまじないめいているが、必死で生きようとする自己暗示だ。人生とは、このような気持ちを絶えず持ち続けることが大事と言っているようでもある。
ティンロのパリ行きに大きな影響を与えるのが、歌手・俳優として活躍した香港の超スター、レスリー・チャン(2003年に香港の高級ホテルから原因不明の投身自殺。今でも彼の命日にはファンが集まるそうだ)主演のTVドラマ「日没のパリ」である。




香港好き

 香港テイストで親しみと軽やかさ
作中、数々の香港ポップスが散りばめられ、ノスタルジーが見る者の心に響く。例えるなら、昭和歌謡の懐かしさと同じものが、香港人の胸をかきむしる。この香港テイストが、作品に親しみと軽やかさをもたらすが、これがパン監督の大きな狙いでもある。とにかく、香港テイストが心地良く、体の中を駆け巡る。これらは、香港で暮らしてみたくなる要素であり、本作にはゴマンと詰まっている。
そして、レスリー・チャンの歌うエンディング曲「ゼロからの開始」が流れ、人間、それぞれゼロから生きる思いを、2人の女性クリスティとティンロに託している。
再出発を図るクリスティ、ガンを乗り切ろうとするティンロ、29歳の2人の生き方にホロリとさせられる。楽しい1作である。






(文中敬称略)

《了》

5月19日からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

映像新聞2018年5月14日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家