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『サバービコン 仮面を被った街』
黒人差別テーマに2つの物語を合成
冴えるコーエン兄弟による脚本 |
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1950年代の米国社会の一面を映す『サバービコン 仮面を被った街』(ジョージ・クルーニー監督/2017年、米国/以下、『サバービコン』)は、今も続く黒人差別について触れる作品である。脚本はコーエン兄弟が手懸け、何か必ず飛び出すと思わす布陣だ。
ハリウッドの超大物スターであるクルーニーは監督業にも進出し、社会的素材を取り上げる骨っぽさがある。今回、この彼が狙うテーマが黒人差別問題。実は、本作『サバービコン』は2つの物語の合成で、その化学変化で見せる作品だ。
発端は、クルーニー監督と共同脚本のグラント・ヘスロヴが、ペンシルベニア州レヴィットタウンで起きた暴動事件について執筆の際、この暴動の背景たる事件のドキュメンタリー「Crisis in Levittown」(1957年)に行き着き、それを参考にした。
その後、レヴィットタウンのストーリーを練っている最中、コーエン兄弟が1999年に手懸けた『Suburbicon』の存在を思い出し、この2つの物語を結びつけ1つの話に構成することとなる。
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ガードナー(左)とマーガレット(右)
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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一晩の出来事が同時に進行
まず、作品はこの事件のドキュメンタリーに発想を得ている。発端は、ある郊外に作られた大型の住宅地への、黒人一家の引っ越しである。白人優位を信じて疑わない白人住民たちが黒人排斥運動を起し、暴動へとつながる。これが1つ目の物語である。
そして、コーエン兄弟の埋もれた脚本は、全く違う話運びとなっている。マイホームを手に入れた白人一家に強盗が入り、クロロホルムで全員が眠らされ、それが原因で夫人は死亡する。一歩外へ出ると、隣家の黒人一家の前では、白人たちが気勢を上げている。
一見、何の関係もない話が並行して進む。この異質な事件をいかに結びつけるかが、作品の大きな見どころとなる。
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ガードナーとマーガレット
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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第2次世界大戦が終わり、本国では戦争をしない米国は、欧州、アジア諸国と異なり、国土は荒廃せず、1950年代はアメリカンドリームの時代となる。
朝鮮戦争(50年)、対日平和条約(51年)、マッカーシーの赤狩り(53年)、公民権運動の台頭(55年)、エルヴィス・プレスリーの登場(57年)などが時代を象徴し、テレビ、大型冷蔵庫、大型自動車が生活の中に入り、白人の憧れは、郊外の芝生の庭付きの一軒家である。
すべてが白人主導の時代であり、不満を持つ黒人たちは公民権運動を起すが、これは60年代まで続くこととなる。また、社会全体が画一主義であり、皆が同じスーツを着用して同じ帽子を被るような、決まった様式にならうのも、この50年代であった。
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警察の面通し
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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冒頭、白人の中産階級が望む不動産のパンフレットが紹介される。快適な居住空間、広々とした芝生の庭、車庫には大型車というのが標準である。そして、その住宅地の名は「サバービコン」と名付けられ、白人のみの居住区となり、黒人は都市の狭い空間を占めるほかなかった。
この郊外住宅は、「郊外の父」と呼ばれるウィリアム・レヴィットにより大量生産され、各地にレヴィットタウンが誕生、白人中産階級の要望に応えた。この保守的でちょっとエリート意識を持つ白人たちに中に、黒人一家が交じるのが本作『サバービコン』の骨子だが、騒ぎが起きないわけがない。
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白人の黒人いびり
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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ある日、「サバービコン」に居を構えた白人一家のロッジ家に強盗が入る。1人は屈強な大男、もう1人は中年のチンピラ。彼らはクロロホルムを夫のガードナー(マット・デイモン)と妻のローズ(ジュリアン・ムーア)、そして妻の双子の姉であるマーガレット(ジュリアン・ムーアの2役)にかがす。隅に隠れていた幼い息子のニッキーがこの様子を見ている。この場面で家族全員が紹介される。
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2人の少年
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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一見、平和でアメリカンドリームを手に入れた一家であるが、妻のローズはクロロホルムのため死亡する。
彼女は、夫の引き起こした自動車事故で車椅子の生活を送り、それが原因の1つとなり性格が暗く、夫婦の関係はギスギスしている。一方、伯母のマーガレットは明るい金髪美人で、妹の不自由な体を思いやり、ロッジ家で起居して、いろいろと世話をする。
ニッキーはおとなしい性格の少年で、すぐに隣家である黒人一家マイヤーズの同年代のアンディと親しくなる。ほかに伯父のミッチは、「妹を殺した奴らに復讐してやる」と憤るニッキーの数少ない味方である。
彼らこそ、1950年代の典型的な家族であり、コーエン兄弟がどのようなひねりで物語を展開させるかが、興味の焦点となっている。
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車の炎上
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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警察の捜査は難航し、なかなか手掛かりが得られない。ある時、警察で犯人の面通しがあり、隅に隠れて犯行の一部始終を見ていたニッキーは、2人組の犯人に見覚えがある。しかし、なぜか父と伯母は知らないと述べる。ここで少年は、この事件の裏にある秘密を嗅ぎ付ける。
脚本では、このニッキーの目を通して、事の推移が徐々に明らかになる手法をとっている。
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ローズの葬儀でのニッキー(左)とミッチ伯父
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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仕事面では、父親のガードナーは地元の会社役員。妻を失った彼に、社長をはじめ周囲は同情的だ。
この彼の服装たるや、1950年代の典型で興味深い。例えば、ホンコンシャツ(半袖)に地味なネクタイ、古い伝統的な形の眼鏡など、画一的な50年代スタイルである。幾分太り気味のマット・デイモンが眉間(みけん)にシワを寄せ、実直そのものといったサラリーマンを演じている。ここにも時代相が出ている。
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殺人請負の悪党2人
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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オフィスに事件担当の警部が現われ、ガードナーの個人支出のあいまいさについて尋ねるが、釈然としない様子。次に現われる保険調査員バド(オスカー・アイザック)は、数カ月前に亡くなったローズの保険の掛金が増額を怪しされたことを怪しみ、それをネタに留守番のマーガレットを脅し、保険金をせしめようとする。
強盗はニッキーに犯行現場を見られたことに気付き、親分が子分にニッキー殺しを命じる。危機が幾重にも迫り来る。
この状況の後ろでは、ガードナーとマーガレットは肉体関係を結び、ローズの保険金でオランダ保護領アルバへの高飛びを話し合う。ここで、ガードナーとマーガレットが妻のローズに保険金を掛け、殺し屋を雇った事実が明らかになる。
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クルーニー監督
(C)2017 SUBURBICON BLACK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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ラストで保険調査員のバドは、洗剤入りのコーヒーをマーガレットから飲まされ死亡。ニッキー殺しを企む強盗の子分は、助けに来たミッチ伯父に刺され、親分は交通事故死する。ガードナー自身も、マーガレットが保険調査員用に作った毒入りサンドイッチで死ぬ。
しかも、隣家前では白人たち数百人が暴徒化し、隣人マイヤーズ家の車を炎上させるなど騒ぎが一晩続き、やっと収まる。しかし、その暴動を止める白人は1人もいなかった。
一晩の出来事が2カ所で同時進行し、次々と殺しのアイディアが湧き出るあたり、コーエン兄弟の脚本の冴(さ)えがみられる。いつものひねりの効いたユーモアを抑え、深刻感を強調している50年代の時代考証が良くでき、臨場感を保ち、繁栄とその影をうまく引き出している。
作り手の言いたいことは、黒人差別が今も続く状況への警告である。
(文中敬称略)
《了》
5月4日(金)全国ロードショー中
映像新聞2018年5月7日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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