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『友罪』
「命」主題に現在と過去が交錯
抜群の演出テクニックで描く

 『64−ロクヨン』(前編・後編/2016年)で見る者を唸(うな)らせた瀬々敬久監督の新作『友罪』(薬丸岳原作、同監督の脚本)は、テーマの絞り方、視野の的確さ、そして抜群の演出テクニックと、傑作の名に恥じぬ重厚な作品である。

原作

 小説『友罪』(2013年、集英社刊)の元ネタは、1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件とされる。当時14歳の未成年「少年A」が引き起こした事件は、社会に衝撃を与えた。医療少年院を出た彼は、市井に息をひそめて暮らすが、元少年Aとして手記『絶歌』(2015年、太田出版刊)を出版したこともあり、兎角(とかく)話題になりがちな事件であった。
作者の薬丸岳と瀬々敬久は、「少年A」の後日談ではなく、こういうことも可能な「その後」の世界観の下で描くことを主眼とした。この手法は、この映画『友罪』を描く上で極めて有効である。  
  


登場人物

鈴木
(C)薬丸 岳/集英社 (C)2018 映画「友罪」製作委員会

 2人の青年が工場の門をくぐる。1人は益田(生田斗真)、もう1人は鈴木(照英)で、2人は町工場の工員の前であいさつをする。「よろしく」のひと言の益田、無言の鈴木、全く愛想のない青年たちだ。
作業衣に着替える段になり、鈴木はなぜか長袖の下着を脱がない。不審に思う益田は、無言で眺めるだけ。この辺りから既に、鈴木の訳あり感がにじみ出る。2人は先輩の工員たちと一軒家に住むが、ほとんど会話はない。



少年殺害事件

タクシー運転手山内
(C)薬丸 岳/集英社 (C)2018 映画「友罪」製作委員会

 元少年犯とそれにかかわる人々の人生
田舎の畑の中にあるトンネルで、少年の死体を通りがかりの人が見付け大騒ぎとなる。
益田は、以前週刊誌記者であったが、マスコミの本義に反する扇情的な記事ばかりを書かされることに嫌気が差して退社し、今は一工員。この殺人現場に偶然通りかかったのが、昔の同僚、杉本清美(山本美月)である。この一件が後の「連続児童殺傷事件」との類似性の伏線となる。トンネルでの少年殺害事件は、テレビが大きく取り上げ話題となる。
社員寮の先輩工員の2人は、鈴木のあまりの無口ぶりを不審に思い、無断で鈴木の部屋に入り、持ち物を点検する。彼らは一冊のスケッチブックを発見する。そこに描かれているのは1人の女性像であり、同僚はもっと何か事件性のあるものを探していただけに当てが外れる。



もう1本の糸

少年院の石田先生(左)と鈴木
(C)薬丸 岳/集英社 (C)2018 映画「友罪」製作委員会

 複層的人物構成を瀬々監督は実に簡明に描き、彼の演出手腕を感じさせる。会社寮で同宿の益田と鈴木の間にはほとんど会話はなく、むしろ鈴木の方が人を避ける風であり、益田は不審がる。一方、益田は毎晩のように睡眠中うなされるが、あえて鈴木は尋ねない。そこで、いつ2人が普通の関係になるかが待たれる。
ある日、益田は工場で自らの不注意で指を切り落とし、タクシーで病院に搬送される。その時、切り落とされた指を集め、急いで届けるのが鈴木で、この事故をきっかけに2人は会話を交わすようになる。



新しい命

鈴木のカラオケ
(C)薬丸 岳/集英社 (C)2018 映画「友罪」製作委員会

 もう1人重要な役割を果たすのが、病院へ益田を搬送するタクシー運転手、山内修司(佐藤浩市)である。この彼、本筋の益田や鈴木とは異なる人物として配置され、別の物語を奏(かな)でる。
修司は、無免許運転による事故で子供3人を死なせた過去を持つという。被害者には賠償金を払い、命日には果物盛り籠を持って被害者宅を訪れるが、被害者の両親からは迷惑がられ、疫病神扱いされる。この疑問の答は、妻の実家での葬儀の際に明らかになる。
義父が亡くなり、妻とは10年ぶりに顔を合わせる。実は、修司は身内への迷惑を避けるために、家族を"解散"したのであった。ここで初めて息子の正人(石田法嗣)が事故を起こし、父親の修司が罪を肩代わりした事情が語られる。
そして、息子には婚約者がおり、新しい生命を宿していることまで修司は知ることになる。人を死なせ、そのうえ新しい生命までと、父親として怒りと当惑で言葉を失う。人生の皮肉である。最終的に彼は、不承不承ながら孫の誕生を受け入れる。




同僚の裏切り

女性週刊誌記者、杉本
(C)薬丸 岳/集英社 (C)2018 映画「友罪」製作委員会

 益田は、鈴木の無口を不審に思い、直近の少年殺害事件もあり「ひょっとしたら」と鈴木の過去を洗い始める。やはり、彼は17年前の連続児童殺傷事件の犯人、青柳健太郎であることをつかむ。
しかし、そのレポートと鈴木の写真を、ネタの困っていた彼の昔の同僚の週刊誌記者、杉本清美に盗まれ、スクープ記事となる。いわば、本名を隠し生きてきた鈴木の存在が、一週刊誌記者の裏切りにより面が割れたのである。





益田の隠し事

工場内の鈴木
(C)薬丸 岳/集英社 (C)2018 映画「友罪」製作委員会

 ある時、益田は近隣で病に伏している老婦人を訪ねる。彼は涙ながらに謝罪の言葉を述べるが、彼女は息子に親切な良い友達と彼を慰める。老婦人の息子はクラスでいじめに遭い、自殺する顛末が明らかにされる。
益田は親友のいじめの場にいながら、自分がいじめられることを恐れ傍観し、翌日、親友は首を吊って自死する。少しの勇気が益田にあれば、助けられたかもしれぬ悔恨であり、これが毎晩うなされる原因でもあった。






2人の告白

 益田の工場での指切り事故以降、2人は親密に会話を交わすようになる。先ず鈴木が「僕だけでなく、君も毎晩うなされるのはなぜか」と尋ねる。益田は口を濁す。
事前のネットの検索で、鈴木が17年前の連続児童殺傷事件の犯人「少年A」であることに確信を持つ益田に対し、鈴木は「償えない罪について自分も話すから、君の話も聞きたい」と懇願する。
鈴木の告白を聞いた益田は、追い打ちをかけるように、「罪の意識を抱える苦しさを教えて欲しい」と迫り、そのうえでナイフを突きつけ「自殺が出来るか」と問いただす。
自身の告白で吹っ切れた鈴木は、「もう殺人はやらないと決めた。だったら自らの内に抱えるよりほかない。本来なら死んで償うべきでだが、生きる価値もない俺でも心の底では生きたいと願っている。ひどいよね、俺」と真情を初めて表に出す。






命について

 鈴木こと「少年A」の命への固執、益田の生かせるはずの命を見捨てたこと、タクシー運転手山内の自己再生として息子の子供の誕生、サイドの筋として、少年院で母親のように慕った石田先生(富田靖子、鈴木のスケッチのモデル)の担当である十代の少女の流産と、総てが命につながる。
それらを短いシークエンスの挿入により重ね合わせる。嫌でも命について考えさせる作り手(監督・脚本)の卓越した映画的話法が、物語本体とテーマである命をしっかり支えている。
人間の根元的欲求である生きることへの執着の、メインテーマが確実に伝えられている。技術的レベルも高く、瀬々監督の抽象的観念を排し、事実のみの絵柄(映像)で押すインパクトの強さ、作品をより一段と高い地平へと導いている。






(文中敬称略)

《了》

5月25日からTOHOシネマズ 日比谷 ほか全国ロードショー

映像新聞2018年5月21日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家