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『万引き家族』
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞
是枝監督が描く「家族」の絆

 是枝裕和監督の新作『万引き家族』(2017年、120分)が今年の「第71回カンヌ国際映画祭」のコンペティション(コンペ)部門に選考され、5月19日夜(現地時間)の表彰式で、見事に最高賞であるパルムドールを獲得した。カンヌ国際映画祭コンペ部門に過去4回選ばれている同監督の新作は、見どころの多い作品だ。日本公開は6月8日(金)である。

 
カンヌ国際映画祭(以下、カンヌ)に選考され受賞することは、多くの映画監督の夢であり、大変な名誉である。是枝監督は、徐々に世界的知名度を増し、日本を代表する大物監督の地位に近づいていることは間違いない。 カンヌにおいて、日本からは毎年、同監督と河P直美両監督の選考が多く、おそらく事務局の日本映画選考用のリストでは上位にランクされているのであろう。特に河P監督は、実力の割には高い評価を得ており、映画祭事務局は彼女の選考に相当な力コブを入れているフシがある。河P監督の活躍は、この映画祭事務局の強力なバックアップ抜きには語れない。 現在の日本映画界では30、40代に実力のある若手・中堅として、西川美和、纐纈あや、安藤モモ子、呉美保、荻上直子、そして先輩格にヤン・ヨンヒと、才能のある女性監督がそろい、なぜ彼女らの作品が陽の目を見ないのかが不思議である。 一方、男性陣を代表する是枝裕和監督は、今回でカンヌに7回(うちコンペ部門5回)出品。1作ごとに深化し、内容が1段ずつ濃くなっている。特に今回の作品の選考には、文句の付けようがない。

テーマとしての家族

万引き家族
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 是枝監督が力を発揮するテーマは家族であり、それもより身近な存在として描くところに作品の特徴がある。大仰に絆(きずな)を強調し、感動を盛り上げるというよりは、小さな社会集団、中流家庭を対象とし、普通の人々が集う人間集団の物語としている。
そして彼の話法は、映像の飛躍、例えば、フラッシュバックの多用を避け、現実の1コマ、1コマを丁寧に見詰め、その先に見える感情、親近感、距離感を的確につかんでいる。ここが彼の強みであり、安定感といえる。  
  


手慣れた万引き

スーパーでの万引き
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 本作『万引き家族』では、実直な普通のサラリーマン家庭を中心に据えず、万引きを生業(なりわい)とする家族をメインとしている。ここに着想の面白さ、いかがわしさがあり、人の注意を引き付ける。
冒頭、ズバリ万引きから始まる。スーパーで、父親の柴田治(リリー・フランキー)と息子の祥太(オーディションに合格した城桧吏、大変な美少年で初めは少女と思えるほど)の2人が、何やら野球のブロックサインもどきの動作をし合う。これが、連係プレーによる万引きの始まりだ。
2人はそれぞれの所定の位置に着き、祥太が洋服の中に生活必需品を忍び込ませる。それらは、高価なカルピスの特選バターや加島屋の鮭茶漬けといった高級品ではない。



家族構成

治(左)と信代(右)
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 彼ら"トンデモ家族"は、この父子と、作中けん引役を担う妻の信代(安藤サクラ)、信代の妹、亜紀(松岡茉優)、そして大黒柱の祖母、初枝(樹木希林)の計5人である。
前述の万引きを成功させ、寒い夜道、背を丸め父子は帰途につく。途中、寒さの中震える幼い少女ゆり(佐々木みゆ)を見付け、かわいそうに思った治が家へ連れ帰る。
この治は窃盗常習犯だが、気の良いおっちょこちょい。リリー・フランキー演じる、軽くて、中年のうさん臭さ満載の役柄、まさに"感じ"なのだ。彼ほど、うさん臭さを出せる中年男はほかには見当たらない。肩の力の抜き方が自在で、今回も冴(さ)えている。
連れ帰った幼女、金目とは縁遠い代物で、祖母はボヤキながらも温かいうどんを食べさせる。一家はギスギスしたこところがなく、何か暖かいのだ。この設定も是枝監督の狙いであろう。



住居

夫婦とゆり(中央)
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 『万引き家族』を語る上で重要なのは住居だ。2016年製作の『海よりもまだ深く』は団地で、今回はビルの谷間の古民家である。ここの持主は初枝であり、治夫妻、祥太、亜紀が初枝の月6万円の年金を目当てに住み着く。当然ながら、家賃はロハ(無料)、生活費は初枝の年金、そして不足分は万引き、これが一家のライフスタイルだ。
家の中は、おもちゃ箱をひっくり返したような、乱雑な状態である。食事の時は、各自が空いたスペースを陣取り、茶の間で食卓を囲む風景とはほど遠い。何か足りないものがあれば、それをヤミ調達する。
普通の日本人の暮らしに強く固執する是枝監督は、『海よりもまだ深く』での団地の物であふれかえる台所、今回はゴミ屋敷一歩手前の古民家にこだわる。撮影上、場面転換時の美術係の苦労は大変だろうが、是枝監督は「ゴタゴタしている方が、選択肢が狭まりカメラ位置が決めやすい」と逆説的な説明をする。



各人の役割

祥太(右)とゆり
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 家族は、一応仕事を持っている。治は工事現場、信代はクリーニング工場。未就学児の祥太は、一家の一員となった幼女ゆりを連れ近所の駄菓子屋へ日参し、こまごましたものをくすねる。亜紀はマジックミラー越しに客と接するJK見学店(JKは女子高校生の意味、一種の風俗店)でアルバイト。家長格の初枝は、昔、夫を寝取った家族の所へ時折顔を出し、茶菓をご馳走になり帰り際には金一封をせしめるなど、したたかに生きる。



愛情と男気

家族の海水浴
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 ひねりを効かせた人間ドラマに
信代は、居ついた幼いゆりを、わが子のようにかわいがる。幼女が彼女の母性本能をくすぐるようだ。駄菓子屋の親父(柄本明)は、祥太の万引きを先刻承知で、店の出際(ぎわ)に「妹に万引きのまねをさせるのではないぞ」と諭す。渋い、男気溢れる場面だ。
本作のオリジナルの発想は、年金不正受給事件から得ているが、単なる事件ものとはせず、是枝監督は、より膨らみをもたせ、かなり捻(ひね)りを効かせた人間ドラマを構築している。その1つがギスギスした人間関係よりは、むしろ人の持つ優しさを前面に押し出すところである。





ドラマの盛り上がり

花火をする一家
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 ラストに入り、ドラマが急激に盛り上がる。年配の初枝が突然息を引き取り、治はあわてふためくが、それを信代はパシッと制し、「もう死んでるじゃないの」と言い放つ。そして次の方策を指示し、家族全員で動き始める。
信代の圧倒的な仕切り(リーダーシップともいえる)のすごさ、劇は彼女を中心に思わぬ展開をみせ、土壇場へなだれ込む。
彼女のしたたかさ、行動力、情念の強さは、立派な「メス」を体現している。若い安藤サクラは、寺島しのぶと並ぶ「メス」を演じられる役者になり切っている。





すべての露見

亜紀(左)、ゆり(中央)、信代(右)
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro

 最後に、一家の数々の悪事が露見し始める。ここの脚本の練りが、是枝監督の腕の見せどころだ。
祥太の万引き失敗、警察の保護が引き金となり、死体遺棄、殺人、窃盗などの犯罪がぞろぞろと発覚する。オロオロする家族、その中で毅然と振舞う信代。最終的には信代が度胸を決め、1人で罪を被るが、治に対し「あんたは前科があるから」と肝の据わり方が違う。
彼らはしっかり結びつき、たとえ血がつながらなくとも家族は存在可能とする、是枝監督の考えに辿り着く。また、悪党一家ながら、善意の人間のドラマに仕立て上げ、是枝監督の世界が展開される。
彼の作品は丁寧に作られ、映像面も優れているが、いま1つ弾まないところがあった。しかし本作では、彼の意図はより強固になり、内容が締まり、今までで一番の出来だ。






(文中敬称略)

《了》

6月8日からTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

映像新聞2018年5月28日掲載号より転載

中川洋吉・映画評論家