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『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』
ネットの投稿を元に作品化
1つの結婚の姿をさらりと描く

 映画のタイトル、『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(李闘士男監督、115分)は、一体何だろうと見る側の興味をそそり、ツカミは十分だ。本作は、「Yahoo! JAPAN」の質問・相談コーナー「Yahoo! 知恵袋」への投稿から発想を得ている。そう言われても、筆者のような電脳乗り遅れ世代にはチンプンカンプンである。説明によれば「投稿を元にした楽曲が作られ、初音ミクを使用した動画をニコニコ動画で配信、その後に関連のブログが立ち上がり、そして2011年にコミックエッセイ化された」という。

2組の夫婦

ちえ(左)とじゅん(右)

 このコミックエッセイを原作に、監督の李闘士男が実写映画化を企画し、脚本が出来上がる。つまり、ネットを発送源とする今様の製作であり、ネタはどこにでも落ちているということだ。
主要な主人公は2組の夫婦である。メインは加賀美夫妻で、夫のじゅんには安田顕、妻のちえには榮倉奈々が扮(ふん)する。もう1組は、じゅんの会社の後輩社員である佐野夫妻で、夫壮馬には大谷亮平、その妻由美子には野々すみ花が配される。
物語は、じゅん・ちえ夫妻を中心に展開される。2人は結婚して3年目、じゅんは中年のサラリーマンで、一度離婚を経験している。ちえは若い専業主婦だが、この彼女が珍品で話を引っ掻き回す。
佐野夫妻
(C)2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員会

再婚のじゅんは、以前の離婚が3年目で破局。そこで2人は、結婚3年後に互いの意思をきちんと話し合うことを決める。さらに、ちえは結婚式の際に「私より先に死なないで下さい」とじゅんに頼む。
今年が3年目で、判断の年となる。じゅんは若い妻に逃げられることを心配している。なかなか見せない、ちえの本音を見つけ出そうとするところが物語の芯となる。
もう1組の、結婚5年目となる夫婦の夫、壮馬、仕事が良くでき、いささか不器用なじゅんに比べ世慣れている。妻の由美子も才色兼備という、理想的夫婦であるが、未だ子供を授からない。  
  


最初の「ふり」

血だらけのちえ

驚くじゅん
(C)2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員
 いつものように仕事を終え帰宅するじゅん、扉を開けるとちえが血を流し倒れている。あわてるじゅん。救急車の手配をしようとした時、足をギュッとつかまれ、ちえが目を開けクックックと笑う。まるで自分が勝ったように。
そして屈託なく、「ご飯にしましょう」とテーブルに着く。食卓のオムライスにトマトケチャップをかけると、それがちえの血と同じと気付く。ケチャップで一杯食わされたじゅんを見て、ちえは愉快そうに笑う。







2度目の「ふり」

ワニに食べられるふりをするちえ
(C)2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員会

 奇想天外な妻の行動に翻弄される夫
奇想天外なちえの行動は翌日も続く。この「ふり」が一段と凝ってくる。じゅんが帰宅すると、彼女の頭部がワニに飲み込まれている。昨日今日と、ちえの「ふり」を見て驚くはずのじゅんは、逆に「なぜ、こんなことをするのだろう」と不思議に思うようになる。
ワニはゴム製で、値札を見ると5万円のものが3800円となっている。ちえは特売品をわざわざ買い求め、じゅんを脅かしたのだ。彼女は今回も楽しげに笑い、「食事にしましょう」と何事もなかったように振る舞う。
混乱するじゅん、ちえの意図がまるでつかめない。このワニを使った「ふり」の場面が一番笑え、特売の値札まで付いている辺り、押しもよい。



「ふり」の連続

会社でのじゅん(左)と壮馬(右)
(C)2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員会

 ちえの「ふり」攻勢は止むところを知らない。「血まみれ死体」「ワニ」「名誉の戦死を遂げる落武者」、「頭に矢が突き抜ける」など11パターンを実行。ネタが消えかかると幽霊、宇宙人、ロミオとジュリエット、ウルトラマンが登場し、計15パターンの連続だ。
最初は驚くじゅんであったが、段々に"ゲーム"に慣れ始める。「傷は浅い、気を強く持て」と慰めたり、ジュリエットに対してクタクタになるまでロミオを演じたりする。その一部始終を会社で後輩の壮馬に話す。じゅんは、ちえの真意を知りたがるが、彼女は「月がきれいですね」とはぐらかす。



バッティングセンター

 最近、バッティングセンターを目にすることが少ないが、本作では、これをうまく使っている。両夫妻は家族ぐるみの付き合いとなり、壮馬の妻、由美子とちえも気が合い、ちえは由美子からバッティングセンターに呼び出される。タイトスカートの由美子のバッティングが見事で、女性でなかなかこれだけ打てる人はいない。
その彼女から、5年の結婚生活で子供ができないと、悩みを打ち明けられる。何とも言いようのないちえだが、「優しい言葉が人を傷つける」とつぶやく。上辺だけの慰めを否定するちえの一言に由美子は納得する。
2度目の由美子からの呼び出しで、彼女は壮馬との離婚をちえに知らせる。理由ははっきりしないが、残りの人生をもっとうまくいく相手と過ごした方が良いとの2人の結論だ。このバッティングセンターの後半部から、本作はシリアスな部分に入る。




2人のなれ初め

 3年前のある日、伊豆へ出張のじゅんは、仕事を済ませ、バスに乗るはずが乗り遅れ、がっかりする1コマがある。ちょうど、そこに寿司屋があり、その店の娘のちえが笑いながら「(バスは)あと1時間は来ませんよ」と声を掛ける。
そして、父親(蛍雪次朗)の寿司屋で一息つく。笑顔の美しい、大柄な、少女がそのまま大人になったようなちえ。じゅんは彼女に一目ぼれする。



ちえの優しさ

ちえ
(C)2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員会

 パートでクリーニング屋に勤めるちえは、妻を失い独り暮らしの老人の主人が、毎日コンビニ弁当で食事を済ませていることを知る。そこで彼女が手作り弁当を用意して、彼を喜ばす場面は心温まる。また、店番をする近所のお客の猫の名が「煮干し」とは、笑わせる。
このように、作品全体に優しさとユーモアが満ち、その中で結婚生活の本質に触れるのが作り手の狙いだ。




父親の入院

 「ふり」騒動でちえに振り回される毎日、ある日、ちえの父親が倒れたとの一報が入り、2人で伊豆の病院へ駆け付ける。病状も良くなり、帰宅した父親は、ちえの幼年時代について語る。
ちえは幼い頃母親を亡くし、涙が枯れるほど泣いた。それが、じゅんとの結婚式の時、「私より先に死なないでください」へとつながる。
父親は母親代わりにちえの世話をし、商売のすしを握り、くたびれ果てて夜遅く帰宅することが多かった。ある晩、寝ているはずのちえが居らず、家中を探し回ると、押し入れに隠れていた彼女が「探せば、必ず私は見つかります」と言う。
このセリフ、新婚当時に2人でちえの好物の洋菓子を求め自由ヶ丘に出かけた時、彼女の姿が消え、じゅんが必死になり探し当てた時と同じセリフである。
彼女の数々の「ふり」や優しさは、自身の幼児体験からきている。



脇の手堅さ

 榮倉奈々の、一見茫洋(ぼうよう)としたキャラクター抜きに本作は語れない。さらに脇には、テレビドラマでおなじみの安田顕(じゅん)、大谷亮平(壮馬)、蛍雪次朗(ちえの父)、品川徹(クリーニング屋の主人)と、芸達者をそろえている。


漱石の言葉

 ちえは時々「月がきれいですね」とつぶやくが、ある時、彼女が謎解きをしてくれる。それは、夏目漱石が英語教師をしていたころの逸話で、「I love you」を日本人向けに訳した言葉だった。「やっと分かったのですか」と付け加える。
3年目の行く末を心配するじゅんにとり、回り道をしながらの安堵である。数々の「ふり」も、元を正せば、幼児時代、彼女が落ち込む父親を何とか元気づけようとする心遣いである。結婚後は、その対象がじゅんへと向けられる。
結婚とは、頑張らず、知らない同士が少しずつ努力を重ねれば、次第に心が近くなると信じるちえと、それを受け入れるじゅん、1つの結婚の姿がさらりと描かれている。
全編におかしみがあふれ、人生のシリアスな面も見せる楽しい一作だ。






(文中敬称略)

《了》

6月8日(金)全国ロードショー

映像新聞2018年6月4日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家