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『焼肉ドラゴン』
人気劇作家が自身の戯曲を映画化
在日韓国人一家の喜怒哀楽

 1970年に大阪で「日本万国博覧会」が開催された。当時の日本は高度成長に酔いしれていた。しかし、この繁栄の陰で生きる在日韓国人(北朝鮮人も含む)の生活は厳しかった。日韓の狭間で、時とともに忘れられていくであろう人たちが集う焼肉店が、本作『焼肉ドラゴン』のメインの舞台に設定されている。原作は人気劇作家、鄭義信(チョン・ウィシン/彼の芝居の切符は即完売で手に入らぬといわれている)の同名戯曲であり、その鄭監督が自作を映画化し、脚本・監督を務めている。とにかく、主人公たちの織り成す世界は、めっぽうおかしく、パワーに満ちている。

焼肉店「ドラゴン」

家族一同
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 タイトルは、在日の人々が1日中たむろし、日夜大騒ぎを繰り返している、「ドラゴン」と呼ばれる焼肉店からきている。場所は、大阪伊丹空港脇の飛行機の爆音が日常的な一帯で、その片隅に在日の人々があばら家の集落を築いている。
そこに居住する一家の末っ子、中学生の時生(大江晋平)による「僕は本当にここが嫌いです…」というナレーションがタイトルバックに重なる。劣悪な住環境であることに違いない。逆に言えば、在日への差別がひどく、まともな職に就いている人は皆無に近い状態だ。「ドラゴン」が地域のオアシス、あるいはたまり場であり、日本流にいえば"安居酒屋"である。  
  


家族の面々

立ち退き前の家族
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 主人公一家の面々が、ストーリーを紡ぎ出す。一家の長は父親の龍吉(キム・サンホ)、彼は生粋の韓国人。戦前来日し、戦時中には日本軍の一員として戦い、左手を失う。性格はごくごく生真面目で、穏やかな人柄。この彼のお陰で、絶え間ない激しい口論が飛び交い、空中分解寸前の一家は支えられている。妻の英順(イ・ジョンウン)は、行動的で口やかましいが、根は優しい。

一家の長女静花(真木よう子)、次女梨花(井上真央)、三女美花(桜庭ななみ)は年ごろで、それぞれ違う個性の持ち主だ。特に長女の静花はマドンナ的存在だが、幼少時の事故により足が不自由で、奔放な妹2人と比べると控え目である。
静花(左)と梨花(右)
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

物語は、この若さあふれる娘たちが巻き起こす、恋愛騒動を中心に進行する。それを物静かな龍吉と、何かにつけて口うるさい英順が見守っている。一見、平和な家庭と映るが、内情はイロイロありだ。




毒をまき散らす役割

美花(右)と恋人
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 静花と美花には特定の恋人はいないが、活発な梨花には婚約者、哲男(大泉洋)がいる。
ある日、結婚届のため役所へ行った2人が、1台の自転車で飛んで帰ってくる。無事、結婚の届け出が済んだと、家族が思っている矢先、実は哲男が役所の対応に腹を立て、その場で届け出用紙を破ってしまい、結婚はお預け。カンカンの梨花。この辺りから2人の仲はギクシャクし始める。
哲男は気短で、すぐ頭に血が上る問題児。龍吉一家の最初の婚姻は座礁の憂き目に遭う。彼は、弁が立つが怠け者で仕事が長続きしない。昼間からビールをあおり、常連たちとワイワイやり、他人様の行動にケチをつける。この哲男が和気あいあいの家庭を危うくし、ドクをまき散らす。



学校でのイジメ

龍吉
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 龍吉には中学生の一人息子がいる。最近でも、ヘイトスピーチで憎しみをぶつける輩がおり、多くの在日に多大な迷惑をかける現象が、戦後から70年経った現在も続いている。戦後から大阪万博の当時まで、在日が多いとされた大阪は特にひどかったようだ。その犠牲者の1人が息子の時生だ。
娘ばかりの龍吉は、末の男の子に目を掛け、教育は朝鮮人学校ではなく、月謝の高い進学校に入れるほどである。龍吉の信念は「日本にいるから、日本の教育を受けさすべき」との見識だ。
母親
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

しかし、差別の激しい当時(現在も似た状況だが)の教育環境で、例えば、時生が大勢の日本人中学生に押さえつけられ、白い肌着の背中に「キムチ」と書かれたりする。帰宅後、屈辱で泣きわめく彼を、昼から酒をあおる哲男や常連客が懸命になだめる。この辺り、同胞に対する優しさが滲み出る。
しかし、収まらないのは母親の英順で、「なぜ仕返しをしない、私がねじ込んでやる」と息巻く。それを父親が冷静に止める。何十倍もの悔しい思いをして今まで生きてきた彼の発言には重みがあり、一同従う。そして父子は、隣家の屋根から美しい夕陽を眺め、痛みを分かち合う。印象的場面だ。



足の悪い静花

静花
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 ある時、幼なじみ同士の静花と哲男が、昔の飛行場(現存する伊丹空港)について言葉を交わす。子供のころ2人は、冒険と称し立入禁止のフェンスをくぐり抜け、港内に侵入する。その帰り、静花は誤って足を骨折する。それ以来、静花は心を閉ざし、恋とは無縁となる。
哲男は子供時代から彼女が好きだが、静花の閉ざした氷の心を打ち破ることができず、妹の梨花と夫婦となる。




婚約披露宴

哲男
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 足の悪い姉の静花は、「自分は嫁には行けない」と、頑(かたく)なに信じ込み、男性を寄せ付けないところがあるが、ある時、日本語が定かでない在日の中年男性、尹大樹(ハン・ドンギュ)と知り合う。不器用で気の良い尹は、整ったルックスの静花にたちまち熱をあげる。中年独身男の純情である。そして「ドラゴン」は休店し、身内だけで婚約披露宴を催す運びとなる。
そこへ、酔った哲男と常連たちが乗り込み、運命の変わるような大騒動が繰り広げられる。静花の婚約を知った哲男は大荒れとなり、静花に「自分こそ、幼い時からあなたのことが好きだった」と告白する。
周囲は唖然(あぜん)とするが、彼の熱意がじわじわと伝わり、あまつさえ彼は「北朝鮮帰還運動」(1959年12月14日に最初の帰国船が新潟港から出航し、数度の中断を含みながら1984年まで続いた)に応じ、静花に結婚に加え同行までも懇願し、彼女も受け入れる。まさに大恋愛であり、悲劇が重喜劇へと突然転換する。
ここに在日、ひいては朝鮮半島の人々の直情的な熱さが披露され、『焼肉ドラゴン』の最大の見せ場となる。元妻の梨花と尹は面白いわけがない。しかし、哲男の熱さに負け、事態をのまざるを得ない。
梨花は既に在日の貧しい青年と懇意となり、彼らも、この世の楽園と宣伝される北朝鮮行の腹を固める。見る側も彼らの熱さに巻き込まれる。鄭監督の在日パワー炸裂である。



龍吉の苦労

梨花
(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 いじめで不登校になった時生だが、学校の計らいで留年となる。母親は「なんでイジメの激しい進学校へやる必要があるのか」と息子を案じるが、父親は「在日が生きる道は良い教育しかない」と最後まで譲らない。散々苦労をした彼なりの結論である。
職を求め戦前に日本にやってきた龍吉だが、日本軍兵士として戦い左手を失う。戦後やっと故国へ帰国するが、着いた済州島で「4・3事件」(1948年のアカ狩りの大虐殺事件)の巻きぞいに遭い、やむなく日本へ戻らざるを得なくなる。彼の口癖は「働いて、働いて」である。彼の出自が婚約の席で始めて明かされる。




闘う人々

 差別と偏見の中を強く生き抜く
『焼肉ドラゴン』は在日の過酷な物語であるが、決してお涙頂戴の"カワイソウイズム"ではない。彼らは仲間とともに常に闘い、差別と偏見の中を生き抜いている。しかも、激烈な口論が生活の一部となり、周囲はヒヤヒヤものだが、本音のぶつかり合いで、彼らならではの会話が成立する。
本作の一番の魅力は、喜怒哀楽を表に出し、闘うことが愛情の裏返しとなっているところであり、エネルギーあふれる在日の人々の生き方に引き込まれる。彼らの激しさ、たくましさ、そして優しさから、強い生きる意欲が感じられる。






(文中敬称略)

《了》

6月22日(金)より、全国ロードショー

映像新聞2018年6月18日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家