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『フランス映画祭2018報告』
13年ぶりに横浜に戻り開催
団長に女優のナタリー・バイ

 通算26回目となる「フランス映画祭2018」は6月21−24日の4日間、横浜市のみなとみらい地区を中心に開かれた。今年の団長は女優のナタリー・バイで、出演する『モカ色の車』が上映プログラムに加わり、彼女の娘であるローラ・スメット主演の短編『トマ』も特別作品として併映された。全体では14作品(『トマ』除く)の上映となり、中でもジャン=リュック・ゴダールを描く『グッバイ・ゴダール!』(ミシェル・アザナヴィシウス監督/本紙6月25日号で紹介)は、今映画祭の話題作の1本であった。

 
フランス映画祭は1993年に横浜で始まり、2006年から主催側の「ユニフランス・フィルム」の代表マルガレート・メネゴズが、ビジネスには東京が適しているとの理由で、東京の六本木ヒルズを中心に開催地が変更された。 しかし、今年から13年ぶりに横浜に戻り、フランス文化の祭典「横浜フランス月間2018」(6月7日−7月14日)を彩ることとなった。

ユニフランス

ジョルダーノ代表 (C)八玉企画

 ユニフランス代表(エクゼクティヴ・ディレクター)である、イザベル・ジョルダーノとのインタヴューの機会を得た。彼女によれば、同組織はCNC(国立フランス映画センター)の助成金800万ユーロ(約10億4000万円)で運営され、フランス映画の海外プロモーションを担っているという。
近年アジアでは、日本以外に中国、インドへも目を向け、予算を割いている。中国は年間外国映画輸入枠20本の制限があり、フランス映画7本、米国映画13本で枠が埋まる。外国映画にとり非常に難しい市場だ。インドは圧倒的に国産映画が強く、フランスはコンテンツ(アニメなどの映像作品)の輸出に力を入れている。  
  



今年の傾向

 大スター不在、地味な作品傾向
ここ数年、フランス映画祭は費用削減で、既に日本配給が決定している作品上映の傾向が強い。本年の上映本数14本中11本が既に配給され、事前有料試写の感がある。逆にみると、フランスで現在評判の高い作品が来ていないとも言える。しかし、フランス映画ファンにとって最新(大部分が2017年製作)のフランス映画を見る機会であり、足を運びたくなる。
初期の横浜開催時は、フランス映画界の大物プロデューサー、ダニエル・トスカン・デュ・プランチエの威光で、団長には、ジャンヌ・モロー、カトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・ユペールなどの大物女優が務め、派遣団も100人超。会期中、宿舎インター・コンチネンタル・ホテル横の埠頭(ふとう)には、臨海丸を模した大型木造船をサロン代わりに借り上げ、フランス色満開のフェスティヴァルであった。
しかし、東京へメイン会場を移してからは予算削減もあり、規模も縮小され、現在に至っている。





作品選考

 初期は、主として配給の付かない作品が上映され、新しいフランス映画の紹介の場であったが、予算の問題が生じて以来、既に配給予定作品での選考となった。その分、サプライズと新鮮味が薄れてきている。
今年は、全体的に地味な作品ぞろいで、大物スターはいない。ヌーヴェルヴァーグ好きの日本人好みに合わせ、フランソワ・オゾン監督(『2重螺旋(らせん)の恋人』)、女流監督のアンヌ・フォンテーン(『夜明けの祈り』)が来日した。特にフォンテーヌ監督の『マーヴィン、あるいは素晴らしい教育』は一見に値する。
今回の大スター不在、地味な作品傾向は、現在のフランス映画界全般についても言える。



戦争を振り返る

『See you up there』
(C)2017 STADENN PROD. - MANCHESTER FILMS - GAUMONT - France 2 CINEMA

 『See you up there(英題)』(アルベール・デュポンテル監督、代表作『ベルニー』)は、2019年初春に公開が決定している。原作は、ピエール・ルメートルのゴンクール賞(日本ならば芥川賞)受賞の『天国でまた会おう』(ハヤカワ・ミステリー文庫)。フランスでは観客動員数200万人のヒット、クライム・ドラマだ。
粗筋は、割合シンプルで、舞台は第一次世界大戦停戦目前の仏軍塹壕(ざんごう)と戦後のパリである。戦中、自殺行為と思える無謀な突撃を、上官から命ぜられた部隊の兵士の多くは戦死し、命からがら生き残った2人の兵士は、パリに戻り貧乏な共同生活を始める。1人は裕福な家庭の子弟で画家志望、もう1人はしがない簿記係で、監督のデュポンネル自身が扮(ふん)している。
画家志望の青年には、エイズ偏見撲滅運動の若者グループを扱う『BPM ビート・パー・ミニット』の主演、ナウエル・ペレーズ・ビスカヤートが抜擢されている。彼は戦闘で顔面に傷を負い、醜い姿を家族に見せまいと、パリの自宅に戻らない。
細々と生きる男2人は、孤児とおぼしき少女との3人暮らし。貧しさに耐え兼ね、元兵士の2人は、多くの仲間を死地に追いやり、パリで実業家として成功している、かつての冷酷な上官を詐欺事件でひっかける計画を立て、見事に復讐を果たす。
第一次世界大戦の悲惨さ、そして荒廃した終戦後の華の都パリ、金持ちや成金の浮かれぶりと、戦争による強者、貧者の生き方の描写など、20世紀前半のパリや人々の暮らしが重要な背景となっている。話が面白く、映画は脚本次第と思わす傑作である。



文芸もの

『メモワール・オブ・ペイン』 
(C)2017 LES FILMS DU POISSON - CINEFRANCE - FRANCE 3 CINEMA - VERSUS
   PRODUCTION - NEED PRODUCTIONS

 ナチス占領下におけるパリの知識人たちの抵抗を描く『メモワール・オヴ・ペイン(英題)』(原題『La douleur』〔苦悩の意〕、エマヌエル・フィンケル監督)も19年2月に公開予定だ。原作はフランス作家マルグリット・デュラスで、格調が高くセリフの流れが簡潔である。
『メモワール・オブ・ペイン』は、第二次世界大戦下のパリが舞台。登場人物は作家のマルグリット・デュラス(メラニー・ティエリー)。彼女は、文学者中心の知識人レジスタンスに属し、対ナチスへの抵抗を続けている。
彼女の夫はドイツに捕らわれ、その彼を待つ妻の「苦悩」が本作のテーマだ。夫の行方を探るために対独協力者(コラボ)のフランス人、ラビエ(ブノワ・マジメル)と知り合う。ラビエとの関係は危険な冒険であるが、彼の意図がよく分からぬまま交際を続ける。彼女にとっては、夫の安否を知るためだけであった。
終戦となり、待ち続けた夫が無事帰還。しかし、マルグリットの愛は消え失せていた。彼女の愛が有効だったのは、夫が不在の間だけだった。




その他の作品

 人気監督フランソワ・オゾンの『2重螺旋(らせん)の恋人』は、似て非なる恋人との禁断の関係にのめり込むクロエ(マリーヌ・ヴァクト)の恋愛作品だが、その直接的な性愛描写には驚かされる。
ドキュメンタリー・タッチの『ブラッディ・ミルク』(ユベール・シャルエル監督)は、酪農農家の父親の跡を継ぐ息子が、牛の口蹄病に見舞われ、全頭薬殺をせざるを得なくなる弱小酪農家の悲劇である。この作品は、福島の原発事故を扱ったドキュメンタリーの秀作『わすれない ふくしま』(2012年、四ノ宮浩監督)と状況が似ている。ただし、フランス版には当然ながら被爆は絡んでいない。
『グッバイ・ゴダール』は、1968年フランスの「5月革命」と彼の映画人生に焦点を当てた、ちょっと、からかい気味にゴダール像を描いた作品だ。
ヌーヴェルヴァーグの祖母といわれるアニエス・ヴァルダのドキュメンタリー『顔たち、ところどころ』(アニエス・ヴァルダ、JR共同監督)は、今年90歳のヴァルダと35歳の芸術家JRがともに街々を巡り、住民の写真を撮り、それを拡大した大きなポートレートをアパルトマン(フランスのアパート)のファサード(正面部分)に張る作業を2人で続ける。ヴァルダの"顔"(知名度)で撮った作品である。


『2重螺旋(らせん)の恋人』
(C)2017 - MANDARIN PRODUCTION - FOZ - MARS FILMS - FILMS DISTRIBUTION -
FRANCE 2 CINEMA - SCOPE PICTURES / JEAN-CLAUDE MOIREAU
『ブラッディ・ミルク』 
(C)2017 M.E.S. PRODUCTIONS - MONKEY PACK FILMS - CHARADES - LOGICAL
PICTURES - NEXUS FACTORY - UMEDIA

『グッバイ・ゴダール』
(C) LES COMPAGNONS DU CINEMA - LA CLASSE AM?RICAINE -
『顔たち、ところどころ』
(C)Agnes Varda - JR - Cine-Tamaris - Social Animals 2016.





(文中敬称略)

《了》

映像新聞2018年7月2日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家