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『ごっこ』
早世の鬼才が残した家族愛の物語
ニート男と少女の奇妙な生活

 コテコテの浪速のにおいを振りまく『ごっこ』(熊沢尚人監督、114分)は、親と子のつながりを考える上で、捨て難い1作だ。主演はお笑いタレントの千原ジュニア。残念ながら、筆者は彼のお笑いの舞台は未見だが、彼の役者ぶりは一見に値する。小心者だが、あまり笑わぬ凶暴な男の芝居は絶品だ。よほどの低予算と思える本作、大物スターの起用はなく、唯一、石橋蓮司くらいと地味な布陣でありながら、話の中身は濃い。

原作はマンガ家、小路啓之(1970−2016年/46歳没)の作品で、文学の世界の佐藤泰志と並ぶ早世の鬼才である。インパクトの強い小路作品には、社会性が盛り込まれている。マンガといいながら、味付けの濃さに熊沢監督は食らいついたのであろう。 『ある朝スウプは』(2005年)で監督デビューした高橋泉は、『ごっこ』の脚本を熊沢監督と共同で手掛ける。高橋泉は『ソラニン』(10年)、『凶悪』(13年)などのパンチのある作品で知られている。マンガの実写映画化は難しく、本作は彼らの力(りき)に負うところが多い。

親子ごっこ (C)小路啓之/集英社 (C)2017楽映舎/タイムズ イン/WAJA ※以下同様

 
城宮(右)とヨヨ子

婦人警官マチ

自殺請負人(右)父親(左)

自宅の2人

保育園の2人

廃品回収車を追う親子

線香をあげに来た自殺請負人

元の場所にヨヨ子を戻す城宮

後ろ姿の男

 暗闇の中、1人の男が机に向い何か作業をしている。扉がノックされ、開けられた背後から一条の光が差し込む。刑務所の独房であることが分かる。
看守は「13年も、よくも黙秘を通しているな」と、あきれたような言葉を残し、再び扉が閉まり暗闇の世界となる。この男、城宮(千原ジュニア)が本作の主人公だ。
城宮は、刑務所に入る前は引きこもり男として、近所の子供たちがからかいに来るような存在。フィギュア作りで1日を過ごす彼は、社会のハズレ者であった。
その彼がふと目にしたのが、2階家の窓からこちらを見つめる少女ヨヨ子。顔や腕に傷があり、虐待と疑った城宮は、しゃにむに壁にしがみつき、2階から彼女を助け出す。ところが、少女は全く言葉を発せず、助けたものの、何をしたらよいのか分からない。ましてや彼は、子供との触れ合いゼロであり、困惑の体。  
  


親子の対面

 大阪の街外れとおぼしきシャッター商店街(弁天通商店街)に、城宮の実家の帽子店があり、父親1人が商売しているが客足は無に等しい。実家に全く寄り付かなかった城宮だが、十数年ぶりの親子対面となる。
父親は「お前が困らないようにしておいた」と言い残し、得体の知れぬ中年男(石橋蓮司が怪演)に連れられ、家を後にする。近所の人が集まり、「老人ホームへ行くのか」と口々に彼に声を掛ける。



幼友達マチ

 殺風景な人物配置に色を添えるのが、幼友達で婦人警官のマチ(優香)。小学校以来の仲で、彼がヨヨ子を連れている光景を不思議に思う。マチは幼友達らしく、「シロミヤ」「お前」と呼び捨て。この彼女の浪速ぶりに笑わされる。
彼女の登場により、城宮、ヨヨ子、マチと3人が中心となり、筋は思わぬ方向へ転げ出す。だが、本題への入り方に、ちょっと、もたつきがある 。



「ごっこ」の世界

 2人に寄り添う浪速流人情
「ごっこ」親子が街へ遊びに出るとき、非番のマチも加わる。彼女も2人のことが気になる様子で、城宮に大きな子供がいることに合点がいかない。
縁日で、金魚すくいの香具師(やし)は、「この金魚、売れ残ったらピラニアの餌になるんだ」とヨヨ子をおちょくる。真に受ける彼女は、1匹でも助けたいと金魚をすくい始めるが、結果は惨敗。幼女にまでお得意の啖呵売(たんかばい)で乗せる、浪速っ子のエゲツなさだ。
部屋に戻り、城宮とマチは差しで話をするが、その話は深刻である。聞き手のマチは警察官であるだけに辛い。城宮の父親は、怪しげな老人に連れられ、多分自殺したのであろう。石橋蓮司が扮(ふん)する薄ハゲの中年男は、自殺誘導人であることが薄々分かる。彼は何がしかの礼を受け取り、自殺を手伝い、そして年金を息子が受け取れる算段をつける。
この話を聞きマチは、「それは犯罪」と大騒ぎするが、昔なじみの縁で目をつむる。浪速の人情である。悪いと分かっていながら「しゃーない」とする土地柄だ。関東と関西の文化の違いか。



改心する城宮

 今まで働いたことのない城宮は、マチに諭(さと)され、生花配送会社のアルバイト、ヨヨ子は保育園通いと、見た目にも幸せな親子である。
ある時、城宮は、なぜヨヨ子が目立つ表通りの窓のところに立ち、こちらを眺めていたのか疑問を感じる。そして、「ごっこ」の殻を破る事実があらわになる。すべてが仕組まれていたのだ。
この辺りから、脚本の練りがぐっと効いてくる。窓際の幼女はオトリのようなもので、さらわれることを前提としていることに気付いた城宮は、昼間、ヨヨ子の実家を訪ねる。



驚きの事実

 訪ねた家では、主婦が1人で食料品を製造している。城宮をお客と思い、「まだ店を開けていない」と断る。ヨヨ子がここの家の娘と確信した彼は、自分が娘を預かっていることを告げる。すると主婦の態度が急変する。この急変が浪速のオカンの逆襲である。
彼女いわく、「自分には娘が2人いて、姉のカエデは通称ヨヨ子、下の娘はモミジで、モミジは心臓移植を必要としているが、「一家の財力では死ぬのを待つ以外打つ手がない」と、母親は気がふれたように喚(わめ)き散らす。本編のハイライトだ。
姉のヨヨ子は自分の心臓を提供してもいいと、何度も母親に懇願するが、元気な命を殺すわけにいかぬとばかり、母親の強力な反対にあう。「死んでいく者は仕方ないだろう」の論理である。多額の金を積まない限り、手術は無理とするのが母親の考えにも一理ある。
すべての事情をのみ込んだ城宮は、翌日母親を再訪。「なぜ自分の臓器を娘に提供しない」と詰め寄り、思い余って彼女を絞殺する。この殺人、とんでもない論理の飛躍だが、ヨヨ子のことを思えば仕方ないとの考えにもたどり着く。
その後、後宮とヨヨ子は「ごっこ」遊びの延長で、夜の暗い遊園地で仲良く遊ぶ。最後の「ごっこ」遊びだ。



面会室

 マチに引き取られ、彼女の娘となったヨヨ子は、京大法学部に合格(ここも浪速らしい)。13年間黙秘する城宮と、事件後初の対面。ヨヨ子の願いは、弁護士となって城宮を刑務所から出所させることである。
「ごっこ」遊びの愛情に満ちた2人、幸薄き人生を送った彼らの心情に寄り添う浪速流人情のホロ苦さ、父モノでも難病モノでもない、リアルな人間のうごめきが、作品からあふれ出る。





(文中敬称略)

《了》

10月20日からユーロスペースほか全国順次ロードショー

映像新聞2018年10月15日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家