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『東京国際映画祭2018』
現代の普遍的な生き方を主題に
フランス作品がグランプリ受賞

 今年の「東京国際映画祭2018」は、10月25日から11月3日まで六本木を中心に開催された。コンペティション部門での第1席である東京グランプリは、『アマンダ』(フランス、ミカエル・アース監督、107分)が選ばれた。フランス作品の受賞は2011年の『最強のふたり』(エリック・トレダ、オリヴィエ・ナカシュ共同監督作品)以来である。フランスは、自国映画の海外プロモーションに公的助成組織がよく機能し、今回の受賞はその成果といえる。

『アマンダ』

『三人の夫』

『堕ちた希望』

『ホワイト・クロウ』

『氷の季節』

『ブラ物語』

『大いなる闇の日々』

現状の困難さと打開策

 東京国際映画祭は今年で31回目を迎えたが、毎年、質の高い作品をそろえることに苦心している。年間予算は10億円と伝えられ、資金的にはほかの国際映画祭と比べ遜色(そんしょく)はない。
しかし、出品作品の内容に問題がある。主催者側は良い作品を集める努力をする、その労は認めるが、いまひとつ物足りない。その理由は明白である。
会期は10日間で、他の大型フェスティバルと同クラスだ。問題は、年末にかけ、目ぼしい作品が別の国際映画祭へ出品された後で、残り物から選ばねばならなくなり選択の幅が狭まる。その上、「例年どおり、今年も無事に過ごせました」では済まされない。映画祭自体内容を広げすぎ(部門が多すぎる)、選び手の顔が見えない弱点がある。
解決策として、例えば社会派もの、推理もの、ラブ・コメディーと部門を絞るのも一考であり、思い切った方向性を打ち出さない限り、マンネリ状態は続くであろう。
組織的には、よく整備されているが、そろそろレッドカーペットはやめた方がいいのでないか。カンヌ国際映画祭をまねた趣向だが、著名人の姿(特に海外映画人)は数えるほどだ。  
  


今年の審査委員長

 第1席は、前述のフランス映画『アマンダ』に落ち着いた。好作品を欠く毎年のコンペ部門であるが、ましな作品数本が残り、その辺りを審査委員会はよく抑えている。
本年の審査委員長は、フィリピンの監督(アジアの大物を委員長に据えるあたり、好判断である)ブリランテ・メンドーサで、代表作『キナタイ マニラ・アンダーグラウンド』(2009年)はカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。確たる自己のスタイルを持つ監督だ。



普通の尊重

 『アマンダ』は脚本の練りがよく、評価に値する。主人公は2人、幼女のアマンダ(イゾール・ミュルトゥリエ)とその伯父のダヴィッド(ヴァンサン・ラコスト)である。ダヴィッドは定職に就かず、便利屋を生業としている。子供の学校への送迎の代行、老人家庭の電球の取り替え、建設現場の作業などで生活の糧を得ている。
彼は上昇志向ゼロのドロップアウト人間である。シングル・マザーの妹の急死により、身寄りのない遺児アマンダを引き取らざるを得ず、2人は共同生活を始める。ここで展開される生活は、毎日毎日同じことの繰り返しで、そこを描くことがアース監督の狙いであり、いわゆる普通の尊重である。
便利屋の仕事の合間に食事の世話をし、時に駄々をこねるアマンダに悩まされもする。この段階から、ダヴィッド自身に気ままな1人暮らしから少しずつ遠ざかり、人生全般への思いを巡らす生き方の意識が芽生え始める。1人の平凡な青年の心の成長である。
しかし、本作の作り手は、青年をそれ以上のところへは立たせない。平凡の良さをしっかりと見せるためだ。現代の普遍的な生き方が、作品の芯(しん)として貫かれている。
ここが本作の良さであり、それを補うためにパリの街の風景を目いっぱい、インサートとして挿入する。絵はがき的なパリではなく、生活者が生きる普段着のパリである。これが作品を生かしている。
この突然の家族、ダヴィッドが幼いアマンドの面倒を見る構図が、いつしか互いに支え合う関係へと変化する。ダヴィッドの恋人役で『グッバイ・ゴダール』で大監督の恋人役を演じた若いステイシー・マーティンの、若々しさがまぶしい。
淡々とした人間の結び付きを、さらりと描いて見せる心地良さがみなぎっている。衆目一致の第1席の受賞である。



異色のフルーツ・チャン監督作品

 香港の大物監督も異色作を出品
香港のフルーツ・チャン監督は、このコンペの中では大物過ぎる存在である。彼は異能な発想の持ち主で、作品自体が面白い。同じく香港の大物、ジョニー・トー監督の存在と似ており、必ず見ておかねばならぬ重要な作り手である。
今回のコンペでは『三人の夫』を出品。タイトルからしてオトボケだが、物語が実に破天荒である。主人公の若い太めの女性シウムイ(クロエ・マーヤン)は、香港の水上生活者。常人離れした性欲の持ち主という人物設定からして、何か面白そうな予感をもたらす。
父親はシウムイを年老いた漁師に嫁がせ、彼女に客をとらせる。その中の1人の青年が、彼女の並外れた性欲に脳天をぶち抜かれ熱を上げる。この彼らが『三人の夫』である。
女性からの性の踏込みで、売春云々(うんぬん)の枠を蹴散らし、自分の意志で性を楽しむ女性像が表現される。ここに、性を通してのタブー破壊の痛快さがある。フルーツ・チャン監督の挑発だ。主役のシウムイは、本来は色白の中国美人だが、本作のため18Kg増量したという。



注目の作品

 ほかに目をひいた作品を列挙する。
イタリア作品『堕ちた希望』(エドアルド・デ・アンジェリス監督)は、ナポリの貧民地域で生きる若い白人女性が、劣悪な環境からの離脱の物語。『ホワイト・クロウ』(英、レイ・ファインズ監督)は、史上最高の名ダンサーの1人、ルドルフ・ヌレエフの西側亡命を軸とした作品。
『氷の季節』(デンマーク、マイケル・ノアー監督)は、19世紀の貧しい農民を扱う、リアリズムを押し出した作品。『ブラ物語』(ドイツ、ファイト・ヘルマー監督)は、女性のブラジャーに執心する定年間近の電車運転士の物語。着想が面白い。
『大いなる闇の日々』(カナダ、マキシム・ジルー監督)は、第2次世界大戦中、兵役拒否のためカナダから米国へ逃避する、中年男の物語。ベトナム戦争中、米国の若者たちが兵役逃れでカナダへ渡った話の逆が存在することに驚かされる。主人公は、米国の行く先々でチャップリンの物まねで食いつなぐ。その生き方は、何とも哀れで物寂しい。
日本からは、阪本順治監督の『半世界』が出品され、元SMAPの稲垣吾郎主演が売りの作品。3人の中年男のパッとしない人生が描かれる。



フランス映画の海外プロモーション

イザベル・ジョルダーノ
ユニフランス・ジェネラルディレクター
(C)Unifrance

 フランス作品『アマンダ』が第1席を獲得したが、同国には世界一と呼べる海外プロモーション組織「ユニフランス」が存在し、世界へのフランス映画の輸出に力を入れている。
ユニフランスは、「CNC(フランス国立映画センター)」の下部組織である。年間予算10億円と額は少ないものの、パリ本部には30人の職員、そしてニューヨーク、東京、北京、ソウルの各都市に駐在員を置く。世界各国でフランス映画祭を主催し、自国作品の売り込みに努めている。
同組織のジェネラルディレクター、イザベル・ジョルダーノによれば、2017年の統計で、日本への輸出は60本、売り上げは15億6000万円、入場者数は127万人である。輸入本数の割には興行収入が少ない。しかし、日本はアジアにおける最大の顧客であるとしている。
問題は、若い世代がヨーロッパ映画を見ない傾向が顕著で、輸入本数はほとんど頭打ち。ユニフランスのアジア政策として、現在は中国市場中心の展開に主眼を置いている。また、インドも巨大市場だが、現在のところ劇場公開作品ではなく、テレビ放映用が主体とのことだ。







(文中敬称略)

《了》

映像新聞2018年12月10日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家