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『ロマンスドール』
変化していく夫婦の感情を映し出す
シンプルな脚本を深く掘り下げる

 大人の性玩具に「ラブドール」がある。これはシリコンなどを使い、実物の女性に近い感触や形状を実現した人形で、いわゆる"ダッチワイフ"の高級版だ。この玩具をハナシの中心に持ってきたのが『ロマンスドール』(2019年、タナダユキ監督〔女性監督〕、123分)である。一般の人にはダッチワイフと言っても、名前は聞いたことはあるものの、その姿、形、使用法については、単なる大人のオモチャ扱いである。

 
物語は、ラブドールの取扱説明ではなく、あえてそれから話を構築し、作り手の強い想像力の広がりを感じさせる。全体を2部構成とし、少なめのセリフで描く愛の物語である。
登場人物は2人の男女で、男性は北村哲雄(高橋一生=近年話題になったTVドラマで名を挙げたが、1990年に『ほしをつぐもの』〈ビートたけし主演〉で子役デビュー以来、30作以上の映画、110作以上のドラマに出演。『空飛ぶタイヤ』〈2018年、本木克英監督〉でも良い芝居を見せている)。彼と恋に落ち、結婚する女性北村(旧姓小沢)園子に蒼井優が扮(ふん)する。
物語全体(脚本を含めて)は、今まで聞いたような話の積み重ねであり、逆に演出の力量が試され、作品の持つ通俗性をいかに愛に昇華させるか、困難さが見て取れる。それをカバーするのが主演の2人の存在である。特に、今や若手から中堅入りした蒼井優の存在が、作品の出来を左右するほどである。

園子と哲雄       (C)2019「ロマンスドール」製作委員会 ※以下同様

新婚早々の2人

作業中の哲雄

2人の散歩

駅でのプロポーズ

酒場で師匠格の相川と

話し合う2人

口論し腕を取る哲雄

ゲームセンターでひろ子と

工場での田代まりあ

登場人物

 美大の彫刻科を出て、フリーター暮らしの若い哲雄は、職を求めてある工場の門を叩く。そこへ、中年のでっぷりしたおばさん、田代まりあ(渡辺えり)が出て来て、「まあ、あんたなの、話を聞いてます」と、担当者の所へ連れて行く。事前に大学の先輩を通し紹介された哲雄は、やたら空間が広く、働き手が数人の町工場にまず驚く。
仕事の内容は、シリコン素材でのラブドール製造であり、いかに人間の肌に近づけるかで、作り手の腕が試される。お金が必要な哲雄は、仕事の詳細をよく考えもせず即断する。初期のダッチワイフは、南極越冬隊が現地に持ち込んだが、誰も使用しなかったというエピソードがある。
師匠には相川(きたろう)が付き、哲雄は慣れぬ手つきでラブドールに接する。ある時、事務所の社長(ピエール滝)から、よりリアルな人形をと指示され、本物の女性の胸の形を取ることを決める。
そこへ飛び込んできたのが、美術モデルの小沢園子(後に哲雄と結婚)であり、哲雄と相川はエロ道具の人形であることをひた隠しにし、医療用と称し、型取りを始める。園子も仕事と割り切り、クレームなしの作業で無事終了。ここで何事も起きなければ、中身のない、普通のラブロマンスでお開きだが、その先がある。
話を展開させる小道具が、園子が忘れたイヤリングである。このイヤリングを見つけた哲雄は、急いで駅に駆け付け園子をつかまえる。  
  


突然のプロポーズ

 忘れたイヤリングを渡せばそれきりだ。しかし、映画的にはひと工夫凝らせねばならない。その一手は、園子にひと目ぼれした哲雄が「私と結婚してください」と突然園子に迫る場面だ。
あぜんとする彼女。奥手の彼の不器用なプロポーズ、ナンパの域を越えていることに気付き、しばらく間を置いてから首を縦に振る。1組のカップル誕生である。
若い2人がどのように恋に落ちるかを描くのは、書き手にとり、かなり技量を必要とするが、タナダユキ監督は、オーソドックスにいとも簡単にハードルを乗り越える。同監督は、度胸がよいのだろう。



新婚生活

 
ままごとのような新婚生活、哲雄が帰宅し園子手造りの夕食、昼は愛妻弁当、2人の新婚生活は順調に滑り出す。
ここで、もうひと工夫、2人の間に1つの亀裂を用意する。この辺りから後半へ入る。それも、遊戯センターでの1件で、このアイデアにはかなり笑わせられる。



仕事上の哲雄

 人肌により近いラブドールの販売が順調で、会社もてんてこ舞いの忙しさ。哲雄も毎晩帰宅が遅くなり、園子と2人で言葉を交わしながら、ゆっくり夕食をとる機会が目に見えて減っていく。
亭主が仕事にかこつけ毎晩飲んで帰り、妻は1人で夕食という、バブル期には一般的に見られたお決まりのパターンとしか言いようがない光景である。
この通俗的な現象に対し、タナダユキ監督は、2人の会話の復活を強引に設定する。このあたりの監督の「これだけは言っておきたい」との意思が十分に伝わる。多分、時代の移り変わり、女性の権利意識の向上が今までの男性中心の家庭の在り方への、同監督の警鐘とも考えられる。



向き合う2人

 夕食の支度をしながら夫を待つ園子。帰宅した夫は手料理にも箸(はし)を付けず、ビール1杯を飲み寝てしまう毎日。妻として、何のための結婚かと思わざるを得ない。そこで起きる事件が、園子の家出。帰宅した哲雄が目にしたのは、食卓の上に置かれた「実家の父の具合が悪いのでしばらく家を空けます」との置き手紙である。
夫の方は生真面目で、今までほかの女性とのコンタクトの噂も出たことのないタイプである。彼は驚きと傷心のあまり、すぐに家に帰る気もせずゲームセンターに寄ると、1人の若い女性ひろ子(三浦透子)がクレーンゲームで大負けしていた。機械を叩き、足で蹴ってわめきちらしている彼女をなだめ、外へ連れ出す。
負けゲームに対し腹いせで叩いたり蹴ったりのこの場面、女性がやるだけに笑える。ゲームセンターを出た2人、女性が「私がおごるから」とカラオケへ行き憂さ晴らし。そして、2人にとり最初で最後の関係を結び、あっさり別れる。



園子の帰還

 亀裂を生む2人のウソと秘密
1人寝の哲雄のところに、泥酔した園子が男性に送られ戻って来る。そして、ソファに正座し、2人は初めて向き合い、互いの非を認め合う。
哲雄は、アダルトグッズのシリコン人形工場に勤めることを今まで隠し、あまり深く説明しなかったことを詫びる。一方、園子も大学の同窓生との浮気と、家出についての理由を説明する。実家の父の具合云々はうそで、実は、自身の胃がんの検査入院だったのだ。
2人にとって重大ごとを話し合わなかったことが悔やまれ、哲雄は必死の看病をするが、病状は進む一方だ。哲雄は弱る一方の園子の体を抱く。その性場面が幾度となく現われ、消えゆく生の炎と、病にむしばまれた妻の体の衰弱ぶりを際立たす。
もはや性愛は、2人の唯一のコミュニケーション手段となる。いつも明るい園子の輝くような笑顔がアップとなり、美しい彼女を、これでもかと強調する。繰り返されるラブシーンの美しさ、哀しさは2人の愛であり、最後の幸せなのだ。ここで夫の哲雄は、妻の存在の大きさを改めて感じる。
監督自身のシンプルな脚本をこれだけ深く掘り下げるところに、作品の真骨頂がある。






(文中敬称略)

《了》

1月24日から全国ロードショー

映像新聞2020年1月13日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家